#26「梅花藻/後編(飛騨一之宮編)」

1934年10月25日、高山本線が開業した日の出来事。
久々野から宮峠を越え、二人がたどり着いたのは聖域・飛騨一宮水無神社。
前編で出会った“女スパイ”梅花藻と少年りんごは、臥龍桜/夫婦松/水無神社に散らされた暗号を手がかりに、山上の奥宮へと向かいます。
待ち受けるのは、陽炎を創設した男・蛇(オロチ)。そして、国の命運すら揺るがす「ある秘匿物」の真相。

後編は、りんごのモノローグが中心。
リンゴを分け合うささやかな時間、臥龍桜のしめ縄に潜む数字、そして奥宮での決断。
スパイ・アクションの緊張感と、少年のまっすぐな祈りが同時に走る、ヒダテン!屈指のエピソードです。

🎙Cast
梅花藻:小椋美織/りんご:坂田月菜/島崎春樹・蛇:日比野正裕

📌おすすめの聴きどころ
・「久々野の飛騨リンゴ」を分け合う場面の温度感
・臥龍桜・夫婦松・絵馬殿に仕込まれた“数字”の謎解き
・位山・奥宮での対峙と、梅花藻の“非情と優しさ”の同居

※作品内の地名・史実(高山本線開業年、水無神社、臥龍桜 等)は創作上の演出を含みます。地域資料:一之宮町まちづくり協議会「バイカモ」参照。

【ペルソナ】

・少年りんご(12歳/CV:坂田月菜)=岐阜から高山線に乗り込んできた尋常小学校の低学年

・梅花藻(25歳/CV:小椋美織)=コードネーム梅花藻(ばいかも)。政府の諜報機関「陽炎」所属

・春樹(ハルキ=62歳/CV:日比野正裕)=蛇の同級生。詩人であり小説家。父は水無神社宮司

・蛇(オロチ=62歳/CV:日比野正裕)=諜報機関「陽炎」を作った人物。逃げた梅花藻を追う

【プロット】

【資料:バイカモ/一之宮町まちづくり協議会】

https://miyamachikyo.jp/monogatari/pg325.html

・時代設定=高山本線が開業した1934年(10/25全線開業)

・陸軍省が国防強化を主張するパンフレットを配布し軍事色が強まる

・国際的には満州国が帝国となり溥儀が皇帝に即位

・ドイツとポーランドの間で不可侵条約が結ばれた

※一部が梅花藻のモノローグ、二部はりんごのモノローグ

<プロローグ/宮峠の鞍部にて>

◾️SE/秋の虫の声/森の中を歩く音/近くに流れる沢の細流(せせらぎ)

「はあっ、はあっ、はあっ・・」

「りんごクン、大丈夫?もうヘバっちゃった?」

梅花藻のお姉さんが意地悪そうに笑う。

「宮峠を越えたらもう宮村だから」

そう言ってボクの手を引く。

ボクたちはまだ、出会ってから24時間も経っていない。

この道行(みちゆき)が始まったのは、昨日。

母さんの葬式の真っ最中から。

(葬式の最中、見知らぬ男たちが父さんを連れ去った。

「久々野のおじいちゃんに届けるように」

そう言って父さんがボクに託したのは母さんの遺骨。

ボクは一晩中逃げたんだけど、岐阜駅で知らない男たちに捕まってしまった。

気づけば汽車に乗せられて、高山本線で富山へ。

助けてくれたのは、一人の女の人。

梅花藻という名前のお姉さんが

たった一人で悪者をやっつけちゃったんだ。

お姉さんは、故郷の宮村へ向かう途中だと言った。

久々野と宮村。

目的地が近かったからボクたちは一緒にいくことになった。

でも、どうして悪者はボクを追ってくるのか。

それに気づいたのもお姉さん。

お姉さんは、母さんの遺骨の中から、一枚の地図を見つけた。

それがなんなのかわかんないけど、悪者はそれを探してたんだと思う。

だっておじいちゃんのりんご農園へ帰ったときもやつらがいたんだもん。

お姉さんが知らないうちにやっつけてくれたけど。

用事を終えたお姉さんは、ボクを置いて一人で水無神社へ行こうとしたけれど
ボクはお姉さんを追いかけた。

だってボクは決めたんだ。お姉さんについていこうと)

父さんが悪者に連れ去られたり、ボクも汽車に乗せられたりと

いろいろあったけど。

いまはこうして手をつないで、宮村への山道を歩いてる。

「なに独り言つぶやいてるの?」

お姉さんは、覗き込むようにボクに顔を近づける。

「そろそろ分水嶺だから、少し休もうか」

「うん。久々野の飛騨リンゴ。食べようよ」

「そうね。こっちへ」

リンゴを投げると、お姉さんは片手で受け取る。

そのまま片手でトランクのヒンジを開けて・・

さっと取り出したのは刃渡りのおおきな果物ナイフ。

あっという間にリンゴを八等分にして僕に手渡す。

「いい香り。食べる前から美味しい、ってわかるわ」

「そりゃそうさ。おじいちゃんちの飛騨リンゴは世界一だから」

「ほんとね。間違いない」(※食べながら)

「これからどこへ向かうの?」

「まずは、飛騨一宮水無神社」

「どうして?」

「見て」

お姉さんが見せてくれたのは、父さんが残した地図。

「この3つの印がどこを表すかわかる?」

「わかんない」

「一つ目は、臥龍桜。

飛騨一ノ宮駅の西側にある大きな桜の木よ。

二つ目は、夫婦松(めおとまつ)。

臥龍桜より南。山下城址の近くにある有名な松の木。

そして、3つ目がほら。

飛騨一宮水無神社ね」

「お姉さん、すごい」

「宮峠から北へまっすぐ降りていけば水無神社よ。

りんごを食べたらいきましょう」

「うん。わかった」

「直線だけど結構急な斜面だから、また体力使うわよ」

「大丈夫。

ねえ、梅花藻お姉さん」

「なあに?」

「お姉さんってなんでそんなに飛騨のこと詳しいの?」

「え?」

「だって、久々野から宮村まで、こんな山道知ってるなんて」

「どうしてかな・・・

なんだか・・体が覚えてるみたい」

お姉さんって(ホントは)一体なにものなんだろう?

ものすごく強いし、なんでも知ってて、超人みたいだ。

「思い出せないけど・・なんかそんな気がするの」

「そういえばお姉さんの名前、梅花藻。

水無神社の近くに咲いてる花の名前だって言ってた」

「そうね。今でも咲いてると思うわ」

「ふうん・・・」

「さあ、もう行くわよ。

向こうの沢でお口ゆすいできなさい」

なんか、たまに、お姉さんが母さんのように思えてくる。

昨日お葬式だったのに。ボクって親不孝者だな。

<シーン1/飛騨一宮水無神社>

◾️SE/秋の虫の声

「夜分にすみません。

旅の母子(おやこ)ですが、

一夜の宿をお願いできませんでしょうか?」

水無神社に着くと梅花藻のお姉さんは社務所へ。

こんな夜でも人がいる。

入母屋造り(いりもやづくり)の厳かな建物。

なんでも来年から、社殿を作り直すんだそうだ。

だからみんないるのかな。

宮司さんは最初、

”寺の宿坊(しゅくぼう)じゃないのだからお泊めするのは難しい”

と言ってたけど、

「いいじゃないですか。お隣の宮村薬師堂で」

と言って声をかけてきたのは、還暦くらいのおじさん。

「まだ、年端(としは)も行かないような少年もいるようだし」

お姉さんは、すごく警戒して、

「やっぱり、ほかをあたってみます」

って言う。

「いやご心配なく。まあ、私と相部屋にはなりますが。

ちょっと狭いのさえ我慢していただければ」

「いいえ。子どももいるのでご迷惑をおかけできません」

「こんな時間、このあたりに寝られる場所はありませんよ」

「でも・・」

ボクはお姉さんの袖をひっぱった。

お姉さんはボクを睨んだけど、

「さあさあ、時間も遅いので、私が案内しましょう。

私も東京から戻ったばかりなんです」

「東京」という言葉を聞いて、お姉さんの顔が強張った。

右手を胸に。

確か内ポケットにナイフが入ってるんだよなあ。

ぶっそうな。

おじさんはニコニコしながらボクたちを案内してくれる。

水無神社の宮司さんも笑顔で見送ってくれた。

<シーン1/宮村薬師堂>

◾️SE/秋の虫(鈴虫)の声

「なんだか無理やりだったかな。申し訳ない。

そうそう。自己紹介しておかないとですね」

「いえ。必要ありません」

「私は、島崎直樹と申します。

東京で物書きをやっております」

「直樹・・・」

梅花藻お姉さんの眉間の皺が一瞬緩んだ。

「私の父が昔、水無神社の宮司をしていましてね。

まだ私が幼い頃ですけど。

ここ、薬師堂は、神仏習合の時代には別当寺(べっとうじ)だったんですよ。

そんな歴史もあったので、私も父とよく掃除にきていました」

へえ〜。

だから神社の人と仲良さそうだったんだ。

「お二人はこれからどちらへ?」

「富山です」

あ。しまった。つい本当のことを。

お姉さんの眉間にまた皺が寄る。

「八尾(やつお)に親族がいるので」

ボクが次の言葉を発する前に、お姉さんが口を挟んだ。

直樹というおじさんは、じいっとお姉さんの顔を見る。

「どうかしましたか?」

「いやあ、どうしようかな・・」

「おっしゃってください。遠慮なく」

「あの・・お恥ずかしいのですが、

貴女、私の知っている女性にとてもよく似ていらっしゃる・・」

「まあ。なんだか、常套句っぽい言の葉ですわね」

「まさか、とは思いますが・・貴女、名前はウメ、と言いませんか?」

「え?」

お姉さんの顔が少しだけ赤らんだ。

「20年前・・私ここで一人の少女と出会ったんです」

「はっ・・」

「彼女の名前はウメ。5歳くらいの孤児でした。

暮らしていたのはこの薬師堂。

ウメはよく久々野まで行って、畑からリンゴを盗んできました」

盗んで・・。なんてこと。

「薬師堂でウメと初めて出会ったとき。

小さな腕に抱えたリンゴの中からひとつ、私に差し出しました」

盗んだリンゴなのに。

「私はお返しに、赤かぶ漬けや朴葉味噌のおにぎりをあげました。

ウメは美味しそうに食べてくれたなあ。

それから私が東京へ戻るまで、いろんなとこへ行って、いろんな話をした。

当時私は40代でしたが、自分の幼い頃を思い出しちゃいましてね。

臥龍桜の下で、まだ小さなウメに向かって、自分の初恋の話をしたんです」

「初恋・・」

「はい」

「まだあげ初めし前髪の 林檎のもとに見えしとき」

「前にさしたる花櫛の 花ある君と思ひけり」

え?どういうこと?

わかんないってば。

「やっぱり、ウメさん・・ですよね?」

「いえ・・・私の名は梅花藻・・と言います」

「梅花藻・・・常泉寺川(じょうせんじがわ)の・・」

「水の中に咲く白い花」

「いい名前だ。

でも梅花藻は冷たくて綺麗な水の中にしか咲かない・・」

「はい」

あれ?

お姉さん・・・瞳が潤んでない・・?

「明日早いので、お先に休ませていただきます」

「ああ、これはこれは。長々と失礼いたしました」

「さ、寝るわよ。りんご」

なんか、ついていけない。

結局、なんだったの?  

<シーン2/夫婦松>

◾️SE/朝の小鳥の声/草むらを歩く足音

「あった」

次の日の朝早く。

おじさんに別れを告げて、ボクたちは水無神社へ。

父さんが残したメモに書かれていた3つの場所。

臥龍桜。夫婦松。

そして、飛騨一宮水無神社。

お姉さんは絵馬殿で30分もかからず暗号を発見した。

もともと絵馬殿が怪しいと思ってたんだって。

絵馬の中に表面のテカりが普通じゃないものを見つけてひっくり返す。

裏側にあったのは「東137」という文字。

なんのことだろう。ちんぷんかんぷん。

次は、山下城址の近くにある夫婦松。

二本の松の木が、まるで寄り添うかのように生えている。

梅花藻お姉さんは、松の幹を手で触りながら何かを探していた。

幹を一周して見つけたのは、瘤の中に、蜜蝋で固められた数字。

「2037」(にーれいさんなな)

「え?なんでわかるの?」

「手で触れば読めるわ」

「手に目がついてるの?」

「(笑)まあね。

さ、急ぎましょう。最後は臥龍桜よ」

<シーン3/臥龍桜>

◾️SE/朝の小鳥の声/草むらを歩く足音

「いい、りんご。

臥龍桜は飛騨一ノ宮駅から丸見えの位置。

待ち伏せてる奴らから丸見えよ」

「じゃあ、どうすんの?」

「私がやつらを片付けるから、その間に臥龍桜へ走って」

「それで?」

「いくら軍の関係者でも重要な文化財を傷つけることはできないはず。

隠すとしたらしめ縄しかない」

「しめ縄?」

「そう。多分紙垂の付け根あたりだと思う。

文字か数字を探して」

「わかった・・自信ないけど」

「高山行きの汽車が来たらやるわよ。いい?」

「うん」

◾️SE/電鈴式踏切と蒸気機関車の汽笛と走行音

踏切が鳴り、蒸気機関車が近づいてくる。

高山本線の線路伝いにお姉さんは走った。

汽車と並走しながら。

ボクは言われた通り臥龍桜へ走る。

太い幹に巻かれたしめ縄を確かめると。

駅から見えない裏側に・・・あった。

「北36」

手のひらに泥で書く。

◾️SE/蒸気機関車の汽笛と走行音

顔を上げると、ちょうど汽車が出発するところだった。

そこへ・・

「わかった?」

「え?もう終わったの?」

「そうよ。で、わかったの?」

「うん」

「じゃあ行くわよ」

ボクたちは飛騨街道へ出て途中の畑で一休みした。

お姉さんは、父さんの地図にさっきの数字を書き込んでる。

「東経137度20分37秒、北緯36度・・・このあたりね」

「すごいな。場所のことだったの」

「座標ね。水無神社の奥宮(おくのみや)と言われるあたりだと思う」

「行くの?」

「もちろん。遠いからりんごは来なくてもいいわよ」

「ひどいな。行くに決まってるでしょ」

「ふふ」

また、意地悪そうな顔で笑う。

結局、ボクたちは登山道を歩き、6時間かけて位山の山頂を目指した。

<シーン4/位山山頂水無神社奥宮>

◾️SE/高地の野鳥の声/森を歩く足音

「奥宮といっても社殿があるわけじゃなくて

位山全体がご神体なんだ。

これじゃわかんないな」

「どうする?」

「鳥居だけでも調べておくわ」

梅花藻お姉さんが鳥居に手をかけたとき、

ボクの首を誰かが締めつけた。

「ここまで案内ご苦労だったな、梅花藻」

「オ、オロチ!」

全身黒い服を着て、

年寄りだか若いのかよくわからない面相の男。

でも悪人だってことはよくわかる。

それも極悪人だ。

「探す手間がはぶけたわ」

「私たちをつけてたの!?ずっと」

「さすが、オレが作った傑作だ。よくやった」

「よくも!

仲間たちを見殺しにしたのね」

「仲間?やつらは軍の人間だぞ。

陽炎の工作員は全員あの世に送ったよ」

「この外道が!」

「褒め言葉に感謝する」

「地図のこともわかってたのね」

「ああ、こいつの親父が神器を隠したことは知っている」

「神器?」

「そうか。そこまでは聞いてないのか。

よし。冥土の土産にすべて教えてやる」

そう言って、オロチが語ったのは信じられない話だった。

父さんが隠したのは草薙剣。

三種の神器のひとつだ。

熱田神宮にあった剣を密かに持ち出し、位山に隠したのだという。

三種の神器は、玉と剣と鏡。

その3つを手にしたものが、この国を掌握できるとされている。

皇居にある勾玉は陸軍が掌握し、伊勢神宮の八咫鏡は海軍が掌握。

派閥争いでどちらかが2つの神器を手に入れたら、残りは1つ。

父さんは日本を海軍にも陸軍にも渡したくなかったんだ。

「座標から正確な位置を割り出すのはこちらにまかせてもらおう。

さあ、おとなしく地図を渡せ。

さもないと、ガキの命はないぞ」

気がつくと、オロチはボクの首にナイフをつきつけていた。

「いいのか!」

「どうぞ」

「なに!?」

「別に親でも子でもないし、興味もないわ」

「なん・・・だと!」

「こういう人間に育てたのはあんたでしょ」

「う・・」

「さあ、やりなさい。どうぞ」

「むむ・・」

「あんたがやらないなら私が・・」

「なに!」

◾️SE/銃声

オロチがボクを一瞬見た隙に、お姉さんの銃口が火を吹いた。

瞬間的に崩れ去るオロチ。

いつの間に銃を。

ってか、腰のガンベルトをはずさずに撃ってる。

「安全装置はずしておいてよかったわ」

「お姉さん!」

「大丈夫だった?」

「ホントに見殺しにするつもりだったでしょ」

「そうよ」

「信じられない。危険なことはしない、って約束したのに」

「それはあんたのことでしょ。

それより、さ、急ぎましょう」

「どこへ?」

「お父さんの捉えられている富山へ」

「草薙剣はいいの?」

「どうせ誰も見つけられないわ。地図だってないし」

そう言って父さんの地図に火をつけた。

なんか、複雑な気分だけど、ま、いいや。

信用、してやるよ、梅花藻お姉さん!

「高山線で猪谷(いのだに)へ行って、そこからは飛越線(ひえつせん)で富山へ」

「行きましょ、相棒!」

「オッケー!梅花藻姉さん!」

※続きはいつかまた(島崎正樹のスピンオフも)

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!