昭和の頑固親父と、令和を生きる元ギャル。
絶対にわかり合えそうにない父と娘が、奥飛騨の小さな温泉宿で12年ぶりの再会を果たす――。
ヒダテン!ボイスドラマ『奥飛騨百姓座敷湯守』の舞台は、奥飛騨温泉郷・新平湯温泉。
江戸時代から続く百姓屋敷を受け継ぎ、100年の歴史を刻んできた老舗旅館「湯守」の5代目・静馬。
「男は黙って背中で語れ」
そんな昭和の価値観を頑なに守る静馬の前に突然帰ってきたのは、12年前に家を飛び出した一人娘・凛子でした。
しかも彼女は――ギャルのまんま!
「昭和男児とかマジでサゲ」
「ギャル女将とかアゲてこ」
百姓屋敷に飛び交う、飛騨弁とギャル語。
伝統を守りたい父と、時代に合わせて変えたい娘。
けれど、二人が本当に守りたいものは、果たして違うのでしょうか。
囲炉裏の煙に燻された太い梁。
自ら泥にまみれて育てた奥飛騨の野菜。
岩魚、飛騨山椒、そして北アルプスの恵みを受けた温泉。
変えてはいけないものがある。
でも、変わらなければ守れないものもある。
5代目から6代目へ。そして、その先の未来へ――。
笑って、ぶつかって、最後には少し心があたたかくなる。
奥飛騨の湯けむりの中で描く、父と娘の物語・・・
【ペルソナ】※舞台設定は現代/新平湯温泉
・静馬(しずま/64歳/CV:日比野正裕)=百姓屋敷を改造した老舗旅館湯守の5代目
・凛子(りんこ/30歳/CV:坂田月菜)=静馬の娘。高卒で東京へ家出したギャル娘
【プロローグ/家出】
◾️SE:セミの声(ニイニイゼミ)
「ばかやろう!
毎晩毎晩ほっつき歩きやがって!
そんなチャラチャラしたやつは、娘でもなんでもない!
いますぐこの家から出ていけ!」
「はいはい、お疲れサマンサ〜。
そうやってすぐにブチるの、マジでウケる。
そんだけ激おこぷんぷん丸だと血管切れるよ?
ウチの人生ウチが決めるんで。
とりま、あざした〜!」
そう言って、娘の凛子が家を出ていったのが12年前。
世間では『ギャル』というらしいが、下品な化粧と言葉使い。
いったいどこの国の言葉なんだ・・・
私の名前は静馬。
奥飛騨温泉郷・新平湯温泉にある老舗旅館
『奥飛騨百姓座敷・湯守(ゆもり)』の5代目当主である。
うちは元々、江戸時代から続く豪農の百姓屋敷。
明治の終わり頃、初代がこの場所へ太い梁を移築。
湯守として温泉旅館を始めた。
今年でちょうど100年になる。
じいさんも親父も、絵に描いたような昭和の頑固親父だった。
『男は黙って背中で語れ』
『客には命を削っておもてなしをしろ』
口を開けば飛騨弁の怒声が飛ぶような環境。
当然のように私も、典型的な昭和男子として生きてきた。
最近ではなんだっけ?
パワハラ?モラハラ?
なんやそれ?
ちょっと大きい声を出しゃあ『威圧的』やの、
気合いを入れようと背中を叩けば『暴力』やの。
コンプライアンスだの何だのって横文字にすりゃあいいと思って。
男ってのはなぁ!
健さんも言ってるやないか。
理屈じゃねえ、行動で語れ。
女は一歩引いて、男の背中を支えるもんだ!
汗水垂らして、泥にまみれて、必死こいて働く姿を見せる。
言葉が足りんけりゃあ、愛のムチだって必要だわ。
でなきゃ、奥飛騨の厳しい冬が乗り越えられるかっての!
湯口から吹き出す源泉の熱さに耐えられるかってんだ!
今の若い奴らは、ちょっと怒られたくらいで『心が折れた』だの
『メンタルがどうの』だの、くだらないことばっか言いやがって。
一人前になるまでは、寝る間も惜しんで精進しろ、っつうの。
「はい、今の全部アウト〜。
セクハラ・パワハラ・ジェンハラのトリプル役満やめてもろて?」
「り、凛子!?」
【シーン1/出戻り】
◾️SE:セミの声(ミンミンゼミ)
「お父ちゃん!
声デカすぎだって。
バス停まで余裕で聞こえてるからね?
ただでさえ昭和男児とかー、世間的にマジでサゲなのに」
「お前、いつ帰ってきたんだ?」
「新宿を7時に出て、いま新平湯温泉に着いたー。
つか最近の高速バス、ガチでリッチすぎてビビるんだけど!
移動中ずっと爆睡できたし、普通に優勝だわ」
「なんだ、それが12年ぶりに再会した親に言うセリフか?」
「それよりー、お父ちゃん、いまのお客さんに聞かれたらガチで詰むって。
昭和男児って、老害ムーブ全開でマジ公害レベルだから」
「うるさい!
それより昼飯は食べたのか?
まかないでよかったら食ってけ」
「え、食べる食べる!
まかないとかガチで神なんだけど!
ぶっちゃけお腹ペコペコすぎてたから、超助かる〜。
とりま秒で荷物置いてくるから、よろしくね!」
12年ぶりに新平湯へ帰ってきた娘。
今年で30になるっていうのに、なんだ、あの化粧に言葉使いは。
出てったときより、酷くなってるんじゃないか。
目の周りは真っ黒、爪に変な飾りまでつけおって。
とてもじゃないが、あれじゃあ、ご近所様や宿のお客様には見せられん。
「ちょっと、お父ちゃん、ウチの部屋まんまにしといてくれたん?
マジ感謝!マインド神すぎてアゲ!」
荷物を部屋に置きにいった娘が走って戻ってきた。
なにを言ってるのかよくわからんが・・・
まあ、部屋をそのままにしとくのは当たり前だろう。
一人娘なんだから。大事な跡取りなんだし。
「つかウチさー、これから湯守で働こうと思って」
「なんだと?
うちの旅館で働く?」
「いーじゃん、今ってどこも人手不足でマジ詰んでない?
明日から手伝うからさー、ギャル女将とかアゲてこ」
言葉がそのあと続かなかった。
娘が帰ってくるのは嬉しいが、いきなり旅館を手伝うと言われても。
喜びよりも不安の方がはるかに大きい。
いつもよりセミの声がうるさく響いていた。
【シーン2/帳場に立つギャル女将】
◾️SE:セミの声(ヒグラシ)
「いらっしゃいませ〜!
遠くからガチでお疲れサマンサです!湯守へようこそー!」
翌日から凛子は帳場に立った。
どこで見つけてきたのか、ド派手なピンクの浴衣。
帯はリボンのように結び、
髪はきっちりまとめるどころか、ゆるく巻いてアップにしている。
化粧はいわゆるギャルメイク?というのか、見るに耐えない。
その顔を満面の笑みにしてお客さんに話しかける。
「とりま、こちらにお名前とか書いてくださーい!アゲ!」
「ちょっと!凛子!こっちこい!」
「えー、なにー?お父ちゃん!」
「なんだ、いまの接客態度は!?」
「ギャル女将なんだからフツーっしょ!」
「全然普通じゃない!
それに、その格好!チンドン屋じゃあるまいし」
「は?それ差別用語!サゲ!」
「だいたい、誰が帳場に立ってもいいと言った?
女の分際で・・・」
「へ?
お父ちゃん、いつの時代生きてんの?」
「なことはいいから、ここは中居頭のさくらさんに任せろ。
言いたいことがあったら厨房で聞いてやる」
「はぁ〜、ダルみざわなんだけど〜」
うちの旅館・湯守には女将はいない。
普段は仲居頭がお客様のお出迎えにあがる。
凛子は仲居頭に頭を下げて厨房の方へ向かった。
【シーン3/厨房の静馬と凛子】
◾️SE:厨房のガヤ
「おっ、カイトっち、おつー!」
凛子は見習いの板前・カイトに声をかける。
「てか昨夜(ゆうべ)、ウチの歓迎会に、最後まで付き合ってくれてありがとね!」
「パワハラ親父に無理やり飲まされてたっぽだけど、体調大丈夫そ?」
「マジ我慢しなくていいからさ、モームリと思ったら休んじゃいな!」
「アホか!凛子!
見習いのカイトにくだらんことを吹き込むな!」
「はぁ?」
「おいカイト!今朝厨房の仕込みに遅れたそうだな!
たかが二日酔いくらいでそんな風になってどうする?
人並みに酒も飲めないで一人前の板前になれると思うか?
高卒のお前をわざわざ引き取って一から育ててやったのに、
いつまで半人前でいるつもりだ!
やる気ねえなら明日から来なくていいぞ、クビだクビ!」
「ちょっと!なに言ってんの!お父ちゃん!
最初から最後まで全部アウトすぎて、もはやウケるんだけど」
青白い顔をしたカイトに背中を向けて、ものすごい剣幕で凛子が捲し立てる。
「『酒くらい飲めて一人前』とかなにそれ?
昨日無理やり飲ませたのテメェだし完全アルハラだから!
てか、そんな二日酔いの状態で早朝から包丁握らせるとか、ありえんわ!
宿の安全管理どうなってんの?
カイトっちの学歴出して『高卒の小僧』とか言うのも普通にアウトだし!
『クビ』とか脅すの最悪のパワハラじゃん。
マジ大丈夫!?
しっかりしてよ!お父ちゃん!」
「ったく、めんどくせえ世の中だな。
ま・・その、なんだ・・・
カイト、お前も、この先いい人見つけて、身を固めることも考えとけよ」
「お父ちゃん!
『身を固めろ』とか、サイテー!
結婚とか恋愛なんて個人の自由だし!
マインドが昭和すぎて脳みそ化石レベルなんだけど!」
「ばかやろう!所帯を持ってこその男の甲斐性。
家を守る嫁さんがいるから、男は思う存分戦えるんだ!」
「はぁ!?なにそれ?
男のために女が犠牲になるのが当たり前とか、
マジで聞いてて虫唾が走るんだけど!
外で戦うとか、カッコつけてんじゃねえよ!
単に女に甘えてるだけっしょ!
・・・ウチだってさ!
・・・しょうもないクズ男のせいでメンタルボロボロ。
ほんでここに戻ってきてんだから!」
「なんだと!?凛子!お前・・・」
「だって、そうなっちゃったもんはもうしょうがなくね?
マジどうしようもなかったんだから・・・」
凛子・・・
私は返す言葉が思いつかず、苛立ちを紛らわせるようにタバコに火をつけた。
◾️SE:ライターでタバコに火をつける音〜たばこを吸う音「ふう〜っ」
「ちょっと!
お父ちゃん!なにやってんの!?」
「え?
なにやってる、って見てわからんか。
タバコ吸ってるんだよ。
お前がおかしなコトを言うから」
「は? 厨房でタバコとかマジありえない!
てかそもそも、なんでこの宿いまだに全面禁煙じゃないわけ?
イミフなんだけど。
どうしても吸いたいなら、完全隔離の喫煙ルームとか作るのが普通っしょ!
周りに子供とか妊婦さんとかいたらどうすんの?
あーったまきた!
全館の灰皿いまから全部、秒でゴミ箱行きね!」
「アホいうな!
子供とか妊婦とかって・・
そんなもんちょっと気をつけりゃすむことだろ」
「すむわけないじゃん!
もしお腹の子に何かあったら、お父ちゃんマジでどう責任とんの!?」
「お腹の子、ったって、そんな・・」
「ここにも、ひとりいんだよ!」
「え!?」
「ウチのお腹にも、ひとり!」
「なに!?」
「まだこんなちっこいのが・・・」
凛子が親指と人差し指を、私の前に突き出して広げる。
耳を疑った。
12年も東京で暮らしていりゃあ、なんだかんだ色恋はあると思ってたが・・・
凛子のお腹に赤ちゃんだと・・・
さっきまで凛子に向けていた言葉の刃と鉄壁の信念が、
音を立てて崩れ去った。
凛子のお腹に・・・
いや!それよりも・・・
どこのどいつだ!
凛子をこんな目に合わせやがった野郎は!?
「お父ちゃん・・・」
「なんだ!」
「ごめん・・・」
凛子・・・
急に神妙になった凛子はそのままうつむいて座り込んだ。
気がつけば、北アルプスの山並みが夕闇に呑み込まれている。
新平湯温泉・奥飛騨百姓座敷 湯守。
源泉から立ち上る湯けむりが私たちを優しく包んでいった。
【エピローグ/1年後/食事処「湯守」にて】
◾️SE:晩夏の虫の音
「みなさま!
本日は私ども奥飛騨百姓座敷 湯守へお越しいただき、誠にありがとうございます。
ご夕食の飛騨牛や山菜、お気に召していただけましたでしょうか?
あ、どうぞどうぞ、お箸はお止めにならずに。
百姓座敷の主人(あるじ)のよもやま話でございます。
どうか少々、お耳を傾けてください。
ご覧になりますでしょうか。頭の上。
縦横無尽に走る、黒光りした太い梁。
囲炉裏から立ち上る煙で長年燻(いぶ)された、天井と柱。
当館のこの広間は、江戸時代から続く豪農の百姓屋敷を
そのまま活かした造りでございます。
奥飛騨の厳しい冬、屋根に数メートルも積もる豪雪の重みに耐え抜くため、
大工が釘一本使わずに太い欅(けやき)や松を組み上げました。
まさに先人の知恵の結晶でございます。
この広間で召し上がっていただく野菜もまた、一味違います。
奥飛騨は、北アルプスの麓、標高千メートルを超える高地。
昼と夜の寒暖差が実に激しい土地柄にございます。
大きな寒暖差と、豊かな雪解け水で育つ野菜。
飛騨トマト、宿儺かぼちゃ、飛騨の夏だいこんに、秋縞ささげ。
秋縞ささげは茹でると鮮やかな緑に変わることから
別名は『湯上がり美人』。
奥飛騨の夏野菜はみな、甘みと旨みがギュッと凝縮されております。
本日お出ししておりますメイン料理は、岩魚の塩焼き。
添えものは二種類ございます。
茗荷の甘酢漬けと、飛騨山椒の甘酢漬け。
昔から”山椒は小粒でもピリリと辛い”などと申します。
飛騨山椒は、さわやかな柑橘系の香りが強くて旨い、と評判なんです。
どうぞお好きな方からお召し上がりください。
交互に食べて味変を楽しんでいただくのがよろしいかと存じます。
茗荷も山椒も、素焼きにした万願寺唐辛子もすべて、
私どもが泥にまみれて自家農園で育てました。
自慢の『百姓めし』でございます。
そして何より、当館自慢の湯!
新平湯の源泉は、北アルプスの恵みをたっぷり含んだ単純泉。
ひとことで言うと『お肌に優しい柔らかい湯』。
体に優しく、赤ちゃんからご年配の方まで長湯していただけます。
源泉掛け流しの熱い湯で、日頃の疲れを根底から癒やしてくださいませ。
それから・・・」
「はいはーい!
このあとはウチにおまかせを!
・・・というわけで皆様、改めまして!
『湯守』のギャル女将・凛子でーす!
とりま、湯守へようこそー!」
◾️SE:宴席からの笑い声と拍手
「ガチで伝統のおもてなしと、チート級の温泉&野菜はマジそのまんま!
てか、いまウチらの宿・湯守は、
超優しくてマジでストレスフリーな宿に大進化中!
タバコとか200パーアウトで全館禁煙!
あ、サーセン!
なので館内には喫煙ルームマジでありませーん!
どうしても吸いたくて無理って人は、中庭のぶっちゃけ奥の方〜にある
喫煙所までダッシュしてね!
タバコ吸ったあとの残った匂いとか、浴衣についたタバコの匂いガチで無理!
って人もいるから、ホントはできるだけ我慢して!マジよろ!
あとね、妊婦さんやつわりでヤバいプレママさん、
チビちゃん連れでもガチ安心でお泊まりオッケー。
専用のキッズスペースとかアレルギー&つわり神対応メニューも完備してまーす!
『昭和のエグいこだわり』と『令和の快適さ』よきでしょ!
イイトコ取りでテンション爆アゲしていくんで、まったりチルしていってねー!」
「コホン。
お聞き苦しい女将の説明、ご容赦ください。
というわけで、伝統と百姓の誇りを守る5代目当主・静馬にございます。
ちなみに、いま私の腕の中でスヤスヤと眠っておりますのが、
将来湯守の歴史を継ぐ、6代目・ツバサでございます」
◾️SE:拍手
「いやいやいや、マジで間違えないでお父ちゃん!
6代目はウチ、凛子だし!
ツバサは7代目だから!」
◾️SE:宴席からの笑い声と拍手
◾️SE:赤ちゃんの鳴き声
「おお、よしよし!
ほらみろ、女将がヘンなこというから起きちゃったやないか」
「はいはいはい、お父ちゃんいつもあざまる水産!
感謝ありみざわドスコイの助〜。
皆様、これからも『奥飛騨百姓座敷 湯守』をよろしくお願いいたしまーす!アゲ!」
「皆様のまたのお越しを、心よりお待ち申し上げております!」


