#2「星のりんご」

飛騨高山の小さな町、久々野。
澄んだ空気と澄んだ水に育まれた、まるで星が宿ったような甘い果実——飛騨りんご。

でも、この物語の主人公「りんご」は、名前に反してリンゴが大の苦手。
香りさえも拒絶するほどのトラウマを抱えていた彼女が、ある“きっかけ”を通して、心の奥に眠る小さな記憶と向き合い、新しい自分を見つけていく。

これは、ちょっと苦くて、でもとびきり甘い。
まるで飛騨りんごのような、ひとりの女の子の小さな再生の物語。

Podcast番組「ヒダテン!Hit’s Me Up!」をはじめ、各種配信プラットフォームや「小説家になろう」で楽しめるこの物語。
あの頃の自分に、そっと寄り添いたくなるような——
そんな“ひとくち”を、あなたに。
(CV:坂田月菜)

【資料/りんごのまち・久々野町】

https://www.hidatakayama.or.jp/hidakuguno

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ボイスドラマの台本

[シーン1:12月頃/自宅のダイニングで/回想シーンあり】

<りんごのモノローグとセリフで進行>

「あ〜っ!!またリンゴ!

もう〜ママ!何度も言ってるのに!

アタシ、リンゴなんて嫌いだって!」

ママが悲しそうな顔で笑う。

しょうがないわねえ、

と言いながら、クリアボウルに入ったリンゴを冷蔵庫に片付ける。

アタシの名前はりんご。

そう、自分の名前にもなっているのに、リンゴが嫌い。

それも嫌いな理由かも。

だって昔からリンゴが嫌いなんだもん。

昔から・・・?

昔、っていつ?

アタシ、いつからリンゴが嫌いになったんだろう・・・

幼稚園のとき、ママが作ったアップルパイ。

一口食べたら、

「においがピリピリする!」

と言って吐き出してしまった。

ママは、

しょうがないわねえ、

と言って自分で食べる。

あ、そっか。ママの分はなかったんだ。

今ならなんとなくわかる。

シナモンの甘いけどスパイシーな香り。

幼いアタシにとっては、お薬みたいに感じたんだっけ。

あとからママが言ってた。

飛騨リンゴは、ほかのリンゴより酸味が少なくて甘いのに。

久々野は昼夜の気温差がおよそ10℃。

この寒暖差で成熟したリンゴは、蜜が多くて、糖度が高いんだって。

あれ?

じゃあアタシ、どうしてリンゴが嫌いなの?

小学校に入った年。

学校の給食で、デザートに飛騨リンゴがでたとき。

周りのお友達はみんな美味しそうに食べてた。

私は・・・

幼稚園のときのトラウマで食べられなかった。

シナモンの香りが脳内にグルグルまわっちゃったから。

でも・・・

給食のリンゴには、シナモンなんて入ってなかったはず。

確か10月の収穫時期だったから・・・

旬のど真ん中だったのに。

なんか、それだけじゃなかったような・・・

あ、思い出した。

グリム童話だ。「白雪姫」。

私、小学校3年生までに、全210話の全集を読破したんだ。

ってか、ママが読み聞かせ、してくれたんだけど。

アタシが一番好きなお話は「赤ずきん」だったのに

ママが好きなのは「白雪姫」。

何度も何度も読み聞かせてくれた。

BGMに「いつか王子さまが」を流しながら。クスッ(笑)

それで。

頭の中に刷り込まれちゃったワードが「毒リンゴ」。

あ〜あ、ダメじゃん。

だからアタシ、リンゴを食べたら、永遠に眠っちゃうって思い込んでた。

王子さまにキスしてもらえば、目が覚めるのにね。

だめだめだめだめ。

なに考えてんの。

ママに聞かれたら大変。

ま、そんなこんなで、

りんごの香りを嗅ぐだけで拒否反応が出るようになった。

生のりんごはもちろん、りんごジュース、アップルパイ、ぜんぶダメ。

久々野が誇る飛騨リンゴなのに。

小学校を卒業するまで、給食の時間が憂鬱だった。

そりゃそうでしょ。

「りんごのまち」久々野だもん。

給食にリンゴが出てくる頻度、高かったわー。

中学校に入ると、最初の行事は文化祭。

憧れの文化祭。

アニメとかでは知ってたけど、参加するのは初めて。

だけど、ここにもリンゴが降臨した。

クラスのだしものは模擬店。

テーマは「久々野の恵み」。

地元の食材を使ったスイーツやドリンクを提供するって。

嫌〜な予感。

「飛騨りんごジュースを売ろう!」

「アップルパイも作ったら?」

くると思った。

実家が果樹園って友だち、多かったから。

みんな飛騨りんごのことようく知ってるし。

はい、これ。

と言って、男の子の友だちがカットりんごをアタシに手渡した。

「え?なにこれ?」

スターカットだよ、と言って彼は笑った。

りんごを横にして輪切りにすると、小さな星があらわれる。

芯が星の形になるんだ。知らなかった。

これなら、食べれるんじゃない。

と、白い歯を見せて彼は笑った。

え?どうして?

知ってるの?

アタシがリンゴ、食べれないこと。

彼はそれ以上何も言わず、黙々と模擬店の準備にとりくんだ。

アタシは思わず魅入られてしまった。

嫌っていたリンゴの中に、こんなに綺麗な星が隠れていたなんて。

食べてみようかな・・・

そう思ってスターカットのリンゴを口元に近づけたとき。

なんだか視線を感じて顔をあげると・・・

彼の肩に手をかけた女子がアタシを睨んでいた。

すっごい怖い表情で。

アタシは思わず、リンゴを紙のお皿に戻し、教室をあとにした。

それ以来、彼とは一言も言葉をかわしていない。

いや、目も合わせてない。

そんな環境のなか、もうすぐ中学卒業。

気がつくと、いつの間にか陰キャになってたわー。

学校と家の往復。

家に帰っても、ゲームとアニメばっかり。

でも、リビングだからいいでしょ。

部屋に引きこもってないんだから。

いろんなトラウマをずうっと引きずって今まできたもんね。

根は深いなあ。

そんなこと、ぼう〜っと考えていたとき。

アタシの目の前にまた、クリアボウルが置かれた。

「ちょっとママ!」

「いらないっていったでしょ!リンゴなんて」

「しかもなにコレ、まるごと〜?」

え?

違う。

これは・・・

まるでお鍋のふたを開けるように、上のカットを持ち上げると・・・

薄く輪切りにしたスターカット。

小さな星が煌めくように微笑んでいる・・・

そう見えた。

漂ってくるのは、飛騨リンゴのほんのり甘い香り。

目をつむると・・

あ、いい匂い。美味しそうな香り。

初めてそう思った。

生まれて初めて、アタシはリンゴを口にする。

◾️SE/リンゴを食べる音「シャキッ」

甘い・・

ジューシー・・

はい、これ。

と言ってママが小さいグラスを手渡す。

しぼりたての飛騨リンゴの果汁。

なんのためらいもなく、口に注ぐ。

美味しい!

甘い香りが口の中に広がっていく。

リンゴって、飛騨リンゴって、

こんなに甘くて、ジューシーで・・・

美味しかったの!?

人生、損してたね。

と、ママが笑う。

「もういっぱいちょうだい!」

そう言いながら、スターカットをカブリ。

口の中いっぱいに果汁が広がる。

爽やかな香りとみずみずしさ。

酸味はほとんどなくて、

今まで感じたことのない清涼感。 

この瞬間、アタシの中の何かが弾けた。

大嫌いだったリンゴは、

一番好きな食べ物へと昇華した。

あっと言う間に、1玉がアタシのお腹に。

◾️SE/LINEの着信音

そのとき、LINEが鳴った。

何気なく、アカウントを開くと、あのときの彼。

あれ?

アタシ、友だちになってたっけ?

ああ、クラスのグループLINEから追加してくれたんだ。

おそるおそるメッセージを見ると・・・

夏になったら、リンゴ狩にいかないか?

ええ?

そんな・・

なんて答えたらいいの?

キッチンに立つママと目が合った。

アタシの方を見て、笑顔でうなづく。

そっか。

アタシも知らず知らず、口角が上がっていた。

なんて返したかは・・・ナイショ。

フフ(笑)

とにかく、陰キャは卒業。

だって、卒業して、季節が変わるのが待ちきれないんだもん。

今はもう、アタシの大好きな果物はリンゴ。

久々野の飛騨リンゴ。

胸を張って言えるわ。

アタシの名前は、りんご!!

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