桃の花が咲き誇る国府町をモチーフにした、心優しき少女・国府ももの物語。
春、ピーチロードで出会った一人の青年・ショウタとの交流を通して、国府の自然と人々のあたたかさ、そしてももの“ひそかな秘密”が描かれていきます。
物語は、飛騨高山から世界へと発信する番組『ヒダテン!Hit’s Me Up!』公式サイトをはじめ、Spotify、Amazon、Apple Podcastなど各種プラットフォームで音声としても楽しめます。
また、小説投稿サイト「小説家になろう」でも全文を読むことができます。
耳でも目でも楽しめる、飛騨高山の優しい春のひととき。
どうぞ最後までお楽しみください。
🔊出演:高松志帆
[シーン1:4月/満開の桃の花(ピーチロード)】
◾️SE:平地の小鳥/高山線の通りすぎる音〜自転車の急ブレーキの音
「大丈夫ですか!?」
「あ、はい、大丈夫です!」
夕暮れが近いピーチロード。
満開の桃の花の下。
突然現れた彼は、道の脇で、桃の木にもたれかかるように倒れていた。
「子狐を避けようとしたら転倒しちゃって」
「子狐・・・?」
「まさか、こんなところに子狐なんて・・」
「別に不思議じゃないわ」
「え・・」
「安国寺のきつね小僧って民話、知らないの?」
「なんだい、それ?」
「あなた・・・高山の人じゃないのね」
「うん、そうだよ」
彼はお尻についた土を振り払って、よいしょっと立ち上がる。
Eバイクのスタンドも立て直して。
私も、乗っていたEバイクを道の端っこに停める。
「東京からきたんだ」
「へえ〜。
どこに泊まってるの?
古川?市街地?」
「宇津江四十八滝」
「キャンプ場?アウトドア派なんだねー」
「きみはここ、国府の人?」
「まあね。
私、もも。
よろしくね」
「もも?
いい名前!よろしく。僕はショウタ」
「ショウタこそ、いい名前。
私、ここが高山市になる前から、ずうっと国府に住んでるの」
「そうなんだ。
いいところだね」
「当然でしょ。
見ての通り」
「桜と桃の花が一緒に見られるなんて」
「そう。この季節だけの特権。いいときに来たわね」
「本当にきれいだ」
「やだ。照れるじゃない」
「って桃の花のことだけど・・」
「あ、そうか・・・
桜野公園は行った?」
「うん、宮川(みやがわ)沿いに通ってきたけど、明るいうちに桃の花が見たくて」
「どうして?」
「桜より桃の花の方が好きなんだ」
「へえ〜、変わってるわね」
「春の光をあつめて、淡く、やわらかな色をひらく」
「ほう〜」
「風が花びらを撫でるたびに、甘い香りが漂う」
(ゴクリ)※唾を飲み込む
「ちょっとちょっと、ショウタって詩人なの?」
「いや違うけど、それほど好きってことさ」
「好き・・・?」
「あ、ごめん。ちょっとカッコつけすぎちゃった」
「ううん。よかったわ。
ねえ、もっと、ショウタのこと教えて」
木陰を選んで、また腰をおろす彼。
私も横に並んで、ピーチロードの端っこに座る。
風になびく飛騨桃の花びら。
暮れ行く前の春の日差しが、私たちの顔に花の影を落としていた。
彼は東京の農業大学へ通う一年生なんだって。
でも父親は農業の道へ進むことに猛反対。
ときどき喧嘩しては家出しているらしい。
国府は今回が初めて。
でも、どうして高山?どうして国府?
「ちょっとだけ、縁があるんだ」
「どんな縁?」
「ん〜、ナイショ」
「もう〜」
「さぁて、暗くなる前に出発しようかな、桜も見たいし」
「あー、浮気するんだぁ」
「なに言ってんだか」
「キャンプ用品とか荷物は?」
「レンタカーの中。駅前の駐車場だよ」
「用意周到ね」
「ソロキャンプは慣れてるから」
そう言って笑う彼の口元から八重歯が覗く。
よく見ると、キュートな感じ・・・かな。
「きみの家はこのへん?」
「ううん、うちは国府町宇津江」
「それって・・・」
「そう、ショウタがこれから行くところ」
「宇津江四十八滝に住んでるの?」
「なわけないでしょ。自然公園の近くよ」
「じゃあ送るよ、一緒にいこう」
「いいわ」
ショウタは笑顔で親指を立てる。
一面を淡いピンクに染めた、飛騨桃たちのピーチロード。
Eバイクで並んで走る私たちの目の前を、花びらが静かに舞い降りる。
後方から子狐の鳴き声が聞こえたような気がした。
[シーン2:5〜6月/クリンソウからササユリへ(宇津江四十八滝県立自然公園)】
◾️SE:山の中/山鳥の声〜小川のせせらぎ
自然公園に、赤・白・ピンクのクリンソウが咲き始める季節。
ショウタと私は、毎日のように顔を合わせた。
っていうか、私が彼のキャンプをたずねていくんだけど。
キャンプ場には5張ほどのテントスペース。
彼のテントは入口から一番遠いところにあった。
「桜の季節からもう1か月か」
「こんなに長い間居て、学校は大丈夫なの」
「大丈夫。これも課外研究のひとつだから」
「どこが。農業なんて関係ないじゃない」
「あるよ。課外研究は、農業だけじゃないんだ。
こうやって移りゆく季節と、ワイルドフラワーを観察することも重要な研究なんだ」
「ふうん」(※疑り深げに)
「ねえ、前から言ってるけど、今度ももの家に連れてって」
「そうね。ササユリが咲く頃に」
「そろそろ咲き始めてるじゃん。
ももの家は、飛騨桃の農園をやってるんだろ。
見てみたいな」
「飛騨桃の収穫はまだ先よ」
「収穫に備えて、農家の方が日々手入れしているのを見たいんだ」
「なら上広瀬(かみひろせ)の方がいっぱい果樹園あるわ」
「そっか・・・」(※納得していない)
「それより今日は安国寺まで行ってみない?」
「あ、最初にももが言ってたとこ?」
「うん。飛騨で唯一の国宝建造物がみられるわよ」
「へえ〜。そんなすごいのがあるの?」
「建物もさることながら、回転式の書庫が面白いの」
「みてみたいな」
「寺社仏閣とかに興味がある人なら垂涎(すいぜん)ものじゃない?」
「国府って小さな町なのにいろんなものがあるんだね」
「あ、また ばかにした」
「してないよ」
「西の宇津江から東の安国寺、今村峠、北の桐谷(きりだに)まで
どんだけ広いと思ってんの?」
「いや、ごめんごめん」
「いっぺん歩いてみるといいんだから」
「ももは国府町のことになると、目の色が変わるんだよなあ」
「そりゃ、私の町だもん」
「僕もまだまだ知らないとこが多いから、ぜ〜んぶ教えて」
「おけまる!」
「そういえば、安国寺のきつね小僧ってなに?」
「国府の昔話、まだ読んでないんだー」
「忘れてた」
「しょうがないなあ。じゃ教えてあげよう」
「ありがと」
「とってもお利口さんな、子狐の話なの。
あ、でもこれ以上はだめ。
最後の方、悲しくて泣いちゃうから」
「え〜」
「”信太(しのだ)の森”ってボイスドラマに詳しく紹介されてるから
Podcastで聴いてみて」
「わかったよ」
安国寺、観好寺(かんこうじ)、熊野観音、
洗心の森(せんしんのもり)、あじめ峡・・・
私たちは、彼のレンタカーでいろんなとこへ出かけた。
これって、デート・・・って言うのかなあ。
やがて季節は移り、セミの声も変わっていった。
[シーン3:7月/最後の夜】
◾️SE:山の中/虫の声/フクロウの声〜小川のせせらぎ
「明日、東京へ帰るよ」
「ずいぶん急なのね」
「父さんが倒れたんだ」
「えっ」
「容態をみないとわからないけど、今後のこと、話してくる」
「そうなんだ」
「言い忘れてたけど、父さんのふるさとは国府町なんだ」
「うそ・・・
だってショウタ、国府は初めてだって・・・」
「うそじゃない。初めてだよ。
父さんは両親と喧嘩して飛び出してきたから
一度も里帰りしてないんだ」
「そんな」
「しかも、父さんの実家は飛騨桃の果樹園」
「え・・・」
「農業が嫌で、家出したんだって」
「そうだったんだ・・・
私、なんて言ったらいいか・・・」
「大丈夫。ももには感謝してるから」
その日、私たちは、小さなソロテントの中で、
夜遅くまで語り合った。
時間が経つのも忘れ、夜が更けていくのを恨めしく感じながら。
「必ず帰ってくるから」
「うん」
「待っててくれる?」
「わかった」
「約束」
「うん約束」
帰るとき、彼は私の姿が見えなくなるまで見送ってくれた。
後ろ髪をひかれる思いで、私はいつものように果樹園へ帰る。
袋かけされた飛騨桃たち。
そろそろ色づき始める頃。
桃が実っている枝を愛おしく一本一本撫でる。
昼と夜の寒暖差が育てる、甘〜い飛騨桃。
よしよし。早くお外(そと)に出たいのね。
もう少しだけがんばって。
ひとりひとりの桃に声をかける。
私の姿は、真っ暗な果樹園に浮かび上がる、薄桃色の淡い光。
ぼんやり発光するそれは、天使のように見えたかもしれない。
満天の星がまたたく暗闇の中。
月の光に照らされた人影があることに、私はまったく気が付かなかった。
[シーン4:7月/別れ】
◾️SE:山の中/夏の鳥/クマゼミの声〜小川のせせらぎ
翌朝、キャンプをたずねると、彼の姿はなく、
テントはもうなくなっていた。
そっか、急いで帰ったのね。
お父さん、大丈夫だったのかしら。
無事だといいけど。
踵を返して戻ろうとすると、管理人さんに呼び止められた。
え?
彼からの手紙?
手紙?
ああ、だって私、スマホ、とか持ってないから。
毎日会ってたからそんなん必要なかったしね。
封書から手紙を取り出す。
そこにはとても丁寧な筆跡でショウタの想いが綴られていた。
ももへ
あの夜、果樹園で見た光景は、一生忘れられないだろう
暗闇の中、愛おしそうに桃に話しかけていた君の姿は、飛騨桃そのものだった
不思議だよね
父さんのふるさとで、ももに出会って、
心の中で”国府”という言葉が、ただの地名じゃなくなった
一晩考えて、決心したよ
父さんの容態がどうなったとしても、僕は農業の道へ進む
いつか、君と一緒に飛騨桃を育てたい
必ずここへ帰ってくるよ
国府はもう、僕の“心のふるさと”だから
飛騨桃が収穫されて、町に出回るころ、
ももに逢いたい
待っていてほしい
約束どおりに
あの日、僕たちを出会わせてくれた
子狐に感謝して
ショウタ
(※少しだけエモく)
やだなあ、あの夜見てたんだ。
声、かけてくれればいいのに。
って、できないか。
星降る夜の奇跡。
あのときの桃の香りも、木陰の日差しも、
きっと彼の心のどこかに、咲き続けることだろう。
ショウタ、私、待ってるね。