#25「梅花藻/前編(久々野編)」

「梅花藻(バイカモ)/前編―久々野編―」。
舞台は1934年10月25日。
高山本線が開業した日の出来事。政府の非公認諜報機関「陽炎」を抜け出した女スパイ・梅花藻(CV:小椋美織)が、謎めいた少年りんご(CV:坂田月菜)と出会います。
母の骨壷に隠された秘密、軍閥の影、そして迫る追っ手――。
久々野のリンゴ畑を背景に繰り広げられる、スリルと絆の物語。
果たして二人は、一之宮へ辿り着けるのか……? 後編へ続く緊迫の前編です。

【ペルソナ】

・梅花藻(25歳/CV:小椋美織)=コードネーム梅花藻(ばいかも)。政府の諜報機関「陽炎」所属

・少年りんご(12歳/CV:坂田月菜)=岐阜から高山線に乗り込んできた尋常小学校の低学年

・春樹(ハルキ=62歳/CV:日比野正裕)=蛇の同級生。詩人であり小説家。父は水無神社宮司

・蛇(オロチ=62歳/CV:日比野正裕)=諜報機関「陽炎」を作った人物。逃げた梅花藻を追う

【プロット】

【資料:バイカモ/一之宮町まちづくり協議会】

https://miyamachikyo.jp/monogatari/pg325.html

・時代設定=高山本線が開業した1934年(10/25全線開業)

・陸軍省が国防強化を主張するパンフレットを配布し軍事色が強まる

・国際的には満州国が帝国となり溥儀が皇帝に即位

・ドイツとポーランドの間で不可侵条約が結ばれた

※一部が梅花藻のモノローグ、二部はりんごのモノローグ

<プロローグ/東京・蒲田の陽炎の諜報施設>

◾️SE/走る足音・銃声・虫の声

はぁ、はぁ、はぁ・・・

あと少しで蒲田駅。

そこまで行けば、あとは・・・

海軍の施設や工場が集積する蒲田。

看板もなにもない木造の施設が廃墟のようにたたずむ。

それが、私を育てた組織「陽炎」の本部。

育てた?

いや、正しく言えば、私をつくった組織。

創業者のオロチに言わせると私は、

工作員として史上最高の傑作らしい。

コードネームは、梅花藻。

ついさっきまで「陽炎」のトップエージェント、女スパイだった。

そう。「陽炎」が解体されると知るまでは。

1934年。

ドイツとポーランドの間で不可侵条約が結ばれた。一方・・

満洲国という傀儡国家を作り、アジアでの地位を築こうとする日本。

非公認の諜報機関について都合が悪い状況が増えてきた。

結論は、歴史の闇に葬り去る。

存在そのものを抹消する、ということらしい。

いち早く情報を入手した私は、上官を撃って施設から脱走した。

ためらいなどない。

そう教えられてきたのだから。

◾️SE/銃声一発/工場のサイレン/遠くに響く汽笛

よし、これで追っ手はすべて消えた。

蒲田まで行けば、国鉄で品川、東京へ。

そのあとは・・・?

「さすがだな、梅花藻。

だが、この蛇から逃げられると思うなよ」

◾️SE/東京駅の雑踏

東京駅にとまっていたのは2つの特急列車。

南回りの「櫻」と北回りの「富士」。

同じ時刻に東京駅を発車して「下関」に向かう寝台特急である。

私は中央西線経由の「富士」に乗ったように偽装。

サングラスをはめ、変装して東海道線の「櫻」に乗り込んだ。

空いていたのは一等寝台。

まあ、そのくらいの蓄えはある。

ああ、疲れた。

横になりたい。

だが決して油断はせず。
古びたトランクを右手側に置いて

体をコンパートメントのベッドへ預けた。

<シーン1/岐阜駅>

◾️SE/蒸気機関車の汽笛/岐阜駅の環境音/機関車転車台の音/ハイヒールの音

転車台の上を機関車が回転する。

東海道線の要衝、国鉄岐阜駅。

私は東京発下関行きの特急「櫻」を途中下車した。

まだ暗い早朝だからほとんど人はいないだろう。

と思ったら大間違い。
ガス燈の薄灯りに照らされた構内はかなりの人出。

そうか。

今日、高山本線が開通したんだ。

いや。この混雑。私にとっては都合がいい。

駅構内を入念にチェック。
一人でホームに立つ女性など、目立って仕方がないからな。

ふむ。高山で乗り換えて富山まで。

なるほど・・・

感じるものがあって、私は高山行きの列車に乗り込んだ。

<シーン2/高山線車内/少年との出会い>

◾️SE/蒸気機関車の汽笛/狭軌蒸気機関車車内の音(No.532452)

ゆったりした二等客車の先頭。

私は進行方向とは逆の座席に腰掛けた。

スパイの習慣。

後方の三等客車から二等車両へ入ってくるものはほとんどいない。
逆に前方の二等車両から入ってくるものはすべて視界に納められる。
敵が現れても瞬時に対応できる体勢。

流れ去る景色をじっくり見られるのも大きい。

自分のいまいる場所を正確に把握できる。

膝の上にトランクを置き、視線は窓の外へ。
汽車がガタンと揺れ、ゆっくりと動き出す。
車輪の軋む音と、乗客たちのざわめき。
遠ざかる岐阜の灯(あかり)を、私は無表情に見送った。

天井からは裸電球がぼんやりと光を放ち、

乗客たちの顔を陰影深く浮かび上がらせている。

隣に座った見知らぬ男が新聞を広げる音。

向かいの席で小さな子供が母親に甘える声。

意識は常に、緊張感を保っている。

とその時・・・

◾️SE/通路の扉が開く音

岐阜を出てまもなく。

揺れる通路を、前の車両から来た三人が歩いてくる。

中央には、まだ幼い少年。

手には四角い風呂敷包み。あれってまさか・・


少年の前後を、がっしりとした体格の男二人が挟んでいる。

殺気に溢れた表情。

一般人ではないな。

少年はうつむき加減で、顔はほとんど見えない。

ただ、歩き方が不自然なことに、私の瞳が反応した。

ああ、わかった。

後ろの男が上着のポケットの中から、少年に刃物を押し当てている。

2人の男は、周囲の乗客に気づかれぬよう、何か囁き合う。

冷たい威圧感。

少年は、顔を上げると、すぐに男たちに抑え込まれた。

私は、俯き加減に窓の外を眺める。

3人が、私の横を通り過ぎようとした、その刹那。

少年は、さりげなく、片手をひらりと振る。

その手のひらに、一瞬だけ、奇妙な動きが見えた。

親指と小指を立て、他の指を折り曲げる。

「助けて」

手話だった。
理解できるものだけにわかる国際的なSOSのサイン。

同時に、少年の震える瞳が、私の眼差しと交錯した。

私は、膝の上のトランクがずり落ちそうになったフリをする。

身をかがめながら少年にウィンクした。

◾️SE/通路の扉が開く音

少年と男たちは客車と客車を繋ぐデッキへと向かう。

デッキは、乗客のいない薄暗い空間。

私は音を立てずに彼らの背後に回り込む。
目の前には無防備な背中。

男が気づくよりも早く、細いワイヤーを首に巻き付け、一気に締め上げる。

声も出せまい。

もう一人の男が振り返った瞬間、脇腹に蹴りを入れる。
すかさず、見開いた目にポケットの砂を投げつけた。

視界を奪われてもがく男。

「目をつむってなさい」

顔をあげようとする少年を言葉で制した。

その間に一人目の男を連結部へ引っ張り出す。
もがく男の力を利用して、汽車の外へ。

男は鉄橋から飛騨川へ落ちていった。

目潰しをした男も連結部へひっぱり

汽車が鉄橋を越える前に飛騨川へ放り出す。

もうこれで、追ってはこれまい。

デッキに戻った私は少年に声をかける。

「もういいわよ」

「あ・・」

「客車に戻りましょう」

<シーン3/高山線車内/2人の会話>

◾️SE/蒸気機関車の汽笛/狭軌蒸気機関車車内の音(No.532452)

「ありがとうございました・・」

私の横の席に少年を座らせて、話をした。

「どうなることかと・・」

「話してくれる?」

「はい・・」

「きみはだれ?」

「名前は、りんごです」

「あいつらは何者?」

「わかりません。葬式の最中にいきなりやってきて・・」

「葬式?」

「はい。母の・・」

「そう・・・。残念ね」

「葬式の最中に大勢でやってきて父を連れていってしまったんです・・」

「お父さんを?どうして?」

「わかりません。ただ、父は軍閥でした。

なにか、争いに巻き込まれたのかも」

「軍閥・・・

いろいろ裏がありそうね」

「連れていかれそうになったとき、父は

『かあさんの骨を久々野へ』と言い残したんです・・」

「そうか・・・」

「ボクは母さんの骨壷を持って逃げました。

一晩中逃げまわり、どこをどう歩いたか覚えていません。

明け方岐阜駅まで逃げてきて、構内を歩いてたらいきなり捕まって」

「どうして高山線に乗ったの?」

「富山のどこかへ連れていくと言ってました・・」

「そう・・」

五箇山の軍事施設ね。確か陽炎の支部もあったはず・・・

「お姉さんは?」

「え」

「お姉さんはだれなんですか?

あんなことできるなんて、普通じゃない」

「まあ、そう・・だな」

「名前はなんて言うんですか?」

「梅花藻」

「梅花藻?」

「梅の花の藻、藻は海藻の藻。

宮村にある水無神社は知ってる?その近くの川に咲いてるのよ」

「え?川ですか?」

「そ。水温が一定の、清んだ水の中にだけ咲く白い花よ」

「お姉さん、人間じゃないの?」

「人間に決まってるじゃない。

梅花藻は、名前」

「そうかあ。

あっという間に悪者をやっつけちゃったから、

妖怪かなんかかと思った」

「まあ、失礼ね」

「ごめんなさい」

「いいわ。許してあげる。

その代わり、と言っちゃなんだけど・・・

ちょっとお母さんのお骨(こつ)、見せてくれる?」

「え・・」

少年はためらいながらも、風呂敷包みを私に手渡す。

私は丁寧に風呂敷を開け、

「ごめん。開けるわよ」

「あ・・」

「やっぱり・・」

「なに・・?」

「地図よ。お骨の底の方に」

「え・・」

「お父さん、なにか大事なものを隠してたのね」

「そんな・・」

「軍の関係者が血眼になって探すようなもの」

「父さん・・ひどいよ・・・

かあさんのお骨の中にこんなもの・・・」

骨壷を奪って投げようとする手をつかみ、

「お父さん、君しか頼る人がいなかったんじゃない」

「ええ・・?」

「いい考えがあるわ」

「なに?」

「一緒に久々野へ行きましょう」

「おじいちゃんち?」

「そう。でも、久々野では降りない」

「え?」

「富山へ君を連れていく、ってことはきっともう電話で連絡がいってるはず。

私がやつらなら、久々野駅で待ち伏せるわ」

「ああ・・そうか・・」

「ひとつ手前の駅。渚(なぎさ)で降りましょう」

蒸気機関車は、深い山の中へと進んでいく。

窓の外に時折過ぎ去るのは、いくつもの集落。

二人を乗せた汽車は、久々野へ向けて、静かに走り続けた。

<シーン3/りんごの祖父の家(久々野)>

◾️SE/小鳥のさえずり

「あの丘越えたらおじいちゃんちだ・・・

もう見えてくるはず」

「大丈夫?渚駅から歩きっぱなしでもうお昼よ。

お腹減ってない?」

「そっか・・忘れてた。朝からなにも食べてないや」

「ちょっと待って」

私はトランクから乾パンと干し芋を取り出す。りんごに渡すと・・

「ありがとう」

「こんなものしかなくてごめんね」

「ううん。

お姉さん、ボクと一緒についてきてくれて・・・それだけでも嬉しい」

「さっきの話を聞いて、一人では行かせられないでしょ。

さあ、そんなことより、食べなさい。

おじいちゃんちに着いて、お骨を納めたら、私はすぐに行くからね」

「え?そんな・・・どこへ・・?」

「飛騨一之宮よ」

「水無神社?」

「うん・・まあね」

「お姉さんにリンゴ食べてほしかったなあ。

おじいちゃんち、リンゴ畑なんだ。

久々野のリンゴは、甘くてシャキシャキして最高だよ。

だからボクの名前もりんご、って言うんだ。

きっとおじいちゃん、いっぱい食べろって言うはず」

「じゃあ、ひとつ、非常食にいただこうかしら」

「でも梅花藻さん、母さんの骨壷、おじいちゃんに渡しちゃって大丈夫なの?
さっきの地図は?」

「問題ない。本物はここにあるから」

「え!?

すごい・・いつの間に・・・」

「さ、食べたら行くわよ」

「うん・・・。いただきます」

◾️SE/昼に鳴く虫の声

りんごの祖父の家の周りには、身を隠せるところはない。

手前の木陰に隠れて、気配を確かめる。

畑の中。リンゴの木の影に1人、2人。

納屋の影に2人。裏口の横に1人。

「ここから先は一人で行くのよ」

「え?でも・・」

「大丈夫。心配ない。

私が見ててあげるから安心して」

「おねえさん・・」

「じゃあ、元気でね」

「梅花藻さん・・」

「さあ、いきなさい」

「ありがとう・・」

消え入りそうな声でつぶやいて、りんごは祖父の家へ向かって歩き出した。

何度も後ろを振り返りながら、玄関から家の中へ入っていく。

祖父の嬉しそうな声が響いていた。

私は、りんごとは反対側の山道から祖父の家へ近づく。

まずは納屋の裏。

草むらに小石を投げ込む。

男が振り向いた瞬間、腹に蹴りを入れる。

声も出せずに倒れる男。

物音に気づいたもうひとりが駆けつける。

その背中に周り、首を捻る。

そのまま畑の中へ。

1本目のリンゴの木の影。

これも後ろから関節をはずし、声を出す間もなく制圧する。

2本目の木陰にはナイフを持った男。

相手の武器で相手を倒す。
身についた陽炎の闘い方。

最後は裏口の男。

こいつは銃を持っていた。

さっきの男から奪ったナイフを、銃を持つ手に向けて投げる。

落とした銃を拾って、男のこめかみに。

終了。ここまで10分。

片付けをしてから、私はりんごの祖父の家をあとにした。

◾️SE/小鳥の声/かけてくる足音

「おねえさん!」

背後から小さな足音がして振り向くと・・・

「ひどいよ」


息を切らしたりんご少年が、目に涙を浮かべて立っていた。

「ボクも連れてってよ」

「どこへ?」

「どこへでも。梅花藻さんがいくところへ」

「だめよ。足手まといになる」

「ボク、自分のことは自分で守るから」

「無理」

「いやだ!」

「なに言ってるのよ、あなたは・・」

「父さんを助けに行きたいんだ!」

「え」

「じいちゃんに全部話して相談したんだ。

そしたら、父さんは多分富山の軍需施設だろうって」

「あ・・」

「おねえさんのことも話した」

「なんで話すの」

「そしたら、じいちゃんが、行ってこいって」

「うそよ」

「うそじゃない。証拠もあるから」

「証拠?」

「はい」

そう言ってりんご少年が私に手渡したのは、真っ赤な飛騨リンゴ。

「命の恩人に食べてもらえって」

「な・・」

「袋の中にいっぱいあるから」

「もう・・」

「断られたって勝手についてくからね!」

「はあ〜っ。・・・しょうがない子」

「お願いします!」

「約束できる?」

「約束?」

「絶対に危ないことしない」

「は、はい・・」

「何があっても私から離れない」

「はい!!」

「ここから一之宮までは山越えだからね!」

「わかりました!」

りんごは笑顔で私についてくる。

夕陽が2人の影を長く引き伸ばした。

西の空は、さらに深く色を変えていく。

帳が降りる前に急がないと。

私たちの歩く道は、未来へと続いているだろうか。

※後編(一之宮編/りんごのモノローグ)へ続く

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