#28「トライアングル・ラプソディ/前編」

秋の高山祭──荘川そば農家の娘・さくらは、恋人ショウと再会するはずだった。
しかし祭の雑踏の中で転倒し、気がつくと見知らぬカフェの記憶と、自分ではない声…。
いっぽう同じころ、朝日町の薬膳カフェでは“苦いお茶”をきっかけに騒ぎが起こる。
ふたりの意識が入れ替わった瞬間から、物語は静かに、そして切なく動き出す。

──すれ違いの恋、入れ替わる心。
ヒダテン!ボイスドラマ第28話『トライアングル・ラプソディ/前編』は、
高山祭の喧騒を背景に描く“さくらの視点”のラブストーリーです。

【ペルソナ】

・さくら(24歳)=荘川そばの栽培農家。収穫が終わった休みの日に八幡祭へ(CV=岩波あこ)
・よもぎ(29歳)=朝日町の漢方薬剤師。東京の友達と約束して八幡祭へ(CV=蓬坂えりか)
・ショウ(35歳)=さくらのパートナー。八幡祭で待ち合わせした(CV=日比野正裕)
・観光客(22歳)=二日酔いで薬膳カフェ「よもぎ」へきた旅行客(CV=小椋美織)

【参照:【永久保存版】秋の高山祭をもっと知る 歴史と見どころ(飛騨高山旅ガイド)】

https://www.hidatakayama.or.jp/hidatakayama/maturi_autumn

<シーン1A:古い町並>

◾️高山祭の雑踏(お囃子)

「すごい人出・・高山祭なんだから、あたりまえだけど」

古い町並を上(かみ)から下(しも)へ。

屋台の曳き揃えを目指して、人の波は桜山八幡宮へ流れる。

私はさくら。

実家は荘川町でそばの栽培農家をやっている。

9月後半からは収穫の最盛期。

でも昨日までにすべて終え、今朝、路線バスに乗った。

趣味の一眼レフをかかえて。

秋の高山祭。八幡祭(はちまんまつり)。

パートナーのショウと桜山八幡宮で待ち合わせしている。

彼は市街地で働いてるから、今日もお昼まで仕事だって。

ついさっき少し遅れるって連絡があった。

だから私はひとりでゆっくりと、古い町並を歩く。

中橋(なかばし)から上三之町(かみさんのまち)へ。

古い町並を順番に撮影していく。

なじみの酒蔵があるあたりで、人力車とすれ違った。

いい被写体。

杉玉が吊るされた軒先越しに町並を写す。

そのまま人の流れにのって安川通り(やすがわどおり)方面へ。

人波にもまれながらファインダーを覗いていたとき・・・

「あっ!」

古い町並の左端を歩いていた私は、

足を踏み外して側溝で転んでしまった。

一眼レフを庇うあまり、焼板の壁で強く頭をうち・・・

朦朧とする意識・・・

ああ、祭囃子の音がフェードアウトしていく・・・

<シーン2A:薬膳カフェ「よもぎ」/さくらの体=よもぎの意識>

◾️カフェの雑踏

「ちょっと・・大丈夫ですか?」

「え?」

「急に倒れちゃったみたいですけど・・・」

「あ・・・あ・・・あれ?」

ここ、どこ?

私、古い町並を歩いてたんじゃ・・・

ここって・・・カフェ?

どうして?

「顔色悪いよ・・・」

「あ、あの・・・ここって、どこですか?」

「え〜!どうしちゃったんですか、一体?」

「高山じゃないの?」

「高山でしょ。朝日町のカフェ『よもぎ』・・・

って、あなたのお店じゃないの?」

「朝日町・・・?よもぎ・・・?」

どういうこと?

どうして?

どうして朝日町にいるの?

頭を抱える私に、テーブルに座った女性は、

「救急車、呼びましょうか・・・?」

「救急車・・・?

い、いえ・・・大丈夫です。

あの・・・私、ここの店員なんですか?」

「ちょっと・・・本当に大丈夫?」

「あ・・・はい・・・何か飲まれますか?」

「え・・・だから・・あの・・・

このナントカ茶っての、苦くって飲めないから・・」

「お茶・・・?

ちょっと失礼・・・わ、にがっ」

「でしょ。だからお砂糖を」

「わかりました・・・ちょっと待って」

厨房へ行ってお砂糖を探す。

ってか、このカフェ、ほかに誰もいないの?

砂糖・・砂糖・・・見当たらない。

カフェなのに白砂糖置いてないのかな。

ん?これは?

ラベルに書いてある。

『ナツメのシロップ』『はちみつ』『羅漢果(らかんか)エキス』?

これでいっか。

「ごめんなさい。白砂糖はないみたいだけど、こんなシロップでいい?」

「あ・・・ありがとう・・」

シロップの容器をお客さんのテーブルに置く。

そのとき目に映ったのは私の指。

あれ?ネイルがついてない?

取れちゃったの?

桜の花びらの模様。気にいってたのに。

そんなことを思いながら厨房へ戻ったとき。

入口の鏡を見て驚いた。

「え!?誰、これ!?」

鏡に映っていたのは・・・

よもぎ色のエプロンをした美しい女性。

左目の下のホクロ。

グリーンのカラコンが輝いてる。

眉間に皺を寄せ、呆然とした表情。

そうか、私のことか。

「やっぱ救急車、呼んだ方がよくないですか・・・?」

「ホ、ホントに、だ、だ、大丈夫だから」

「わかりました。

あの、私もう、帰ります。

ごちそうさまでした!」

まるで、おかしな人を見るような表情で

お客さんはそそくさと帰っていった。

そりゃそうだ。

私だって、この状況、まったく理解できないし。

誰もいなくなった店内で、もう一度鏡をじっくりと見る。

薄いベージュのコットンブラウス。

濃いグリーンのワイドパンツ。

髪はまとめて、つまみ細工のヘアクリップに水引のポニーフック。

指にネイルはしてないけど、キレイに手入れしてある。

誰なの、一体?

カウンターの中を手当たり次第探してみる。

あ、カウンターの下にバッグ。

いいよね、見ても。非常事態だし。

小袋がいっぱい。中身は・・ハーブの葉っぱ?

財布。ポーチ。ハンドクリーム。

それから・・・スマホ!

個人情報だけど・・・

ごめんなさい!

ああ、でも暗証番号わかんないから開けないか・・・

と思ったら、顔認証で開いちゃった。

「設定」を開いて・・・

朝日よもぎ・・・

って名前だよね?

いいわ。じっとしてても始まらない。

とにかく、高山市街地へ。

古い町並へ戻らないと。

朝日町からだと・・・

バスの本数少ないよね、きっと。

早く。バス停まで急がなきゃ。

<シーン3A:高山濃飛バスセンター/よもぎの体=さくらの意識>

◾️高山駅前の雑踏/遠くから祭囃子が聞こえる

やっと、戻ってきた。

朝日支所前から路線バスで約1時間。

早く”私=さくら”を見つけなきゃ。

どこへ行けばいい?

古い町並?

そう。

あのとき私、上三之町から安川通に向かって歩いてたから。

もし、”さくら”が誰かの意識を持っているのなら、桜山八幡宮ね。

<シーン4A:桜山八幡宮/さくらの体=よもぎの意識>

◾️高山祭の雑踏(からくり奉納/布袋台)〜観客の拍手

桜山八幡宮の境内に引き揃えられた11台の屋台。

まばゆいほどの絢爛豪華な佇まいのなかをゆっくりと歩く。

どこ?

どこにいるの?”さくら”

もう一度、参道の反対側へ。

男女の唐子(からこ)が綾に乗る「綾渡り」(あやわたり)。

まるで空中ブランコのように、棒を伝って布袋様に乗り移る離れ業。

よく見ると左手の軍配も旗に変わっている。

こんなにも大胆で、ここまで繊細な動き。

何回見ても圧倒される。

思わず見入ってしまったけど、それより・・・

布袋台の前まで戻ったとき、

見覚えのある髪飾りが目にはいった。

桜色のロングヘアーを彩る桜の髪飾り。

淡い桜色のTシャツにデニムのスリムパンツ。

見つけた。

あれ?

彼女、”さくら”の隣にいるのは・・・ショウ?

そうか、出会えたんだ。

よかっ・・・

え?

彼女、どこを見ているの?

”さくら”が見上げているのは屋台じゃなくて・・・ショウ・・・

そのまま視線を下げていくと・・・

え?うそ?

ショウのジャケットの裾をつまんでる。

ショウは・・・?

”さくら”の行動に気づいた彼は、そっと彼女の肩を抱く。

いや。やめて。

こんなのだめ。

ああ、だめ。

見たくなくても視線がはずせない。

私の視線に気づいたのか・・・ゆっくりと彼女が振り向く。

「あ・・」

あわててショウのジャケットから手を離す”さくら”。

私は、お互いに目が合った瞬間、踵を返して大鳥居の方へ走り出した。

「待って!」

”さくら”は人波をかき分けて追いかけてくる。

「お願い、止まって!」

「あなた、さくらさんでしょ!」

「行かないで〜!」

彼女の声が私を追ってくる。

いやだ。いやだ。いやだ。

私は必死で走った。

走りながら目からは大粒の涙がこぼれる。

宮前橋(みやまえばし)を渡って車道へ。

歩道を抜けた瞬間、”さくら”は私の肩に手をかけた。

「私たち、入れ替わってるんでしょ!?」

え・・

一瞬、足が止まる。

そのとき・・・

◾️急ブレーキの音

走ってきた車が急ブレーキをかけた。

私とよもぎ、さくらと私は足をとられて、大きく転倒。

目の前が真っ暗になっていった。

<シーン5A:病院/再び元の体へ(さくら)>

◾️病院の雑踏〜心電図の音など

「気がついた?」

「あ・・・」

窓の外。

夜空に白いカーテンが、かすかに揺れている。

ほんの少し開いた窓から、ぼんやりと祭囃子の音が聞こえてきた。

「宵祭りだよ」

そうか・・・ここは、病院。

ショウは心配そうに顔を覗き込む。

あっ。

そうだ。体。私の体。どうなったの?

指を広げる。

10本の爪に、ほんのりと桜模様のネイルアート。

「鏡、鏡みせて!」

「どうぞ」

ショウがポーチから手鏡をとりだして私に手渡す。

目をつむって鏡を顔の前へ。

おそるおそる、ゆっくりと目を開けると・・・

緊張した表情で私を見つめていたのは、

桜色のロングヘアー。

桜の髪飾り。そして・・・

私だ!さくら。

「なんだかよくわかんないけど・・どうしていきなり走り出したの?」

はっ。

そうだ。彼女は?えっと・・・よもぎさん。

隣を見ると、反対側を向いてベッドに横たわる女性。

黒髪に、つまみ細工のヘアクリップ。水引のポニーフック。

「彼女は大丈夫?」

「大丈夫。眠ってるみたいだからこのままにしておいてあげよう。

でも彼女ってだれ?友達?」

「いえ・・・だけど・・・どうなんだろ。

なれるのかな・・・お友達に」

「警察からもいろいろきかれて大変だったんだよ。

君が彼女を突き飛ばした、なんて目撃証言まであったから。

そりゃないよねえ」

いや。本当にそうしたかったのは、私かもしれない。

だって、あのときの2人。

まるで仲の良いパートナーにしか見えなかったから。

小さな殺意を抱いたのは私。

彼女、私を呼び止めてなにを言いたかったんだろう。

彼女が目覚めたら、なにを話せばいいの?

「どうしたの・・だまっちゃって」

「ねえ・・・いますぐ退院したい」

「そんな・・だって脳震盪おこしてたんだよ」

「もう治った。お願い」

「わかったよ・・先生に聞いてくる」

怪訝な顔をしながら、彼は病室から出ていった。

扉が閉まる音を聞いてから、私は隣の彼女に声をかける。

「よもぎさん・・・聞こえてる?」

彼女は、私の方へ振り向いた。

「うん。聞こえてる」

「私たち、ホントに入れ替わってたんだよね?」

「うん」

「そうか・・だからあのとき・・・」

「ごめんなさい」

「え?」

「あなたのパートナー・・ショウさんがあまりにも優しいから」

「ああ・・ それって・・・」

「わかってる。あれはあなたに対する気持ち。

紛れもない事実よ。

ただ私、入れ替わりなんて生まれて初めてのことで怖くて怖くて・・

ショウさんが横に居てくれてホントに安心したの」

「そっか・・」

「でもわかってた。全部”さくら”さんに対する愛情。

あなただから、ショウさんはあんな風に優しくできるんだって。

今だからわかる」

「よもぎさん・・」

「おしあわせに」

「あ、ありがとう」

「今度朝日町に遊びにきて。ショウさんと2人で。

薬膳カフェでお茶をごちそうするわ」

「あの苦いお茶?」

「まあ・・・(笑)」

「よもぎさんも荘川へきてください。

いまなら美味しい新そばをごちそうしますから」

「ぜひ!」

そのときショウと医師が入ってきた。

医師は私のバイタルを計る。

結果、笑顔で退院の許可を出してくれた。

いつの間にか窓の外の喧騒が静まっていた。

宵祭り、終わったんだ。

ショウは黙って私の手を握って微笑む。

祭囃子は聞こえなくなっても、この心の温度が冷めることはないだろう。

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