「法が追いつかないなら、高山市はその先を歩けばいい」
飛騨桃の妖精とももと、農園主ショウタ。
50年を超えて続いた、静かで強い愛の物語・・・
【ペルソナ】
・ショウタ(28-38-48-78歳/CV:高松志帆)=国府で桃の農園を営む。ももと仲良く暮らす
・もも(550歳/CV:高松志帆)=飛騨桃の妖精。ショウタと幸せに暮らしている
・杏=あん(75歳/CV:小椋美織)=ショウタの同級生。再びショウタの農園を訪れる
・市職員-市長(30-40-50-80歳/CV:日比野正裕)=市職員から高山を本当に愛する市長に
【プロローグ:プロポーズ(8月)】
■SE/蝉の鳴き声
「ショウタ!大変!どうしよう!?」
「どうしたんだい、もも?」
「さっき一緒に作った桃のデザート・・」
「桃のコンポート?」
「そう、それ。
このなかに、なんかヘンなものが入ってるの」
「ヘンなもの?」
「うん。ちょっと待って・・しょっと・・」
「あれ?なにこれ?」
「・・指輪?」
「どうしてだろ?
作ってるときはなにも入ってなかったのに」
「ちょっと見せて」
「はい・・
でも手が汚れちゃうよ」
「もも、左手だして」
「なんで?」
「いいから」
「わかった・・」
「もも、実は伝えたいことがあるんだ」
「なあに?
・・・って、ちょっとちょっと。
なんでそれ、あたしの薬指にはめるの?」
「もも、僕たちやっと再会できて、もうすぐ1年だろ」
「うん・・」
「そろそろ、考えた方がいいかなと思って」
「え・・なに・・
まさか・・・またいなくなっちゃうの?」
「違うよ、その逆」
「逆?」
「ももと一緒になりたいんだ」
「えー、今もう一緒にいるじゃない」
「今だけじゃない。
未来永劫一緒にいたいってこと」
「未来永劫っていつまで?」
「もも、結婚しよう!」
「えっ?」
「僕のお嫁さんになってほしい」
「いいわ」
「ホント?」
「もちろん!
だってショウタのこと、こ〜んなに好きなんだもん」
「よかった!
昨夜(ゆうべ)、ももが帰ってから、じいちゃんとばあちゃんに相談したんだよ」
「おじいちゃんとおばあちゃんに?」
「うん。ももと結婚したい!
って言ったら、2人とも泣き出しちゃってさあ。
こんなに嬉しいことはないって。
すごく喜んでくれた」
ある日突然、ショウタはあたしにプロポーズした。
そっかぁ。
こういうのをサプライズ、っていうんだ。
おもしろ〜い。
【シーン1:高山市役所】
■SE/市街地の雑踏(車の音)
次の朝、ショウタはあたしを市役所、ってとこに連れていった。
「もも、ごめんね。
こんな遠くまで連れてきちゃって」
「ううん。大丈夫。
以前は国府を出ることができなかったけど、
高山市になったから、もう自由に動けるの。
山越えだってできちゃう」
「そっか。
じゃあさ、新婚旅行とか行ってみない?」
「新婚旅行?」
「結婚したばかりのカップルは旅行に行くんだよ」
「へえ〜、素敵〜」
「行きたいところある?」
「そうねえ、奥飛騨温泉郷ってとこ、行ってみたいな」
「それよりもっと遠くへ行こうよ。
北海道とか沖縄とかは?」
「それは無理。
あたし、高山市からは一歩も出られないの」
「そ、そっかぁ。
なら白川郷も無理ってこと?世界遺産の」
「荘川だったら大丈夫よ。荘川も白川郷じゃないの?」
「えっ、そうなの?」
■SE/番号を呼ぶ声「28番の方〜」
https://hidaten.com/wp-content/uploads/2026/02/announce.mp3
ショウタがなにか言うのと同時に、あたしたちの番号が呼ばれた。
「ご結婚おめでとうございます。
新婦様が本人確認できるものはありますか?」
優しい顔をしたメガネの男の人があたしに尋ねた。
「もも、なんか持ってる?」
「これじゃだめ?
今朝収穫したばかりの飛騨桃よ」
「あ、あの・・運転免許証とかは?」
「持ってないわ」
「マイナンバーカード」
「なあに、それ?」
「なにかご本人を確認できるものがないと受理できないんです」
「あたし、高山市になる前から国府に住んでるけどだめ?」
「2005年より前ということですね。
なにかそれを証明できるものはありますか?」
「証明できる者・・・
う〜ん・・・宇津江四十八滝の龍神くらいかなあ。
でもあいつ、気難しいからなあ」
「あ、あのう!
なにか・・・
トランスジェンダーのカップルとかが受け取れるような証明書って
確かありましたよね?」
「パートナーシップ宣誓書受領証ですね。
もちろん、受け取れますよ。
住民票はお持ちですか?」
「じゅうみんひょう?なあに、それ?」
「新婦さまが『どこに住んでいるか』を公的に証明する書類です」
「わかんない」
「そうですか・・・
それでしたら、大変申し訳ありませんが、
現状では婚姻届もパートナーシップ宣誓書受領証も発行することはできません」
メガネの男の人は、本当に申し訳なさそうに頭を下げた。
ショウタはそれでも食い下がって、
「そんな!
だって、ももはずうっと国府に住んでるんですよ!
ねえ、もも。
いつから住んでるんだっけ?」
「500年前」
「そう、500年前・・・え?」
「申し訳ありません。
お二人が本当に愛し合っていることはよくわかりました。
でも、いまの法律ではどうしようもできないんです。
たいへん申し訳ありません!」
「そんなこと言われたって!」
「ショウタ、もういいじゃない。
この人、困ってるよ・・・
あたしたち、本当に愛し合ってるんでしょ。
それだけで十分じゃない」
「申し訳ありません・・・」
あたしは、納得していないショウタを引っ張って建物の外へ。
「もも、ごめん!
いやな思いさせて」
「ぜ〜んぜん!
ねえ、なんか美味しいもの食べにいこ!
国府の外へ出るのは初めてだから、古い町並っていうとこも歩いてみたい!」
「オッケー!じゃあ行こう!
今日はももの行きたいとこ、ぜ〜んぶ行こ!」
ショウタはあんまり納得していないみたいいだったけど・・・
そのあとあたしたちは思いっきり高山を楽しんだ。
古い町並っておもしろ〜い!
人力車乗って町並をぐるっとまわる。
知らなかったなあ、こんな世界があるなんて・・・
【シーン2:杏との再会】
■SE/野鳥の鳴き声(キビタキやオオルリ)
「こんにちは・・・」
ショウタのプロポーズから半年。
飛騨桃の収穫が一息ついた頃。
ひとりの女性があたしたちの農園を訪ねてきた。
この人・・・
以前ここで働いていたあのひとだ・・
「ショウタさんはいらっしゃいますか?」
「ごめんなさい。
直売所で加工品の打合せなの。
たぶん夕方まで帰らないわ」
「あ・・あなたは?」
「ショウタの妻です。
もも、と言います」
「つ、妻?
ショウタさん、結婚されたんですか?」
「はい。今年の春に」
「知らなかった・・
なんで言ってくれなかったんだろう・・
私は招待状まで送ったのに・・
ショウタ、結局きてくれなかったけど・・」
「あのう・・
あたしたち、一緒に住んでるだけですから」
「だって・・さっき”妻”って・・」
「はい。
ショウタが、人には”妻”って言いなさい、って・・」
「・・そっか・・・
ねえ、ももさん、少し話せる?」
そう言って、彼女、杏があたしに手渡したのは飛騨桃だった。
「今日ここにきた理由はこれ。
いま私が埼玉の農業技術センターで開発している新しい桃の品種。
飛騨おとめを親株にした新種よ」
飛騨おとめ・・・この子もあたしのこどもだ・・
「飛騨桃のあの奇跡のような甘さって、飛騨の寒暖差が生み出すのよね。
でもこれからは温暖化がやってくる。
埼玉の熊谷なんて日本一暑い記録持ってたくらい。
そんな埼玉の過酷な暑さでも耐えられる『至高の甘み』を作りたかったの。
で・・・完成したんだ・・
それがこれ・・・試作品だけど・・・飛騨桃Xよ」
「すご〜い!そんなことできるんだ」
「ええ。方法はね・・・
ってここからはコンプラ的にアレだけど・・・
え〜い、もういいわ!
ももちゃんだけに教えてあげる!
答えは地下水よ!」
「地下水?」
「そう。
桃の木の根っこの部分、
ここに冷たい地下水を満たすことで今の寒暖差をキープしていくのよ」
ふうん。
なんだか、よく喋る人だなあ。
杏は結局、ショウタが帰ってくるまで話し続けた。
ショウタは杏を見て、最初嫌な顔をしたけど、
新種の飛騨桃の話に惹き込まれた。
うちの農園でもその新種を育てたいって。
あたしも大賛成。
まずは試作品をたくさん作らないとね。
それからというもの、季節は駆け足で過ぎていった。
【シーン3:20年後の3人】
■SE/野鳥の鳴き声(キビタキやオオルリ)
「開発から20年かあ。あっという間だなあ」
「20年なんて嘘みたい。
48歳かあ。あーやだやだ。
でもいいなあ、ももなんて、皺ひとつないもの。
あなた、本当は何歳?」
「だから520歳だってば」
「受ける!
ってかあたしもそれが聞きたくてきいてるんだけど」
杏って面白い。
そういえば、ご主人と一緒に埼玉の農業技術センターに勤めてるって言ってた。
ご主人がバイオテクノロジーってのを研究してるって。
ショウタのプロポーズから20年。
『桃栗三年柿八年』ってよく言うけど、新種の開発となれば話は別。
交配から結実を確認して、その性質が次世代でも安定するかを見極めなくっちゃ。
最低でも10年から15年はかかる大仕事よ。
現時点では、ようやく数本の「母樹」が実をつけ始めた段階。
埼玉の暑さの中でも、飛騨桃の甘さを失わないことは確認されたけど、
まだ「市場」に出せる段階ではないんだって。
病害虫への耐性や、輸送に耐えられる硬さがあるか。
あたしたちは慎重なモニタリングを続けていった。
「市場に出す前に、そろそろ新種の名前も考えないとな」
「そっかぁ。それ、簡単じゃないわよ」
「そうだよなあ」
「”桃紅柳緑”ってどう?」
さらっと答えちゃったあたしを、みんなが一斉に見る。
「なにそれ?」
「すっごい昔に出会ったおじいさんが言ってたの。
”自然のままの姿を受け入れる”って意味だって」
「いいじゃん、それ!」
「うん!ピッタリだと思う」
結局、新種の飛騨桃は『桃紅柳緑』という名前に決まった。
言い出しっぺのあたしが言うのもなんだけど、
こんな覚えにくくて言いにくい名前でいいのかなあ・・
【シーン4:30年後の3人】
■SE/野鳥の鳴き声(キビタキやオオルリ)
「あれから30年かあ。
ようやく飛騨地域限定の試験販売だ。
あ〜、長かった〜!」
「だけどももちゃん。
あなた、なんでまったく変わらないの?
肌の艶も、きらきらした目の色もあの日のまま」
「う〜ん、なんでだろう?
考えたこともないわ」
「ももはね、年をとらないんだよ」
「え?」
「だって、ずうっと500歳のままだもん」
「そんな・・・」
杏はあたしのつま先から頭のてっぺんまで、舐め回すように見た。
そして、
「ま、いいや。
それでも友達には変わらないから」
そう言って笑ったけど、事件はその1か月後におこった。
■SE/車のドアが閉まる音〜砂利を踏む足音
ショウタのプロポーズから30年。
杏と一緒に国府にやってきたのは、初めて会うご主人。
杏の夫は、研究者らしい眼差しで、あたしをじっと見つめてくる。
「ごめんね、もも。
あなたのこと、つい夫に話しちゃったの。r
夫は研究開発とかしてるゴリゴリの学者だから、
ももにすごく興味を持っちゃって。
どうしても会いたいって、ついてきちゃったの」
「ももになんの用?」
「単刀直入に言うわ。
ももちゃんを埼玉に連れていって研究したいんだって」
「え?」
「ふざけるな!」
「ショウタ、大丈夫よ。
だからあたしがついてきたんじゃない
そう言って、杏はあたしとショウタを庇うように前に立ちはだかった。
顔は見えないけど、毅然とした声で、こちらを見つめる夫に言葉をかける。
「あなた、一度しか言わないからよく聞いて。
ももはね、あたしの大切なともだち、ソウルメイトなの。
もし彼女を埼玉に連れて行くと言うなら・・・
あたし、あなたとは別れる。
農業技術センターも辞める。
30年かけて積み上げた開発データも、今すぐこの手で、すべて削除してやる。
それでも構わないと言うのなら、あたしを押し倒していきなさい!」
杏の叫びに、杏の夫は言葉を失った。
結局2人は車へ戻っていった。
最後の言葉を残して。
「ショウタ、もも。
本当にごめんなさい。
これからもこういうことが起こるかもしれない。
だからあたしはもう二度と国府へは来ない。
夫にも、二度とおかしな考えをおこさないようにずうっと見張っているから。
安心して。
いままでありがとう。
本当に楽しかったわ」
ショウタとあたしは、杏の車が見えなくなるまで見送った。
【シーン5:50年後の夏】
■SE/蝉の鳴き声(ヒグラシ)
ショウタのプロポーズから50年。
桃紅柳緑は飛騨桃の「主力品種」として、贈答用市場の頂点に君臨していた。
あたしたちが命を懸けて守り抜いた新しい飛騨桃。
『猛暑下でも糖度16度を安定して超えていく』
驚異的なエビデンスを叩き出し、
全国のバイヤーから”未来を救う奇跡の桃”と称賛された。
78歳になったショウタは、農園にいったきり、なかなか帰ってこない。
あたしの大好きなコンポートを作るからってはりきってたけど。
心配になって農園に行くと、桃の木の根元に倒れていた。
「ちょっと!どうしたの?ショウタ」
「あ、ああ・・ももか。
すまない・・
ももの大好きなコンポートを作ろうと思って。
上の方の桃紅柳緑を摘もうと思ったら、
脚立がひっくり返ったんだ」
「やだ、心配させないでよ」
「僕は、すっかり勘違いしてたみたいだ」
「なにを?」
「ももがいつまでも若いままだから、
自分もそうだって、ずうっと思い込んでた。
鏡だってあえて見なかった」
「そうなんだ」
「だけど、自分の身体がこうなってやっと気づいたよ」
「なにを?」
「僕の身体は、有限なんだって」
このことがあってから、ショウタは車椅子の生活になった。
口数も減っていく・・・
やだなあ。
年齢なんて、あたし、なんにも気にしていないのに。
なんならあたし、400歳以上も年上よ。
車椅子のショウタと一緒に飛騨桃を育ててさらに10年。
春の日の午後。
高山市の人から電話をもらった。
今日はケーブルテレビをずっとつけておいてくださいって。
なんだろう?
あたしは農園で作業しているショウタを呼びにいった。
車椅子を押しながら家に戻ってテレビをつける。
■SE/テレビをつける音
「高山市のみなさん。
今日はある夫婦のお話をしたいと思います」
あ、あのときの・・・
50年前のメガネの男の人だ。
優しい笑顔、変ってない。
ショウタも食い入るように画面を見つめている。
「50年以上も国府町に住み続けて、飛騨桃の新種を開発し、
大事に大事に守り続けている夫婦がいます。
でもこの2人は正式な夫婦ではありません。
奥さんに正式な戸籍や身分証明書がないからです。
だけど、誰よりも高山を、国府を愛し、
地元のために毎日飛騨桃を大切に育てている。
高山市は50年前『誰にもやさしいまちづくり推進指針』というものを作りました。
この町には古くから多様性を認める土壌があります。
行政の仕事は、紙の上の文字をなぞることじゃない。
本当にこの町を愛し、誰よりも飛騨桃を大事にしてくれるお二人を、
これ以上ぞんざいに扱ったら、私にはもう、市長を名乗る資格などないでしょう。
法が追いつかないなら、高山市はその先を歩けばいいじゃないですか。
だから私は、あえて、ここに宣言します。
ショウタさん、ももさん。
おめでとう。
今、私が二人の婚姻届を正式に受理します!」
そういって、メガネの男の人は婚姻届を画面に向けて差し出した。
ショウタを見ると、車椅子に乗ったまま目をつむって泣いている。
結局、あたしたちの結婚は、市の議会でも取り上げられ、
全員一致で認められたそうだ。
それが、どんなに大事なことか、あたしにはわからないけど、
ショウタの閉じた目から流れる涙を見てひとつだけわかった。
ショウタ、あたしのためにずうっとがんばってくれたんだね。
ありがとう。
これからも、未来永劫、2人で生きていこ!
・・・また2人でサイクリングいきましょ
・・・きっといつでも行けるから・・・・
■SE/遠くから赤ちゃんの泣き声が近づいてくる


