優しさは、つなぐだけじゃない。
高山市朝日町を舞台に描く、漢方薬剤師・よもぎと医学生・楸、そして離島出身の医大生・沙羅。
それぞれの想いが交差する。
美女峠、龍宮淵、そして春の高山祭。
美しい風景の中で紡がれる、切なくも温かな物語・・・
【ペルソナ】
・よもぎ(29歳/CV:蓬坂えりか)=カフェ「よもぎ」オーナー。漢方薬剤師。楸と出会う
・楸=シュウ(22歳/CV:日比野正裕)=歴史好きな医学生。御岳町の旧家出身。医学を学び、医者を目指す。歴史・伝承・伝説が好きなのは母の影響
・沙羅(22歳/CV:小椋美織)=楸と同じ大学に通う医大生。友達以上恋人未満。医師のいない九州の離島の出身。卒業後は楸と一緒に離島に戻りたいと思っている
【シーン1:美女峠の展望広場】
◾️SE:美女峠の野鳥のさえずり
「むか〜し、むかし。
南に見える山々のずっと奥、秋神川が深く淀む『龍宮淵』のお話。
川のほとりに住む長者には、1人の娘がいました。
ある晩、長者がどこかから土産をもらってきます。
それは龍宮淵から持ち帰った『人魚の肉』。
娘にはこう言い聞かせます。
『これは禁断の肉。絶対に口にしてはならん』
そう言われれば、よけい気になるのが人情というもの。
娘は、いたずら心でひとかけら、口に入れてしまいました。
最初ほんの一口のつもりだったのが、
あまりの美味さについつい食が進みます。
気がつくと、全部食べてしまっていました。
すると・・・」
「不老不死になったんだよね」
「そ。これが八百比丘尼伝説のさわり。
あとは、楸も知ってるでしょ」
「うん。八百比丘尼伝説は日本全国にあるから。
不老不死になった八百比丘尼は全国へ旅に出た」
「ご名答。
娘は尼さんになって、諸国を行脚」
「で、ここ美女峠にも立ち寄った」
「うん。
行く先々で病人の世話をして、癒していたらしいわ」
「なんか、よもぎさんとかぶるなあ」
「冗談。
知ってる?
八百比丘尼って、息を呑むほど美しかったそうよ」
「それもかぶる」
「からかわないで」
「ほんとにそう思うんだけどな・・・」
「八百比丘尼は行く先々に椿を植えた。
ここにもあるでしょ。
彼女が杖で突いたところから生えてきた・・・」
「ああ、さっきの・・」
「厳しい冬を越えても青々とした葉を保ち、真っ白な花を咲かせる椿。
不老不死の象徴ね」
「椿も薬草なのかな」
「とっても優れた薬草よ。
椿の花を乾燥させた『山茶花(さんさか)』。
止血とか消炎の作用があるの。
八百比丘尼は、そうやって人々を癒してたんじゃないかしら」
「ますますよもぎさんだ」
「私、そんなに年はとってないわよ」
「はは・・
ねえ、よもぎさん」
「なあに?」
「もう一度『龍宮淵』へ行ってみませんか?」
「もう一度?」
「うん。
八百比丘尼の話、思い浮かべながら、覗いてみたい」
「ひかれちゃうわよ」
「竜宮城へ?
できるもんなら、行ってみたいよ」
ほんの少し距離をとりながら、こちらを見て楸が笑う。
あらためて紹介するけど、楸は東京の医大へ通う大学生。
春休みを利用して御嵩の実家からバイクで高山へ。
もう4月になっちゃったけど、戻らなくていいのかな・・
なんとなく、聞きそびれてしまった。
楸は毎日のように、夕方薬膳カフェまで迎えにくる。
そのままバイクにタンデムしてツーリング。
今日は美女峠。
・・の展望広場。
龍宮橋へ行くならあたりが暗くなる前に出なきゃ。
◾️SE:バイクのエキゾースト〜遠ざかっていく
【シーン2:山王祭】
◾️SE:山王祭の賑わい
「すごいな・・・言葉にならない」
春の高山祭。山王祭。
楸は今まで一度も見たことがないそうだ。
御嵩に住んでるのに。
最終的に、祭を見てから東京へ帰る、ということになった。
楸はバイクを宿泊しているホテルへ停め、2人で歩いて古い町並へ。
温暖化の影響で、桜は落下盛ん。
春風が吹くたびに舞い上がる、淡い花びら。
そのなかを、絢爛豪華な屋台が曳かれていく。
金箔と漆黒、そして深紅の幕を纏った屋台。
「まるで・・・異世界に迷い込んだようだ」
「もしかしたら、エルフにも会えるかも」
「え?」
嬉しそうに、楸が私を見つめる。
やがて始まったのは、からくりの奉納。
童子が一瞬にして翁へ変わる『三番叟(さんばそう)』。
美女の打掛が荒ぶる獅子に変わる『石橋台(しゃっきょうたい)』。
そして、壺の中から龍神が飛び出す『龍神台(りゅうじんたい)』
楸は呆然と屋台を見上げる。
「この世のものとは思えない・・・」
「石橋台のからくりは一時上演禁止になったのよ」
「え・・どうして?」
「あの美女の人形、見たでしょ」
「うん・・」
「あまりにも妖艶で、なまめかしくて、風紀を乱すからって」
「そんな・・」
「100年くらい屋台蔵に安置されて、復活したのは昭和59年」
「じゃあ、この時代の僕たちはラッキーだったんだ」
「あら。あなたも魅入られちゃった?」
「いや・・そうじゃなくて・・・」
「別に否定しなくてもいいじゃない」
「ただ、すごいなあって・・・」
楸って、感受性が高いのね。
でも高山祭は屋台だけじゃないのよ。
総勢数百人!という祭行列・御巡幸(ごじゅんこう)。
日枝神社を出発して祭礼区域を巡っていく。
獅子舞に雅楽、闘鶏楽(とうけいらく)に裃姿(かみしもすがた)の警固。
誰かが言ってたけど、見るも鮮やか、聞くも雅。
楸が言う通り、祭の2日間、高山は異世界になる。
「こんなにすごいなんて・・・
どうして今まで来なかったんだろう」
「でしょ。
だから私だって、もっともっといろんな人に知ってほしい」
「ようし・・毎年来るぞ」
「ってか、春だけじゃなくて、秋もあるからね」
「もちろん来ます!」
「じゃあ、その前に夜祭り(よまつり)ね」
「夜祭り・・?」
「灯りがともった屋台は、昼間と全然違うから」
「ああ・・そうなんだ」
結局、私たちは、夜祭りが終わるまで、高山を楽しんだ。
屋台から曳き別れの歌「高い山」が流れる。
「ねえ、よもぎさん、このあと・・・」
「あ、よかったら、行ってみたいとこがあるんだけど・・・」
「え・・どこ・・・?」
「内緒」
「え〜」
少し、いじわるだったかな。
不安そうな表情の楸を横目に、安川通りから宮川沿いを歩く。
「初めてよもぎさんと会ったのもこのあたりだよね?」
「そうね」
「なんだか、お腹すいちゃったな・・」
「でしょ」
「え?」
不思議そうな顔をする楸に笑顔を返して、歩き続ける。
楸は私のあと、少しだけ距離をおいて歩く。
あ・・さっきより、距離、縮まったかも。
私たちは、行人橋(ぎょうじんはし)を渡る。
祭の喧騒がだんだん小さくなっていった。
【シーン3:熊の涙】
◾️SE:居酒屋の雑踏
「乾杯」
「乾杯」
市街地の居酒屋。
実はこっそり、予約しておいたんだ。
席だけでなく、お酒も・・・
「熊の涙?
変わった名前のお酒だね」
「まずは飲んでみて」
「うん・・」(※日本酒を呑む)
「どう?」
「わ・・
すごい・・・なんていうか・・・
まろやか・・・?
優しい味」
「朝日町のお酒なの」
「え・・」
「氷中貯蔵(ひょうちゅうちょぞう)。
冬の間にお酒を搾って、氷の中で熟成させるの。
標高1,300メートル、秋神温泉の氷。
熊も涙を流すほどの冷たさ。
そんな厳しい寒さに耐えて、じっくり蓄えた旨味よ」
「だから”熊の涙”・・」
「ホントにホントに限定酒だから。
貴重なお酒。
市街地で飲めるところは限られてるの」
「そうなんだ・・」
「ふふ、驚いた?
実は私、日本酒には目がないんだ」
「意外・・・
漢方薬剤師さんだから、お酒なんて飲まないのかと思ってた」
「なに言ってるの。
お酒は『百薬の長』って言うじゃない?
適度なアルコールは血行を良くして、緊張を緩和してくれるのよ。
立派な養生なんだから」
「確かに・・」
「いつか自分の名前が入ったラベルを出すのが夢なの。
飲むだけで心も体も整うような、とっておきの日本酒・・・」
「楽しみだなあ。大吟醸『よもぎ』ってか・・
一番最初に飲ませてよ」
初めて2人で飲むお酒。
『熊の涙』予約してよかった。
グラス越しに楸の顔を見る。
さっきよりさらに、距離が縮まったかな・・・
【シーン4:駅前のホテル】
◾️SE:高山駅前の雑踏
「今日はありがとう」
「こちらこそ」
「泊まるとこ、ホントに大丈夫?」
「うん。
市街地の友達のとこ、泊めてもらうことになってるから」
「気をつけてね」
楸が宿泊している駅前のホテル。
居酒屋からでも、2人で歩いたらあっという間だ。
ホテルの入口が見えてきたとき。
冷たい春風が頬を通り抜けた。
扉の前。
誰かが立っている。
「遅かったわね」
「・・・沙羅?」
彼女が灯りの下へ踏み出すと表情が浮かび上がった。
ミディアムヘアの女性。
シャギーを入れた毛先が揺れている。
「よもぎさん、紹介するよ。
一緒に医学を学んでいる、沙羅だ」
「それだけ?」
「それ以上でも以下でもないだろう」
「つまんない」
「なんでお前がここにいるんだ?」
「だって、春休みはもう終わってるのよ。
医大の講義が始まってもう一週間。
教授だって心配してたわ」
「よく宿泊先がわかったな」
「自分で緊急連絡先とGPS、共有してったじゃない」
「そっか・・」
「それより、その人ほっといていいの?」
「あ・・・」
「大丈夫よ。
私、ここでお暇(いとま)しますから」
「そんなあ、もう少しお話しましょうよ」
「沙羅!」
「はじめまして。
楸と同じ大学で医学を学んでいる、沙羅です。
関係はさっき楸が言った通り・・・かなぁ?」
「あ・・はじめまして。
よもぎと申します。
漢方薬剤師です」
「漢方薬剤師・・・?
は、は〜ん」
「なんだよ」
「違うんです。私、楸さんとは市街地で偶然お会いして・・」
「よもぎさん、別にこいつにそんなこと言わなくてもいいよ」
「え〜、私はききたい〜」
「なんでだよ」
「ホテルにカフェがあったでしょ。
そこいきましょうよ」
「いやだね」
「わかりました・・」
「え・・・」
「私も沙羅さんのお話、もっと聞きたくなっちゃった」
「よもぎさん・・・」
本当のことを言うと、真実が知りたくなっちゃったんだ。
”こいつ”
”おまえ”
そんな風に呼べる距離感って・・・
私の知らない楸がここにいる。
【シーン5:ホテルのカフェ】
◾️SE:カフェの静かな雑踏
「お前、まさか、今夜泊まるつもりか?」
「ったりまえじゃない。
臨時列車の終電もとっくに出ちゃったし」
「じゃあ、どうすんだよ?」
「とったわ、ここ」
「ここって・・・え?」
「このホテルに決まってるでしょ。
朝電話できいたときは満室って言われたけど、
フロントまできたら、ちょうどキャンセルが出ましたって」
「満室って言われたのになんでくるんだ。
泊まるとこ、どこにもなかったらどうするつもりだったんだよ」
「さあ?」
なんか、私の入る隙間なんてないな・・
そう思って帰ろうとしたら・・
「よもぎさん、待って」
え・・・?
私の名前を・・
「ああ。
さっき楸がそう呼んでたから」
「はい」
「誤解のないように言っておくね。
私と楸って、別にそういう関係じゃないのよ。
友達以上恋人未満、って感じかな」
「そう・・・
素敵ですね」
「ぜ〜んぜん。
それに私、すっごく田舎者で、いつも楸にばかにされてるんです」
「え・・?
全然そんな風に見えないけど」
「実家は、鹿児島の、離島なんです」
「離島・・・」
「無医村、じゃなくて、無医島(むいとう)。
鹿児島では26ある島のうち、15の島が無医島。
その中のひとつが私の島」
「そうなんだ・・・」
「普段はオンライン診療なんだけど、
島の年寄りはいつも漢方で養生してるのよ」
「え・・・」
「だから私も漢方の知識、人並み程度にはあるわ」
「漢方の知識?
そんな話、初めてきいたぞ」
「だって楸は、漢方アレルギーだったじゃない」
「だった・・・?」
「でしょ」
かなわないな。
私、楸のこと・・・
お母様のこと聞いて、わかったつもりでいたけど、
実はなんにもわかってなかったかも・・・
私は、理由をつけて、この場を離れた。
というより、いたたまれなくなったから。
翌朝、早くに市街地を出て、朝日へ。
楸から何度も連絡をもらったけど、返信はしなかった。
これでいいんだ。これで。
いつもの日常がまた帰ってきた。
漢方薬剤師として、毎日患者さんに接していく。
そんなある日、カフェ「よもぎ」に手紙が届いた。
送り主は・・・・・沙羅さん!
リサーチ能力高すぎる。
できる人はホントになんでもできるのね。
すごく躊躇しながら、封を切る。
『よもぎさん、先日は失礼しました。
おかげさまで、楸も無事キャンパスへ戻り、
お互い真面目に医学と向き合っています。
卒業まであと2年。
楸は相変わらずあなたのことばかり、話しています。
私は無医島の『最初の医師』になるために、
救急救命をベースにした実習の毎日。
よもぎさんにだけは本当のことを言うけど(楸は鈍感だから)(※カッコ、と読む)
実は私、楸と一緒になって、二人で島に戻りたいと思っていました。
でも今は、楸の気持ちに委ねようと思います
楸がもしよもぎさんを選んで結婚することになったら、
私も必ず式に呼ぶこと。約束してください。誰よりも祝福したいから。
楸から八百比丘尼の話、聞きました。
諸国を回って白椿を植えて病人を癒していったって。
ゆっくり咲き続ける白椿は不老不死、『永遠』の癒しなんですね。
私の名前、沙羅は平家物語にも登場するナツツバキ。
沙羅双樹の花の色。諸行無常の響きあり。
ある日突然ポトリと落ちる沙羅の花は、『無常』なんです。
私、初めて、漢方薬剤師さんに会えて、嬉しかったんですよ。
2年後に楸がきちんと選択をするまで、
たとえ会えなくても友達でいてください。
お元気で。また手紙書きます。
ご迷惑でなければお返事待ってます。 沙羅』
やっぱり、かなわないなあ。
でも、それでも、私、楸さんのことが好き。
結果はどうなっても、待つことにしよう。
だってもうひとり、友だちができたんだから。


