愛は呪いを解く鍵となるのか。
奥飛騨の伝承「天狗岩」と「天狗橋」をモチーフに描かれる、幻想的で切なくも温かい“嫁入り譚”。
親を亡くし、絶望の中で人柱となった少女・箏と、山の神の怒りによって姿を変えられた大天狗。
二人の出会いは、呪いと運命を変える大きな転機となる──。
現代の高校生・マコトとストーリーテラー・シズルの会話を通じて語られる、どこか懐かしくて、新しいファンタジー。
終盤に訪れる“静かな奇跡”に、あなたもきっと心を奪われることでしょう。
・シズル(35歳)=道の駅 奥飛騨温泉郷上宝のストーリーテラー(CV=日比野正裕)
・マコト(17歳)=高根町の高校生。郷土史研究部=部員1名の部長(CV=山﨑るい)
・箏(こと=17歳)=伝承の中で天狗に嫁入りする美女(CV=山﨑るい)
・天狗(年齢不詳=35歳)=奥飛騨温泉郷上宝に住む天狗=もののけ(CV=日比野正裕)
【参照:天狗岩/奥飛騨温泉観光協会】
<プロローグ/道の駅 奥飛騨温泉郷上宝>
◾️SE/奥飛騨温泉郷の環境音
「むかぁし、むかし。
君が生まれるより、ずう〜っとずっとずっとむかし。
この奥飛騨温泉郷・上宝には天狗が住んでいました」
「(ゴクッ)」※唾を飲み込む音
「天狗って知ってるかい?」
「うん。知ってるよ。
顔が赤くて、鼻がこ〜んなに長い妖怪でしょ」
「妖怪?
まあ、間違ってはいないけど・・」
「妖怪じゃないの?」
「妖怪、っていうよりも
どっちかって言うと、神様に近いかな」
「神様!?だから神隠しとかするんだ」
「ああ〜。そうかもね。
でもほら、京都の鞍馬寺とか栃木の古峯神社(こぶじんじゃ)とかは有名でしょ」
「ふうん。知らないけど」
「『天狗』って、元々は中国から伝わった言葉なんだよ。
天(あま)かける狗(いぬ)と書いて、隕石や流れ星のことだったんだ」
「すご〜い!シズルさん物知り〜」
「大人をばかにするんじゃないの。
今日はね、『天狗の嫁入り』というお話だよ」
「やった!」
道の駅 奥飛騨温泉郷・上宝で毎月1回開催される「昔話の読み聞かせ」。
奥飛騨温泉郷・上宝の施設が持ち回りで担当している。
今月は、新穂高温泉の、うちの施設がストーリーテラー。
で、私が、読み聞かせするってわけ。
まあ、昔、仕事でよくプレゼンをしてたから、
人前でしゃべる、ってのは嫌いじゃないんだけど。
今日は初日で平日だから、第一部のお客さんはたった1人。
高根村から来た17歳の高校生マコトくん。
なんでも、郷土史研究部の部長なんだって。
部員は一人だけど?
そうですか〜。
今日の話、実は私の創作、フィクションなんだ。
平湯温泉にある、天狗岩や天狗橋にインスパイアされて作った物語。
ほら、さっきもマコトくんが言ってたじゃない。
天狗って妖怪だって。
神隠しとか、あまりいいイメージじゃないよね。
私が天邪鬼だから、ってわけじゃないけど、
ストーリーはそんなイメージを払拭するもの。
なんとファンタジー作品なんですが・・
「ちょっとシズルさん。早く続き、教えてよ」
「ああ、ごめんごめん。じゃあ続きね」
<『天狗の嫁入り』シーン1/人柱>
◾️SE/村の雑踏
「その村には20年前から天狗が住んでいました。
天狗に対して村人たちが一番恐れるのは、神隠し。
今まで何度も子供や娘が天狗にさらわれていたのです。
そのため、毎年1回、秋祭りのときに、天狗に人柱をひとり捧げていました。
人柱となるのは、村の最高齢の老人。
娘や子供の格好をして、人柱になっていたのです。
ところが今年、人柱になるのは、17歳の少女、箏(こと)。
この春、箏の両親は山崩れに巻き込まれて命を落としました。
それから箏は天涯孤独に。
自暴自棄となり人柱として名乗り出ました。
村人たちは箏を一生懸命説得しますが、無駄でした。
箏は、人柱として慣例通り天狗橋を渡り、天狗岩へ登っていきます。
岩の上に寝転ぶと、目を閉じました。
<『天狗の嫁入り』シーン2/箏と天狗>
◾️SE/深い山中のイメージ
横になった箏を包み込むように、いきなり風が吹きました。
目をあけると、そこは空の上。
天狗岩は笠ヶ岳の雲の上に浮かんでいました。
「なにこれ?」
そのときまた強い風が吹いて箏を吹き飛ばします。
「きゃあ〜!」
あまりの衝撃に、箏は気を失いました。
それからどのくらいの時間が経ったのでしょう。
どこかから声が聞こえてきます。
「ふん。情けない」
「え?」
驚いて目を開けると、そこには今までみたこともない怪物が。
身の丈は二間(にけん)近くあり、
赤い顔。天まで届きそうな長い鼻。
あ、二間というのはだいたい3〜4メートルくらいね。
「うわぁ!」
「またかよ」
3回目に気づいたとき、箏は布団の上に寝かされていました。
「ここは・・・どこ?」
「天界です」
「え?えっ!あなただれ?透明人間?どこにいるの?」
「目の前にいますよ。
姿を見せてもいいけど、また気絶しないでくださいね」
そういって姿を現したのは、何人、いえ何羽ものカラス天狗。
山伏の姿にカラスの嘴を持つ天狗の眷属です。
「うっ。気絶したい・・・けど、なんなの?一体」
「私たちは大天狗の眷属。カラス天狗です」
「私は・・・どうなるの?」
「まあ、大天狗の召使、ってところでしょうか」
「なにそれ?冗談じゃない。
召使?掃除とか洗濯とかするの?
私、ひとりぼっちになって、一人で炊事洗濯するのが虚しくて、
こんな生活もういや!
って思って、黄泉の国へ行くつもりだったのに」
「そんなこと言われましても、あなた自身で選んだことですし」
「あんたはなんでそんな姿をしているの?」
「なんで、って言われましても。山の神様の罰というか、なんというか」
「山の神様?」
「はい。大天狗も我らカラス天狗も山の神さまの罰でこんな姿になりまして」
「めんどくさそう」
「とにかく、あなたも運命だと思ってお仕事に専念してください」
「やあよ。つまんないから帰る」
「え?え?そんな。無理ですって」
「いいわ、その大天狗にかけあってみるから」
「また、そんな、ご無体な」
なんていうやりとりをしていると、
山の上の空が一転俄かにかき曇り、あたり一面が夜の闇に。
「ちょっと。なにすんのよ」
「いや、これは私どもではありません」
「じゃあ大天狗の仕業?」
「いえ。大天狗でもありません」
「じゃあなに?」
「荒ぶる山の神。鬼神です」
「鬼神〜?私たちどうなるの?」
「体をバラバラにされますね」
「うっそぉ!冗談じゃないわ」
「運がよければ、腕の1本2本くらいで済むかも」
「勘弁してよ」
「いや、もう遅いし。
うわ!お先に失礼」
「ちょっとちょっと!逃げないでよ」
「がんばってください」
「このお・・・
はあ〜。ま、いっか。
これでこの世とおさらばできるんなら。
なんか、つまんない人生だったな」
箏があきらめて、目を瞑ったとき。
雲の中から大天狗が現れます。
「大天狗・・・」
天狗は鬼神に向かって立ちはだかったあと、箏の方を振り返りました。
「あ・・・」
大きな2本の腕で箏を包み込み、鬼神の攻撃を背中で受けます。
背中からは血飛沫が飛び散り、苦悶の表情。
それでも、微動だにしません。
「なんか・・そんなに怖い顔じゃない・・・かも・・」
まるでバリアーのように天狗の周りの空気が歪んで見えます。
知らず知らず、でもまたもや、箏は気を失っていました。
気がついたのは、だいぶんあとになった頃。
「あ・・・れ?」
箏は今回も布団に寝かされていました。
ただ、ひとつ違ったのは、目の前で大天狗がこちらを向いて座っていること。
でも、目は開いていません。
あぐらを組み、大きな体躯から覗き込むような格好で目を閉じています。
「眠ってる・・・?」
箏はそおっと起き上がり、布団から抜け出して、雲の上を歩き出します。
◾️SE/カラスの羽音
「もう起きて大丈夫なんですか?」
「てめ、カラス!一人だけ逃げやがって・・」
「いやいや、だって私、カラスなんですから」
「意味わかんない。この卑怯者」
「しょうがないでしょ。私は鬼神にはかなわないんだから」
「いつか地獄に送ってやる・・」
「まあまあ、そう興奮なさらずに」
「ま、いいわ。いいけど、ひとつ教えなさい」
「なんですか?」
「天狗っていったい何者?」
「そ、それは・・・」
「なんで言えないの?」
「だって、天狗に怒られるから」
「じゃ、あんたが天狗を裏切って逃げたってチクってやるから」
「そんなぁ。別に天狗を裏切ってなどいませんよ」
「逃げたでしょ。眷属のくせに。
天狗がどう思うかは私の話しだいかもね」
「うわ、性格わる〜」
「そうよ。悪い?」
「でもなんで天狗のこと知りたいんですか?」
「なんか、天狗が私のこと守ってくれたみたいだったから」
「そりゃそうでしょうよ」
「だからなんでよ?」
「はぁ〜。もう仕方がない。言いますよ。
天狗はね、元々人間だったんです」
「え?」
「それはもう、優秀な修験者。行者ともいうんですかね」
「行者・・・行人橋(ぎょうじんはし)・・関係ないか」
「いや、関係あるでしょ。あそこは役行者の関係だから。
ま、そんなことどうでもいいけど。
あのですね。天狗の行場(ぎょうば)は上宝の笠ヶ岳(かさがたけ)。
滝行や断食、瞑想といった過酷な修行を積んで「即身成仏」を目指していたんです」
「なんとストイックな」
「ところが、天狗は優秀であるがために、己の力を過信。
山の神を侮辱する言葉を口にしてしまいました。
それで山の神の怒りを買い、世にも不気味な姿に変えられてしまったのです」
「そこまで不気味じゃないと思うけど」
「えっ?そうですか?」
「いやいや。そこ重要じゃないから。続けて」
「はい。
山の神の祟りに遭ったのは、天狗だけではありません。
仲間の修験者たちも、カラスに変えられてしまい、
天狗の眷属として生きるしかなくなりました。
それが私たち、カラス天狗です」
「呪いを解く方法はないの?」
「あることはあるんですが・・・」
「なによ?」
「なかなかに難しくて・・・」
「だからなんなの?」
「呪いを解くには、天狗が誰か一人の人間を心から愛し、その愛を受け入れてもらうこと」
「ああ・・・そりゃちょっと難しい」
「でしょ。己の姿を恥じている天狗は、
人から愛されることなどあり得ない、と考えちゃってるんです」
「別に恥じることないのに」
「え?ホントにそう思っているんですか?」
「だって、眠ってる顔じっくり見たけど・・
結構整ってる、イケメンじゃない」
「こっ、これはイケるかも・・・ですね」
「だからどうすればいいの?」
「天狗に愛を伝えてください」
「それは無理」
「え?どうして?」
「だって別にまだ愛してるわけじゃないもの」
「なんかよくわかんないです」
「私もよくわかんない」
そんな、埒のあかない話を続けているうちに、
またしても黒雲が現れました。
「き、きた・・・鬼神だ」
「ちょっとぉ!また逃げるつもり?」
「はい。さようなら」
「この〜。
ま、いいわ。私ひとりでも戦ってやる。
バラバラになんてされてたまるもんか」
しかし、人間の力で鬼神にかなうはずはありません。
箏の体は金縛りにあい、動けなくなりました。
再びあきらめモードが支配し始めたとき、
「逃げろ!」
天狗がまた箏の前に立ちはだかります。
箏は全身の力を振り絞って金縛りに抗いました。
「いやだ。逃げない」
「なん・・・だと?」
天狗の前に回り込み、鬼神の力を受け止めようとします。
「ばかか、お前は」
「ばかで結構」
「なに?」
「村にいるときは生きていても仕方ない、って思ってた。
でもあんた、天狗に助けられて、そんな考え吹き飛んだわ。
私、やっぱり生きたい!
もう一度、人間の世界に戻って、人生をやり直したい!」
「そうか・・・」
天狗は箏を押さえ込み、自分が鬼神の的になります。
それでも前のように苦痛の表情ではなく、穏やかな顔でした。
まるで小さく微笑んでいるように、少しだけ口角を上げて
そのまま消えていったのです。
箏が気がついたとき、そこは天狗岩の上。
何人かの修験者たちが箏の顔を覗き込んでいました。
「え・・・ひょっとしてあんたたち・・・?」
「はい、元カラス天狗です」
見渡すと、修験者の横にはわらわらと、
今まで人柱になっていた老人たちもいます。
「なんで?
山の神の呪いが解けたってこと」
「そのようですね」
「じゃあ・・・天狗は?」
「バラバラになって消えていくのを、見届けました」
「そんな!どうして!?」
「愛していたのは天狗の方だけで、
あなたはそうでもなかった、ってことじゃないでしょうか?」
「うそ!そんなことない!絶対違う!」
箏は、天狗岩から降りて、天狗橋の方へ走り出しました。
すると、橋の向こう岸に誰かが立っています。
「あ・・・」
箏が駆け出すと、同じ速度で向こうも駆けてきます。
橋の真ん中で出会ったのは・・・
「生きてたのね」
「ああ。そのようだ」
「これから・・・どうするの」
「わからない。20年ぶりにこの世界に戻ったから」
「とにかく・・行きましょ」
「どこへ?」
「私の・・・家。
そこで、これからどうするか、考えればいいじゃない」
「そうだな」
「手をつないで」
「ああ」
「もう離さないで」
「わかった」
<エピローグ/道の駅 奥飛騨温泉郷上宝>
◾️SE/奥飛騨温泉郷の環境音
「こうして、天狗と箏は末長く結ばれたのでした。
おしまい」
◾️SE/一人の拍手
「どうだった?マコトくん」
「うん。まあまあ面白かった・・かな」
「そりゃよかった」
「どこかで聞いたような話だけど」
「え?そうかな」
「ねえ、シズルさんに聞きたいことがあるんだけど」
「なんだい?」
「天狗って、人間になる前も、人間に戻ったあとも、名前ってないの?」
「あるよ」
「え。なんていう名前?」
「聞きたい?」
「うん」
「シズル、っていうんだ」
「え・・・・じゃあ、シズルさんって・・・天狗・・・なの?」
「さあ、どうかな?」
「もう〜。
また来るからそんとき、ホントのこと教えて」
「いいよ」
「今度はいつ?」
「そうだな。冬、かな」
「絶対またくるからね!」
「ああ、おいでおいで!
冬の奥飛騨温泉郷・上宝も最高に素敵だから」
「でもずるいな、奥飛騨ばっかり。
高根にも来てよ」
「ああ。行くよ」
「約束だよ」
「ああ、約束だ」
「指切った」
自分よりひとまわり小さな少年の指と約束を交わして私たちは別れた。
うん。
確かに、冬の高根も行ってみたい・・かな。
初夏の空は、少しだけ高い雲が笠ヶ岳にかかっていた。