「おじいちゃん、このままじゃ誰かと結婚しちゃう!」
祖父の恋を応援したい孫娘。
だけど本当に結ばれてほしい相手は、最初から決まっていた・・・
【ペルソナ】
・さくら(CV=29歳:岩波あこ)=静と同じ市民課に務める市職員。彩羽にとっては相談できる唯一の女性
・彩羽(いろは=18歳/CV:坂田月菜)=高校生のとき東京から高山市街地へ引っ越してきて、卒業後は高山市役所市民課で働く市職員
・静(しずか=61歳/CV:日比野正裕)=大学新卒以来高山市役所市民課で働く生え抜きの市職員
【プロローグ:市役所の休憩室】
◾️SE:休憩室のざわめき/お湯を沸かす音など
「いただきま〜す」
「まあ、おいしそうなお弁当」
「あ・・さくらさん・・」
遅い昼食をとろうと休憩室に入ると
新人の彩羽と目が合った。
ちょうどお弁当を食べようとしていたらしい。
「お疲れ様です!」
私はさくら。
高山市役所で働く市民課の戸籍係。
彩羽は住民登録係だから、仕事上はそんなに接触はないんだけど・・
いや。
それは違うわね。
ちょっと前までは接触どころか、
彩羽のおうちでご飯まで食べるような関係だったし。
実は、彼女のお祖父様が、私の元上司。
詳しいことは、前編の『最後の弁当』『最初の弁当』を聴いてね。
「さくらさんもいまからお昼ですか?」
「うん。
遅くなっちゃったけど・・
彩羽さんも?」
「はい。
朝からずっとバタバタして・・マイナンバーの申請とかいっぱいで」
「それ、こも豆腐?」
「そうです・・」
「ひょっとして・・・部長・・いえ、おじいさまの手料理?」
「はい!」
「すごいわねえ、部長、じゃなくて、おじいさまも」
「部長でいいですよ。
その方があの頃を思い出してワクワクするし」
「ごめんなさい。じゃ、お言葉に甘えて」
「こも豆腐って珍しいんですか?」
「ううん、その逆。
むしろ、高山のソウルフード」
「へえ〜」
「お豆腐を”こも”に包んで、茹でてから出汁で煮込むの」
「”こも”?」
「わらで編んだむしろよ。
ほら、お豆腐の表面にわらの模様があるでしょ」
「うん」
「ほんのり、わらのいい香りもしない?」
「ホントだ〜」
「お祝いごととか、ハレの日に出すお料理なのよ」
「知らなかった〜」
「あ、それと・・飛騨牛のしぐれ煮も」
「そう。
私が美味しい!って言ったら、毎日お弁当に入れてくれるの」
「へえ〜」
「汁気をしっかり切ってご飯に乗せてるから、お肉がしっとりして美味しいんだ〜」
「部長って・・・彩羽さんにはホント、優しいのねえ」
「・・さくらさん・・・」
「なあに?」
「あの・・・さくらさんに相談したいことがあるんですけど・・・」
向き直った彩羽が、急に真面目な顔になる。
「今日・・・役所が終わってから少し話せませんか?」
「いいわよ。
じゃあ・・・あそこにする?
あの・・なんだっけ・・・名前のない・・カフェ」
「やった。前から行きたかったんだ、あのお店」
彩羽は、私の返事を聞くと、安心したように声を弾ませた。
「抹茶バスクチーズケーキ!
食べたーい!」
【シーン1:名前のないカフェ】
◾️SE:カフェのガヤ
「どうしたの?彩羽さん
食べないの?
チーズケーキ」
「はい。
お腹は減ってるけど・・・おじいちゃんのこと考えると・・」
「え?」
「考えれば考えるほど、胃が痛くなりそう」
※急に深刻になり身を乗り出す
「部長、どうかしたの?
まさか・・どこか悪いとか?」
「いや、実は・・・さくらさんにお願いしたいことがあるんです・・・」
「お願い?」
※悩んだ末に思い切って
「あの・・・おじいちゃんを止めてください!」
「え?なに?いきなり・・」
「このままだと、マッチングアプリに結婚させられちゃう!」
「ちょっとちょっと。
話がよく見えないわ。
落ち着いてお話して」
「はい・・あ・・ごめんなさい」
「マッチングアプリって?」
「恋人とか結婚相手を探すやつです」
「そんなことは知ってるわ」
「おじいちゃん、私が働き初めてから毎日お弁当作ってくれてるんですけど」
「そうね」
「毎朝、朝市で食材買いに出かけるの」
「まあ」
「で、野菜売ってるおばちゃんと仲良くなって」
「ああ、あのおばちゃん?」
「はい。
それで、おばちゃんから、独り身でいるのは大変だからって」
「え?
それで?」
「マッチングアプリに登録しなさいって言われて・・」
「登録しちゃったの?」
※泣きそうな声で
「はい」
「部長ったら・・・」
「私、こっそりおじいちゃんのスマホのぞいたんですけど」
「だめよ、そんなことしちゃ」
「いいの、おじいちゃん危なっかしいんだから。
アカウントのデータ入力だって、私がしてあげてるもん」
「まあ」
「それが最近『いいね!』を結構もらってて」
「部長って、ビジュ悪くないもんね」
「とうとう『お会いしましょ』ってメッセージまで来ちゃったんです」
「あらまあ・・
でも、いいことじゃない」
「なんで?
さくらさんはそれでホントにいいんですか?」
「いいに決まってるわ。
部長、奥さん亡くされてからだいぶ経ってるし」
「それそれ。
おばあちゃんだって許すわけない」
「許すわよ」
「どうしてそんなことわかるんですか?」
「だってあのときは部長、見ていて胸が締め付けられるほど痛々しくて・・
声もかけられなかったもの」
「だったら、よけいダメでしょ」
「ううん。
そんな部長が彩羽さんのおかげで、こんなに明るくなったのよ。
今度は自分が幸せになる番じゃない」
「違う。
次はさくらさんの番なの!」
「また、わけのわかんないこと言って」
「さくらさん」
「なあに?」
「おじいちゃんのこと、好きじゃないんですか?」
「えっ・・
な、なに言ってんの!」
「だって・・だって、おじいちゃん、
このままだと誰かと結婚しちゃうかもしれないのに・・」
「い、いいんじゃない・・?
部長にとっても、その方が」
「そんなん、絶対よくない」
「言い切っちゃうのね。
でも、彩羽さん・・
私は・・・大賛成よ。
だって部長には、幸せになってほしいもの」
「それは幸せなんかじゃないって!
もう〜、なんて言えば、わかってもらえるの〜」
「さあさあ、それよりケーキ、食べましょ。
上に乗ったアイス、とけちゃうわよ」
「わかった〜。
もう、やけ食いだぁ。
あ・・・でもさくらさん、ひとつだけ約束して」
「なにを?」
「おじいちゃんがマッチングアプリの相手と会うより前に
一度うちへ来ること」
「いいけど・・・なんで?
ご無沙汰だから、部長びっくりするんじゃない」
「おじいちゃんはいいの」
彩羽の主張が、だんだん支離滅裂になってくる。
それでも、困り眉のまま、ケーキを口に運ぶと、
「んま〜い!
抹茶とチーズのマッチングが、も最高!」
私は思わず吹き出しそうになる。
若いっていいなあ・・・
結局、週末に彩羽の家へお邪魔することになったけど。
【シーン2:彩羽の家】
◾️SE:玄関の扉を開ける音
「いらっしゃい!さくらくん!」
彩羽のおうち。
というより部長のご自宅。
部長自ら満面の笑みで迎えてくれる。
4月にリタイアされてから顔を見るのは初めて。
なんだか、在職してるときより、顔色よくなったんじゃないかしら。
「さあ、今日は私が手料理を振る舞うから、
さくらくんはゆっくりしてってくれ」
「いらっしゃ〜い」
後ろから彩羽がひょっこり顔を出す。
「座って座って、さくらさん」
言われるまま食卓へ腰を下ろすと、私の横に彩羽も座った。
「ねえ、おじいちゃ〜ん。
今日はなに作ってくれるの〜?」
「今日のメインディッシュは飛騨牛の『朴葉味噌焼き』だよ。
さくらくんが来るっていうから
奮発してA5ランクのロースにしたんだ」
「わ、やったぁ」
「ホントはフィレにしようと思ったんだがね、
フィレの旨味が味噌の味に負けてしまうといけないから」
「なんだか部長、すっかりプロのシェフみたいですね」
「いやあ、まだまだ勉強中さ。
そうそう、肉は薄切りのロースだけど、野菜をたっぷり入れるからね。
飛騨一本太ネギにしめじ、えのき、まいたけ・・」
「おいしそう」
「おじいちゃん、マッチングアプリのお相手にいいとこ見せたいんでしょ」
「え?」
「なっ、な、なにを言うんだ、いきなり・・」
「いつデートするんだっけ〜?」
「ばっ、ばかなこと言ってないで・・・
さ、さくらさんにお茶でも淹れてあげなさい」
「あ、私やります」
「だめ。さくらさんは座ってて。
お客さんなんだから」
「いいのよ。ここのお台所は、ようく知ってるから」
「あ、そっか〜。
さくらさん、ここでずっと料理教えてたもんね。
おじいちゃんに」
なあに、このシチュエーション。
彩羽の意図が見えないんだけど。
何か企んでいるような顔でニヤニヤして・・
私は気にしていないフリをして紅茶を淹れる。
「さくらさんってさあ、どこに住んでるんだっけ」
「え・・」
「そういえば、聞いたことなかったな、って」
「こら彩羽、個人情報だぞ」
「駅の西。岡本町(おかもとまち)のアパートよ」
「一人暮らしだっけ?」
「彩羽」
「そう。
でも実家は荘川よ」
「そうなんだあ」
「彩羽さんとおんなじ。
高校を卒業して市役所に入庁したの。
最初はバスで通ってたんだけど、
1年経ってから、思い切って一人暮らしを始めたんだ・・。
今年でもう10年になるかなあ」
「そっかぁ。
ってことは今年でさくらさん・・・」
「いい加減にしなさい、彩羽」
「スマホでなにやってるの?」
「マッチングアプリ」
「え?」「え?」
「だってさくらさん、独身でしょ。
ためしにやってみない?周りもみんなやってるよ」
「しまいにはおじいちゃん怒るぞ」
「え〜。おじいちゃんだってやってるじゃん」
「いくらなんでも、そりゃさくらさんに失礼だろう」
「ちょっとおもしろそうかも」
「え?」
「でしょう。
さくらさんのアカウント、いまベースだけ作ったから、
IDパス変えてやってみない?」
「いいわ」
「スマホかして」
「そんな・・」
「どうしたの、おじいちゃん?」
「いや、なんでもない・・・けど・・
ほんとにいいのか?さくらくん」
「なんか・・楽しそうじゃないですか」
「そ・・そうか・・」
「あれ?
部長は楽しくないんですか」
「いや、そ・・そんなことも・・ないけど・・」
「IDパスはこれでいい?」
「おまかせするわ。
私、こういうのあまり得意じゃないけど大丈夫かしら?」
「大丈夫大丈夫。
めんどいプロフィールや紹介文は私が入力してあげるから」
「ありがとう」
「データはもうほぼほぼ入れたから・・・
あとは・・・コレ。
さくらさんの理想の男性像は?」
「え〜、わかんない」
◾️SE:お湯の沸騰する音
「ちょっと、おじいちゃん。お湯沸いてるよ」
「あ!ああ・・・ごめんごめん」
「っと・・・身長は?」
「私、167あるから、私よりは高い人がいいかな」
「じゃあ175cm以上・・っと。
次、スタイル。
やせ型?ぽっちゃり型?」
「あんまりこだわらないけど・・・まあ、やせてる人?」
「おけおけ。
住みは市街地ね。年齢は『こだわらない』でいいよね」
彩羽は、目にも止まらぬ早業で入力していく。
アッという間に私のプロフィールができあがった。
部長は、黙って料理を食卓に置く。
「いっただきま〜す!」
「ああ・・2人ともすまん。ちょっとだけ飛騨牛焦げちゃったかもしれん」
「いえいえ、お気になさらないでください。
いただきます」
「美味しい!」
「うん、ホント」
「まあまあかな」
「ねえ、さくらさん」
「なに?」
「荘川にはどんな料理があるの?」
「そうねえ・・・私が一番好きなのは・・ころいも、かな」
「それなに?」
「ちっちゃくて、丸っこいじゃがいもよ」
「あ〜、ころころしてるから、」
「ふふふ・・そう。
小さくて出荷できないジャガイモを煮ころがしにするの」
「へえ〜」
「皮付きのまま醤油ベースで味付けして。
中はホクホク。一口で食べちゃう」
「私、きっとそれ好きかも」
「今度作ってあげるわ」
「やたっ!ねえ、いつ?いつ?」
「彩羽、さくらさんを困らせるんじゃない」
彩羽の一人舞台のような感じで、食事の時間は終わった。
帰るとき、彩羽はウィンクして私の耳元へささやく。
「とりあえず条件だけでもピッタリ合う人がいたら
会って見た方がいいよ」
意味がよくわからなかったけど、そんなものなのかしら。
マッチングアプリって。
まだちょっと不安だけど、彩羽さんにまかせておこう。
この状況、自分でも自分に驚いてるけど。
【シーン3:ブラインドデート】
◾️SE:小鳥のさえずり〜高山駅構内の雑踏
よくわからないうちに、始めてしまったマッチングアプリ。
ついに、彩羽のアドバイスで、なんとブラインドデート。
マッチングアプリでそんなんあるの?
って聞いたら、
「あるある!トレンドよ〜。大人じゃん」
ホントかなあ。
お互いに顔写真もなく、名前もニックネームもなくてイニシャルだけ。
S。
私のプロフィールにも顔写真をアップせずにニックネームも、S。
これも彩羽のプロデュース。
それでも奇跡的に相性ぴったりのお相手が見つかった。
お互いの好みがドンピシャで、相性は100%近いみたい。
信じられない、という私に、そういうもんだから、と彩羽。
とにかく会ってみた方がいい、と強く勧められて
仕方なく待ち合わせをする。
どんな服装で行けばいいのか、とか、食事はどうするのか、とか
昨日夜遅くまで細かく指南してもらった。
すごいな、いまの10代は。
ということで今日の私は、
落ち着いたグレージュのニットに、パステルピンクのスリムパンツ。
少し緊張しながら、待ち合わせ場所の匠通りへ歩いている。
手にはお弁当を入れた小さなバッグ。
しっかり蓋をしたつもりなのに、
ころいもの香りがほんのり漂ってくる。
高山駅西口からエスカレーターに。
やだ、心臓がバクバクしてきた。
ううん、ここで焦ってもしょうがない。
絶対大丈夫、という彩羽の言葉を信じましょう。
エスカレーターを降りたら右。匠通りへ。
あ・・
あの後ろ向いている人かな。
ネイビーのシャツにチノパン。
サマーニットを肩掛けして・・・
約束通りだ。
だけど、私の靴音にゆっくり振り返ったのは・・・
「さくらさん?」
「部長!?」
「彩羽のやつ・・・仕組んだな」
身長175cm、痩せ型でトラッド系。
よく考えたら、彩羽さんが入力した私の理想のイメージ、って
・・・部長?
でもそれって・・・
「さくらさん、ほんと、申し訳ない!
帰ったら彩羽にはたっぷりお説教しておきますから」
「もう帰っちゃうんですか?」
「え・・」
「せっかくだからお茶くらい飲んでいきませんか?」
「い・・いいんですか?」
「お天気もいいし、お外でこれも食べません?
ころいもの煮ころがし」
「さ、さくらくん・・・」
そのとき私のLINEが鳴った。
いや、私だけでなく、部長のLINEも。
「ちゃーんと出会えましたか?
でも私、嘘なんてついていませんからね!
2人の理想像を入力しただけ!
おじいちゃん、今日の格好、めっちゃイケてるよ!
さくらさん、ころいもの煮ころがし、今度私にも食べさせてね!
それでは、お二人でごゆっくり〜👍」
やられた〜。
最初、しかめっ面でスマホをみていた部長も、だんだん頬が緩んでくる。
「しょうがないやつめ・・・」
「よかった・・・部長で」
ほっと胸を撫で下ろしながら、小さく呟いた私の声は、
高山駅の雑踏がかき消していった。


