もし、あの日——
古い町並で“あの音”を聞かなかったら・・・
飛騨高山の伝統工芸「一位一刀彫」をテーマに描く青春ボイスドラマ。
恋と伝統と、継承の物語・・
【ペルソナ】※Yew(ユウ)は一位の木の英語名/marja(マリヤ)は一位の木のフィンランド語名
・ユウ(17歳)/山﨑るい=高根町で生まれた少年/市街地の叔父の家に居候して高校へ通う。市街地の工房で出会ったアッシュに一目惚れして軽い気持ちで一位一刀彫に興味を持つ
・アッシュ/本名はアストリッド(18歳)/山﨑るい=フランス人の留学生。ワーキンングホリデーで出会った一位一刀彫に魅せられて本気で修行したいと思い文化活動ビザ取得を目指す
・マリヤ(17歳)/岩波あこ=ユウの遊び仲間/ユウに好意を寄せるが告白していない
・親方(68歳)/日比野正裕=一位一刀彫の職人。飛騨の匠
・先生(40歳)/日比野正裕=優しいめがねをはめた先生
[シーン1:古い町並】
◾️SE:古い町並の雑踏
「Je suis désolée.」
※アッシュの声(CV:リア)=https://hidaten.com/wp-content/uploads/2026/05/Aicha-Lea.mp3
「え?」「何語?」
「フランス語でしょ」
古い町並に面した一位一刀彫の工房。
通りから見えるところで、女の子がノミをふるってる。
思わず声をかけたら、振り返ったのはなんと・・・金髪の女性だった。
「ちょっともう〜。行くよ、ユウ!」
横で怖〜い顔してボクを睨んでいるのは、同級生のマリヤ。
怒ると怖いんだよなあ。
そのやりとりを見ていた、ブロンド女子が笑ってる。
ボクの名前はユウ。
生まれた家は高根町。
市街地の叔父さんちから高校へ通う一年生。
入学したのは今年の4月。部活は帰宅部。
放課後はいつも寄り道して、古い町並で遊んでる。
で、ボクと同じように古い町並をぶらぶらしてたのがマリヤ。
話しかけたら、同じ高校の同じ一年生だったんだ。
どこに住んでるの、って聞いたら・・
「荘川よ」
「へえ〜」
「放課後どんなに急いでも
1時間以上バスを待たなきゃいけないの。
だからいつもブラブラしてる。
あんたは?」
「ボクは帰宅部。
実家は高根だけど、市街地のおじさんちに居候」
「荘川と高根じゃ、真逆ね。
はは・・」
という感じで、意気投合。
以来ほとんど毎日、2人で古い町並を徘徊。
今日も今日とて歩いてたら、聞きなれない音が聞こえてきた。
耳をすましたら、なんとノミの音。
あとから聞いたら一位一刀彫っていうらしい。
工房が公開されてて、実演をしてた。
職人さんは若い女の子っぽい。
藍染めの作務衣に、頭に巻いた白い手ぬぐい。
脇目も振らず一心不乱にノミをふるう。
その仕草にボクの目は釘付けになっちゃって・・
それで、つい声をかけちゃったんだ。
まさか金髪女子とは・・・
少し気恥ずかしくて、足早に立ち去るボクとマリヤ。
「行くよ、ユウ」
背中越しに、フランス語が聞こえてきた。
「Salut!」
※アッシュの声(CV:リア)=https://hidaten.com/wp-content/uploads/2026/05/Lea.mp3
なんか、周りの観光客にも笑われてるような気がして。
高山駅までの間、マリヤはずうっとボクを睨んでいた。
[シーン2:古い町並の公開工房】
◾️SE:古い町並の雑踏
「ハーイ!ユウ!
マリヤも!」
笑顔でアッシュがボクたちを出迎える。
奥の親方は相変わらず怖い顔。
アッシュというのは、ブロンドの女の子。
マリヤが言ったように、フランス人だった。
翌日。
結局ボクたちは・・
っていうかボクは、アッシュに魅せられて
また、工房へ行ったんだ。
マリヤはあきれてたけど、ついてきた。
アッシュは、一位一刀彫の工房で働く、見習い職人。
見習い、とはいっても、この夏でもう一年になるらしい。
で、どちらからともなく、話をするようになって・・・
あ、もちろん、日本語でね。
彼女、アッシュは、英語、フランス語、日本語がペラペラなんだ。
(※以下、流暢な日本語で)
「私、去年の夏に、高山へ来た。
ワーキングホリデーね。
最初は外国人観光客向けのゲストハウスで働いてたの。
お休みの日に、この工房で実演を見てすごくショック受けた」
「なんで?」
「フランスにも木彫りってあるんじゃないの?」
「あるよ。
でも全然違う。
フランスの木彫りはまず先に粘土で模型を作る。
それから彫刻刀とヤスリで磨き上げていくの」
「ふうん」
「でも、一位一刀彫はすごい。
ヤスリを一切使わずに、鋭いノミのタッチだけで完成させるんだもの」
「そうなんだー」
「一度削ったら修正がきかない一発勝負の緊迫感。
ノミだけで動物の毛並みや躍動感を表現してしまう職人の技。
信じられない」
「へえ〜」
「それで親方に頼み込んだの。弟子にしてほしいって」
「よくあの親方が弟子にしてくれたなあ」
「毎日押しかけたもの」
「すごっ」
「箸置きとか根付けなら、もうけっこう自信あるんだ」
「すごいね、アッシュ」
「あの・・・実は・・ボクも弟子入りしたいんだ」
「えっ?」
「今日にでも、親方に言うつもりだった」
「そお〜いいんじゃない。
でもハードル高いよ〜」
突然の言葉に一番驚いたのはマリヤだった。
「本気なの?ユウ」
マリヤの瞳が一瞬、悲しみをたたえたような気がした。
[シーン3:学校のチャイム】
◾️SE:教室の雑踏
「マリヤ〜、行こうぜ」
「ごめん、ユウ。
今日からはひとりで行って」
「え?なんで?」
「この前の休み、お父さんが自転車を高山駅まで運んでくれたんだ。
駅の駐輪場も定期で借りてくれたの。
自転車なら荘川行きのバスに間に合うもん。
だからもう、工房へはいかない」
「そ、そっか・・・」
(※ここは、わざとらしく話をかえる)
「ねえ、それより聞いて。
すごいのよ、高山駅の駐輪場って。
高校生は定期利用で毎月最大500円まで補助されるんだって」
「その言い方、宣伝みたいだな。まわしものか」
「ごめんね、ユウ・・」
「え・・」
「がんばって・・・」
マリヤは寂しく笑って、教室から出ていった。
教室にはボクひとりがとり残された。
[シーン4:アッシュの帰国】
◾️SE:工房の雑踏
それからボクは、ひとりで工房へ通った。
当然素人にノミなんてさわらせてもらえない。
だからアッシュと親方の作業をずうっと見ている。
圧倒的な熱量でイチイに向き合う二人。
小気味いいノミの音が工房に響く。
木屑がふわりと舞うたび、落ち着いたイチイの香りが鼻腔をくすぐる。
ノミをふったあとは、二人の静かな呼吸音。
普段のアッシュからは想像できないような真剣な表情。
髪をラフにまとめて、ツナギの袖まくり。
額に汗を浮かべながら木を削る。
学校にいるどの女子よりも、
いや、ボクが今まで見てきたどんなものより輝いている。
一位一刀彫という伝統工芸に人生を賭けているんだ。
アッシュの作業をじっと見ていた親方がノミを持つ。
その直後。
響き渡る槌音。
匠の一振りが、ただの四角い木の塊から、命を削り出す。
生まれたのは、福を呼び込む「ふくら雀(すずめ)」。
あっという間にできちゃうんだ・・
アッシュが削り出したのは、香合(こうごう)という茶道具。
すごいな。外国人なのに、風流をちゃんと理解してる。
いや、それよりなにより、なんといってもすごいのは、イチイの木か。
『日本で最も気高い木』というのはヤバすぎてエモい。
「なに〜?ユウ、無口になっちゃって」
沈黙を破ったのは、アッシュだった。
いまだ。
「あ、あの・・・親方・・・
ボクを弟子にしてください!お願いします!」
切り出すタイミングがチョームズい。
親方は何も言わずに、次の作品にとりかかる。
おけおけ。
一発でオッケーもらえるなんて思ってないし。
次の日からもずっと、ボクは通い続けた。
初めて親方の口が開いたのは10日目。
「イチイの木っていうのは赤と白なんだ」
「外側の白太(しらた)と、中心の赤太(あかた)に分かれてるだろう」
「匠はな、この2色の境界線を計算して彫るんだ」
「そうすると、色を塗ってねえのに、キレイな紅白の作品になる」
こうして、ポツポツと話してくれるようになった。
そんなある日。
「ねえ、ユウが初めてここに来てからもうひと月ねえ」
アッシュがボクを工房の裏へ呼び出して言った。
「私は、来月で、日本に来てから一年になるんだ」
「へえ〜。
一年でこんなにうまくなれるんだ。
やっぱセンスかな・・」
「喜んでる場合じゃないのよ」
「え?」
「ワーキングビザは一年で切れちゃうから、
もうすぐフランスに帰らないといけない」
「え〜っ!?」
「文化活動ビザに切り替えができれば日本にいられるんだけど」
「切り替えればいいじゃん、その文化なんとかビザに」
「そんな簡単じゃないの」
「そうなの?」
「親方に『受け入れ証明書』や『修行カリキュラム』を書いてもらわなきゃいけないし」
「へえ〜」
「組合からも推薦状をもらわなきゃいけない」
「そうなんだ・・」
「修行中は無給だから、両親からの仕送り証明も入管に提出しなくちゃ」
「そんなに大変なんだ」
「だから、ちゃんとお別れ言っておかないと」
「え・・・
そんな・・・
そんな・・・」
「いままでありがとう」
「待ってよ!じゃあ、ボク、なんのために弟子になるんだよ!」
「なにバカなこと、言ってるの。
がんばって、早く弟子入りして、素敵な一刀彫を作ってね」
翌日。
工房を訪ねると、アッシュはもういなかった。
それでもボクは、
「親方、ボクを弟子にしてください!お願いします!」
涙をこらえて言い続ける。
すると、
「わかった。
学校からちゃんと許可をもらってこい。
そうしたら、弟子入りを認めてやる」
まるで、アッシュと引き換えのように、その言葉をボクは手にした。
本当なら飛び上がって喜ばなきゃいけないのに・・・
「あとはな、自分が何を彫りたいのか。
それもいっぺん考えてみろ」
何が彫りたい?
いまはもう・・・なんにも作りたくなんてない・・・
その夜ボクは、肩を落として帰路についた。
[シーン5:真実】
◾️SE:教室のチャイム
「先生、ボク一位一刀彫の職人になりたくて・・
あの・・放課後の活動の許可を・・もらえますか・・」
「ああ、わかってる。これだろ?ほい。
保護者のサインもしてあるぞ」
「え?なんで・・・どうして先生が・・」
「マリヤだよ」
「え・・」
「おまえ、毎日一位一刀彫の工房へ行ってるんだって」
「あ・・・はい・・・」
「マリヤがな、
おまえが伝統工芸の継承のためにがんばってるから、
許可証を用意してくれって、オレに直談判してきたんだ」
「うそ・・・」
「マリヤに感謝しろよ」
マリヤ・・・なんで・・・?
課外活動(地域伝統工芸見学・実習)従事許可証・・・
叔父さんのサインまでしてある。
いつの間にマリヤ・・・
マリヤ!
「おい、どこ行くんだ」
「荘川です!」
マリヤ!マリヤ!
やっと、わかったよ!
なにをしなきゃいけないのか。
親方、聞いてくれ!
ボクが彫りたいのは、マリヤだ!
一位一刀彫でマリヤを彫りたい!
ボクは走りながら、LINEに音声入力する。
マリヤ!ひどいよ!
黙ってこんなことするなんて!
いまからそっちへ行くから覚悟しろよ!
お前に言いたいことが山ほどあるんだ!
そこ動くなよ!
もう絶対に離さないからな! 今すぐ顔見せろ!
息を切らして全力疾走。
高山駅の駐輪場についたとき、夕陽はもう沈みかけていた。
自転車の前に立つシルエット。
オレンジ色に照らされたマリヤがLINEを読んでいた。
ボクに気づいて顔をあげる。
「マリヤ、なんで言わないんだよ。
いや、言いたいのは、そんなことじゃない・・
マリヤ、聞けよ!
これからもう絶対におまえを離さないからな!」
「ばか・・・」
逆光で見えないはずなのに、
背中を向けたマリヤの肩は、小さく震えている。
夕陽が高山駅をオレンジ色に包み込んでいた。


