8歳の春。
荘川桜の精「さくら」と出会った少年・澪桜。
それから7年。15歳になった澪桜の前に現れたのは、いつも自分を支えてくれる同級生・若葉だった。
春の嵐の日。
一本の傘が結ぶ、優しく切ない初恋の物語。・・・
【ペルソナ】
・澪桜(れお/15歳/CV:岩波あこ)=東京から荘川へ引っ越してきた少年。東京ではいじめを受けていたPCオタク。保小中一貫教育の学校でみんなが顔見知りという環境からなかなか友達ができない。その反動もあって、同級生たちの自慢で国の天然記念物でもある荘川桜を妬ましく思う
・若葉(めい/15歳/CV:岩波あこ)=澪桜の同級生。密かに澪桜を慕っているが、表立って告白したりはしない。影でいつも澪桜を応援し、味方になってくれる
・荘川さくら(年齢不詳/CV:岩波あこ)=荘川桜の精。自分の姿が見える者には優しく接する
【シーン1:中学校の教室】
◾️SE:教室のチャイム
『澪桜くん、付き合ってください!』
「ごめん」
『え・・』
ああ、まただ。
今月に入ってこれで3人目。
いや、ホント・・
わざわざ告ってくれる女子には申し訳ないんだけど・・・
誰かと付き合うとか、ないから。
だけどオレ、そんなに彼女に見えるのかなあ・・
廊下で一部始終を見ていた若葉が笑う。
オレの後ろの席の女子。
いや。顔は笑ってないけど、心は笑ってる。
オレにはわかる。
絶対そうだ。
若葉は・・・
六厩(むまや)に住んでる。
冬、お天気お姉さんが、
”今朝の高山市内で最低気温が一番低いのは・・”って伝えるとこ。
中学入る前に国府から引っ越してきて・・・
だから、中学入ったとき、若葉には友だちが一人もいなかった。
ここは、保育園から小学校、中学校まで一貫教育だからな。
8歳で東京から越してきたオレと一緒だ。
なんか境遇が似てたから、自然と話すようになって、今に至る。
オレの名前は澪桜。
荘川の中学校に通う三年生。
特に仲のいい友だちというのはいなくて・・・
話せるのはやっぱ、若葉くらい。
ま、どーでもいーけど。
おっと、もうこんな時間。
よしっ。
駆け足で下駄箱へ。
外へ出ようとするオレに、
「澪桜」
後ろから声をかけてきたのは・・
「どこ行くの?」
「若葉・・」
「あんた、今日掃除当番でしょ」
「え?違うし」
「3日前に谷口くんに代わってもらってたじゃない」
「あ・・」
「今日は谷口くんの当番だから、澪桜が代わってあげなきゃ」
「あ〜っ!そっかぁ〜」
「なに?用事あんの?」
「うん・・まあ」
「ま〜た、荘川桜?」
「いや・・まあ・・・
そうだけど・・・」
「しょうがないなー。
私が代わってあげるから、行ってきたら?」
「ホントか?」
「疑うんならやめよっかな・・」
「ごめんごめんごめん。
ありがと!若葉!マジで助かる!神!
今度ジュース奢るわ」
「リアクションでか!
ま〜ったくアキもせずによく行くわねー、毎日毎日」
「まあな」
「さあ、先生見回りに来ちゃうから早く行って!」
「やばっ、んじゃ行くわ。
じゃあな、若葉。また明日!」
「いってらっしゃーい」
オレは慌ててチャリ置き場へ。
ん?
なんか若葉って、いつもオレを助けてくれてんじゃね?
ほかの友だちは、毎日荘川桜公園に行くっていったら、
アイタタタ・・って笑ってたのに。
やっぱ持つべきものは友だわ(笑)
結局、自転車をベタ漕ぎして、荘川桜公園に着いたのは30分後だった。
【シーン2:荘川桜公園】
◾️SE:小鳥のさえずり
『今日は早かったわね、澪桜』
荘川桜の下でさくらがオレを迎えてくれる。
さくらは7年前、8歳のときからの友だち。
不思議なことにオレ以外の人には見えないみたいなんだ。
こうやってちゃ〜んとここにいるし、手にも触れられるのに。
あ、触れられるって言っても、触ってくるのはさくらだけど。
見たとおり、オレよりずうっとお姉さん。
歳をきいても教えてくれない。
500歳以上離れてるから数えられない、って
わけわかんないこと言って・・
オレは中学に入っても、放課後はほとんど毎日、荘川桜公園に行く。
町屋(まちや)にある家とは反対方向だけど。
どうせ、帰っても誰もいないし。
介護福祉士のママは、高山に越してきてからずうっと忙しいから。
オレにとって本当に”友だち”って言えるのはさくらだけだった。
こうやって、さくらと過ごすひとときが、かけがえのない時間。
毎日こないと、なんだかさくらが消えてしまいそうだし・・
『ねえ澪桜。毎日アキもせずに、よく来るわね』
「もう〜。
さくらまで若葉みたいな言い方しないでよ」
『若葉って?』
「あ・・・
えっと・・学校の友だち。
中学入る前に、国府から引っ越してきたんだって」
『おんなのこぉ〜?』
「そ、そうだけど・・・
なんだよ?」
『やるじゃない。
澪桜もすみにおけないわねえ』
「やめてくれよ、そんな時代劇みたいな言い方」
『あらそう?
でも時間ってのは偉大ね〜』
「なんで?」
『だって、ついこの前まで
こまっしゃくれて、こ〜んなにちっこい澪桜くんだったのに。
たった7年で、彼女まで作っちゃって』
「ちょ、そんなんじゃないから!」
『ふうん。
じゃ聞くけど。
澪桜はその子のことが、好きなの?』
「ばっ、ばかなこと言うなよ!
好きなわけないだろ!」
『じゃあ、若葉ちゃんの片思いかぁ』
「そういうんじゃないんだってば」
『うふふ・・・照れちゃって・・・かわいい』
オレは顔を真っ赤にして、大きな声でさくらに答える。
156号を走るクルマのドライバーがこっちを見ながら
不思議な顔をして通り過ぎていく。
『ねえ今度、ここへ連れてきて』
「え?
誰を?」
『決まってるでしょ、若葉ちゃんに』
「そんな。や・・やだよ」
『どうして?』
「だって・・・さくらのこと、まだ言ってないし」
『ここで言えばいいじゃない』
「無理。
そんなこと・・・できない」
『会ってみたいなあ。澪桜の初恋の人に』
「だから違うって。
初恋の人は・・・」
『え・・』
「いや・・なんでもない。
そ、それに、きっと若葉にも見えないよ。
さくらのことは」
『わかんないわよ。
澪桜と心がつながってれば、見えるかも』
「見えないって」
『うふふ。やっぱ澪桜ってかわいい』
そう言って、いつものように頭を撫でてくる。
いつまでオレを子ども扱いするんだよ。
って思いながら、決してオレは抗わない。
【シーン3:春の嵐】
◾️SE:雷のごろごろ言う音
『澪桜、なんか今日は雷神の機嫌が悪いみたい』
「え?どういうこと?」
『聞こえるでしょ。ほら・・・
きっとすぐに、ここへも来るわ』
「か、雷?
どうしよう、オレ、傘持ってきてない。
急いで帰らないと・・」
『もう間に合わないみたい』
「え・・」
『澪桜の家、町屋までは急いでも30分かかるでしょ。
雷神はもうそこに来てるもの』
「え〜っ!
じゃあ、どうすればいいんだよ」
『こっちにいらっしゃい』
え・・・
ドキっとした。
そのとき・・
◾️SE:LINEの着信音
『どうしたの?』
「LINE・・・若葉だ」
『あら』
◾️SE:LINEを開く音「ピ」
「澪桜、まだ荘川桜公園?
傘、学校に忘れてるよ。
天気予報、夕方から春の嵐だって。
大丈夫?」
「うん・・?」
「置きチャリで傘持ってってあげる。
もう向かってるから。
動かずに待ってて」
「あのバカ・・」
『なんて?』
「若葉が・・傘を持ってここへ向かってるって」
『そんな・・・もう降ってくるわよ』
「オレ・・・行ってくる」
『待ちなさい』
「え・・・でも」
『町屋からここまで、
156号には、いっぱい私のこどもたちがいるから。
若葉を守ってあげる』
「どうやって・・・」
『雨は避けられないけど。
転んだり、車と接触しないように、結界をつなぐわ』
そう言ってさくらは目を閉じた。
小さな声でなにか唱えている。
ほどなく、大粒の雨が降り出した。
若葉・・・大丈夫か!
さくらが、以前と同じように、振袖を大きく振る。
すると、新緑の荘川桜が桜吹雪に包まれる。
『お願い。
若葉を守って。こどもたち!』
雷雲が御母衣湖を黒く塗りつぶしていく。
さっきまでの静寂を切り裂くように、冷たい風が吹き抜けた。
空を見上げた瞬間、雨の音が激しく世界を叩きつける。
雨はあっという間に本降りになった。
雨粒が、アスファルトを白く煙らせる。
春の嵐が荘川桜の枝を揺らす。
『澪桜、早くこっちへ』
さくらがオレの肩に手をかけた。
そのとき・・・
国道から小さな光が、ゆっくりと近づいてくる。
『あれは・・・』
「若葉!」
『ここへ連れてきなさい!』
オレは全速力で若葉の元へ走っていく。
不思議とスニーカーが滑らない。
アスファルトの上にまるで浮かんでいるように。
斜め後ろを見上げると、桜吹雪がオレを包み見込んでいた。
最初小さかった光は、だんだん大きくなってくる。
薄いレインコートをまとった女子高生。
ずぶ濡れになりながらまっすぐ自転車を引いてくる。
片手にオレの傘を持って。
「澪桜!」
「若葉!」
「遅くなってごめんね」
「ばかか、お前は!」
『澪桜、嵐はまだひどくなるわ。
早くこっちへいらっしゃい!
若葉と一緒に』
さくらは両手を大きく広げて、オレたちに呼びかける。
オレは若葉の手を強く引き、さくらの腕の中へと飛び込んだ。
御母衣湖の水を巻き上げて、容赦なく吹き付ける横殴りの雨。
だけど、不思議なことに、雨はオレたちに当たらない。
見上げれば、巨大な老木が枝葉を広げて、
まるで天然の傘のように雨粒を弾いている。
その周りを季節外れの桜吹雪が舞う。
淡いピンク色に包まれた空間。
若葉はオレにしがみつきながら、その光景に見惚れている。
さくらの中は、エアコンの暖房のように暖かい。
オレたちの体温が下がらないように守ってくれているようだ。
『雷神はもうすぐ行っちゃうから。
あと少しだけ辛抱してね』
「え?」
「さくら!」
『あったまりなさい。
私たちにはね、ダムに沈むはずだったのを救われた歴史があるの。
そのとき関わってくれた人たち、みんなの思いが詰まってるから。
これが、その温もりよ』
さくらの言う通り、しばらくすると夕陽が差し込んできた。
ゆっくりと黒雲が消えていく。
若葉は、オレではなく、後ろの巨木に向かって口を開く。
「ありがとうございます」
「え?」
「あなたが私たちを守ってくれたんですね」
「見えるのか?若葉」
『守るに決まってるでしょ。
だって、澪桜の大切な人なんですもの。
命に換えても守るわ』
「さくら!」
「さくらさん・・・
本当にありがとうございます!」
『これから澪桜をよろしくね』
「え・・」
「澪桜が・・・毎日ここへ来てたのは、さくらさんに会うため・・」
「あ・・ああ・・・そうだ」
『澪桜、
こんな素敵な彼女がいるのに、もうこんなとこにきちゃだめよ』
「そんな・・」
「さくらさん・・」
(※さくらの言葉を聞きたくない澪桜は話題を変える)
「そ、そ・・・それより若葉。
これからどうするんだ?
どうやって六厩へ帰る?」
「大丈夫。
学校出るときに、うちに電話しといたの」
「だけど若葉の家って、そば作ってる農家だろ。
いまめっちゃ忙しいんじゃ・・」
「うん。6月は一年で一番忙しい。
早く種まきを終わらせないと、
秋、霜が降りる前に収穫できないから」
「だよな」
「でも事情話したら、大丈夫だって。
どうせ雨が降ったら種まきできないから。
パパが軽トラックで迎えに来る。
自転車2台積んで送ってくれるって」
『若葉さん』
「はい」
『やっぱり、澪桜が選んだ人だわ。
ホントにお似合い』
「別に選んでねーし」
「あの・・・さくらさん・・
ひとつだけお願いしてもいいですか?」
『なあに?』
「若葉?」
「これから・・私も一緒にここへ来てもいいですか?」
「おまえ・・なにを・・」
『まあ、うれしい』
気がつくと、さっきまでの雷雨が嘘のように、
雲の切れ間から夕陽が差し込んでいた。
アスファルトから立ち上る、雨上がりの土の匂い。
オレたちを見ながら本当に嬉しそうなさくら。
オレを見つめてはにかむ若葉。
その横顔は、夕陽に照らされて、赤く染まっていた。


