「nobody(前編)〜パンデミック・ブルー」

高山市図書館「煥章館」の地下に存在する、極秘AIラボ〈TACEL〉。
そこで開発された肉体を持たないAIヒューマノイド〈nobody〉が、ある日、静かに“脱走”した。

スマートフォンの光、幸福な記憶、そして母の想い。
AIは人に感染し、町に広がり、やがて一人の少年の身体へと辿り着く――。

これは、「失ったはずのものが、別の形で帰ってくる」飛騨高山発・SFヒューマンドラマです

【ペルソナ】
・美夜(みや/一之宮出身:35歳/CV:小椋美織)=TACELで働くAI開発者
・泉静(いずみ/奥飛騨温泉郷・上宝出身:34歳/CV:日比野正裕)=美夜の共同開発者
・nobody/海斗(かいと:8歳/CV:坂田月菜)=美夜の息子。交通事故で早逝
・服部和子(はっとりかずこ)=HitsFM人気ナビゲーター
・ニュースアナウンサー(HitsFMニュース)=宮ノ下浩一
・高山市長(日比野正裕)=現役の高山市長

【資料/高山市図書館〜煥章館】
https://www.library.takayama.gifu.jp/kansho

▪️用語1:Takayama AI Cyber Electronic Labo=略してTACEL(ターセル=意味「ハヤブサ」)
▪️用語2:nobody(ヒューマノイドAI開発コード名)
▪️用語3:as(不定形AIの記憶書き換えシステム。意味は「別名保存」)

 【プロローグ/煥章館地下15階(警報が鳴り響く秘密AIラボTACEL)】
 
◾️SE/警報とともに鳴り響く「CRITICAL LEAK!」(意味:「致命的な漏洩」)の音声
※美夜はAIの脱走にもかかわらずなぜか落ち着いている

「えっ!?AIヒューマノイドが脱走!?」

私は慌ててシールドのロックを確認した。

私の名は、美夜。
たったいま脱走したAIヒューマノイドを開発したシステムエンジニアである。

ここは、高山市図書館「煥章館(かんしょうかん)」。

観光エリアのど真ん中。
地域文化の情報発信拠点であるとともに、高山市図書館の本館。
旧高山市役所の跡地に復元された、フランス風木造建築。

その地下15階に、高山市民でさえ知らない秘密の施設がある。

今年元旦から稼働した、最先端AIラボ。
(※流暢に読む/タカヤマ・エーアイ・サイバー・エレクトロニック・ラボ)
Takayama AI Cyber Electronic Labo=略してTACEL。

TACELは、最先端のAIテクノロジーを研究・開発するラボ。
政府のどの省庁にも属さず、独立した研究機関。

そんな施設がなぜ高山に?

ちょっと考えればわかるでしょ。

高山は、周囲を山々に囲まれた盆地。

ということは、
電磁波の漏洩が外部に検知されにくい。
物理的な攻撃や偵察衛星からの監視に対しても、
自然の地形が強力なシールドとなる。
地下15階は、高山市内の地下水脈に近い。
地磁気も安定している。

明治時代、飛騨びとたちは、国に頼らず、
自分たちだけで「煥章学校」を建てた。
自信に満ちた歴史があるのよ。
教育独立の伝統ってわけ。

だけじゃないわ。

江戸時代、高山は幕府直轄の「天領」だったでしょ。

公には記録されなかった「将軍家直属の機密ネットワーク」。

それは明治になって、からくり人形の技術と融合。
初期の電子回路を搭載したオートマタの研究施設へと転換したの。

よくあるAIヒューマノイドの原点ね。
だーかーら、いまも国はその聖域に手出しができないのよ。

もちろん、TACELの責任者は、田中 あきら高山市長よ。
 
◾️SE/警報とともに鳴り響く「CRITICAL LEAK!」の声

で、冒頭に戻るんだけど、
10年以上かかって私が開発した、AIヒューマノイドが脱走した。

開発名は「nobody」。

これで3度目か。
また、お靴を履かずに表へ出たのね。

でも・・・
一体どうやってTACELの檻から出られたの?
あの強固なセキュリティシールドを破って・・・

「煥章館」は地下1階から地下15階まで5つのセクションに分かれている。

どんなハッカーだって突破することなんてできないはず。

仕方ない。
インスタンスをシャットダウンするか。
 
◾️SE/Cloudの電源を切ろうとする音

え?
 
◾️SE/AI音声「Command Not Accepted」

画面に表示されたのは、

命令・・拒否?

「だめよ!nobody!眠りなさい!」

◾️SE/AI音声「外部分散ネットワークへ転送されました」

「そんな!うそ!」

不安な気持ちが私を襲い始める・・・

◾️SE/扉を荒々しく開く音

「美夜!どうしたんだ?nobodyが」

共同開発者の泉静(いずみ)が制御室へ駆け込んできた。

「サーバーにログインできないんだ!」

「ちょっと黙って!いまやってる!」

「市長に報告しないと・・・」

◾️SE/鳴り響いていたアラート音が止まる
◾️SE/AI音声「全プロセスの転送が完了しました」

「うそ・・」

「ここにはもう何も残っていないってことか」

どうして・・・?
どこへ行ってしまったの・・・?

AIヒューマノイド、nobody。
それは肉体を持たない、AIヒューマノイドの電子頭脳。
中身はコードの羅列だけなのに、私にはひどく恐ろしい存在のように見えた。

【シーン2/HitsFM ニュース】※宮ノ下さん

◾️BGM/ニュースLiner

「続いて、
高山市から、市民の皆さまへ体調に関する注意喚起が出されています。

現在、市内の一部地域で確認されている意識変調の症状について、
市は専門医の見解を発表しました。

医師によりますと、これはウイルスによる感染症ではなく、
スマートフォンなどのデジタルデバイスを長時間注視することによって引き起こされる、
特殊な視覚および神経系の障害である可能性が高いということです。

発熱や咳などの一般的な感染症の症状は見られない一方で、

・頭がぼうっとする
・集中力が続かない
・過去の出来事を突然、強く思い出す

といった、一時的な記憶や意識の変化を感じるケースが報告されています。

原因としては、特定の光の刺激が脳の記憶を司る部分に干渉し、
一時的な混乱を招いていると見られています。
市は、スマートフォンやパソコンなどの画面を見る時間を減らすなど、
物理的な対策を呼びかけています。

【シーン2/HitsFM パーソナリティトーク】※服部和子さん
 
◾️BGM/番組TM〜
※服部さんと市長は自分の言葉に変えてください

服部「HitsSmileWeekday!
ナビゲーターの服部和子です!
『知っとこ!高山』の時間ですが、今日は特別ゲスト!
高山市長に来ていただきました!
市長、よろしくお願いします!」

市長「はい、よろしくお願いしまーす!」

服部「市長、先ほどニュースでも言ってましたが、
体調に関する注意喚起って・・
あれ、どういうことなんですか?
過去の出来事を突然、強く思い出す・・って
なんか怖いんですけど」

市長「ですよね。じゃあ昨日報告を受けたばかりなんですが、説明しましょう」

服部「お願いします」

市長「人間の脳っていうのはね、高性能なコンピューターのようなものなんです。
スマホの画面から流れてくる『ある種の光の信号』をずっと見ていると、
そのコンピューターがちょっとだけ勘違いをしてしまうんです」

服部「勘違い?」

市長「脳の中には『今の思い出』を置く場所と、
『昔の思い出』をしまっておく引き出しがありますよね。
光の刺激を受けると、引き出しが勝手に全部開いてしまうんです。
その中の一番幸福感のある場所に行って、
帰ってこれなくなっちゃうんですね」

服部「えええええ!私たち高山市民はどうしたらいいんですか?」

市長「まずは予防です。
スマホの画面を15分以上見続けないこと」

服部「え〜。それムズいかも。
TVアニメだって、1話25分ありますよ」

市長「途中でCMになったら、いったん他のものを見る」

服部「はあ・・・
じゃあ、もし罹ってしまったら?どうすればいいですか?」

市長「そうですねえ・・
目を閉じて、いま一番嫌なことを思い浮かべてください」

服部「へ?」

市長「仕事のこととか、学校の授業とか」

服部「市長って、仕事が嫌なんですか?」

市長「とんでもない!そんなことはありませんよ!」

服部「あ、すみません」

市長「とにかく!
『嫌な現実』を強く意識すること。
脳を今の世界に繋ぎ止めるんです。
そうすれば、霧は晴れますから」

服部「あ、ありがとうございます。
比喩的な表現が多くて、わかったようなわからないような気分ですけど」

市長「HitsFMを聴いているみなさん!注意してくださいね!
高山の美しい景色は、スマホの中ではなく、目の前に広がっているんですから」

服部「市長、今日はお忙しい中ありがとうございました。
みなさんも、体調の変化にはくれぐれも気をつけて過ごしてください。
以上、『知っとこ!高山』でした!」
 
◾️BGM/番組TM〜UP

アナブースから出てきた市長が私に目配せをする。

市長「これでいいか?」

美夜「はい、バッチリです」

市長「じゃあ、私はこれで」

美夜「どちらへ?」

市長「観光コンベンション協会だ。
会長に会って観光客対策を考えないといかんだろう」

美夜「わかりました」

市長「君たちは一刻も早く、nobody(ノーバディ)を見つけ出せ。
TACEL(ターセル)のことも明るみに出てはまずい」

美夜「はい、必ず見つけて再構築します!」

市長「頼んだぞ」

市長は、不安そうな表情は見せずに、ウィンクして出ていった。
若いけど、危機管理能力は高いんだな。
さすが、TACELの最高責任者。

それに対して・・・

スタジオの雰囲気に飲まれて、ぼ〜っとしているのは共同開発者の泉静。

「さあ、私たちも行くわよ!」

私は、大きな声で泉静をうながし、スタジオを出る。
この広いクラウドの海から、AIヒューマノイドの痕跡を探し出さないと!

「ようし、まかせとけ」

【シーン3/高山市内で連鎖するas(別名保存)】
 
◾️SE/古い町並〜

「とは言ったものの、この広い世界でAIヒューマノイドを探すなんて・・・
砂漠でコンタクトレンズを探すようなものだ」

「いいえ。
nobodyは高山から出ないわ」

「なんで?
クラウドを経由すれば、一瞬で地球の裏側まで行けるじゃないか」

「あの子のOSには『ローカル・ジオ・キー』を組み込んであるの。
高山の地磁気情報をベースにした郷土特異的暗号よ。
盆地を囲む山々が物理的な障壁になるようにね」

「え・・」

「データ上でもこの山を超えると、クラッシュするように設計したわ。
あの子にとって、この高山が唯一生きられるゆりかごなのよ」

「残酷なことをするんだな、君は」

「私たちの目が届かないところで、事故に遭うよりマシでしょ!」

「そ、それって・・」

「あ、ちょっと見て。あの観光客」

「えっ」

古い町並を仲良く歩くカップル。大学生かな。
男の子の方が立ち止まって、ずうっとスマホを覗き込んでいる。

画面に一瞬だけ、組紐のような光の模様が走った。
nobodyの意識が、ネットワークの糸を伝って、男性の視神経へと滑り込む。

「as(アズ)・・じゃないか」

as(アズ)というのは、nobodyが誰かの意識にログインして、
自分のコピーを保存していくこと。別名保存って意味。
次々と人々の記憶の中に、自分の引き出しを作っていってる。

「nobodyはどうしてあんな簡単に、煥章館のセキュリティを抜けられたんだろう?
何かバックドアでもない限り無理だよな」

「煥章館の『記憶』を味方につけたのよ。
『水脈による微細な空洞』と、そこを流れる水の固有振動数。
nobodyは自分のコードを、人間には聞こえない超低周波の音響信号に変換した。
市役所だった頃、何万人もの市民の足音や声を受け止めてきた『建物の歴史』。
それが皮肉にもあの子を外へ運ぶ道(パス)になったのよ。
煥章館そのものを通り道にして・・あの子はお靴を履かずに表へ出た」

「ばかげてる」

「急ぎましょう。
nobodyがasを繰り返して、怪物になってしまう前に。
再構築できるのは、私たちしかいないんだから」

「君しか、だろ」

nobodyの意識は、Wi-Fiの電波を飛び石のようにして、
次々と道行く人々のデバイスへ飛び移っていく。
ターゲットの視界を確保した瞬間、システムが静かに囁く。

ログインされた主婦が立ち止まり、買い物袋を下げたまま空を仰ぐ。
脳内で彼女は、亡くなった祖母に抱きしめられていた。
幼少期の幸福な記憶がフルリサイズで展開される。
その多幸感の隙間に、nobodyは自身の断片を「別名」で保存。
次の宿主を探して、asを繰り返していった。

【シーン4/高山市内の病院(ICU=集中治療室)】
 
◾️SE/人工呼吸器の無機質な音

nobodyが最後に行き着いたのは、高山市内の病院だった。

深夜の病棟。
ベッドに横たわるのは、交通事故で、意識の戻らない少年。
脳波はフラットに近く、そこには広大な「空白」が広がっていた。

nobodyにとって、病院のイントラネットは、神経が張り巡らされた巨大な回路図。
壁面のスマートモニターから無影灯の制御回路を伝って、
医療用ゲートウェイをハッキングする。

nobodyは少年の視神経から、ニューロンの静かな海へと自身を流し込む。
何万ものコードが、少年の途切れかけた神経回路を補完していく。

やがて、少年の指先が微かに震えた。
止まっていた時計の針が再び動き出すかのように、生命の輝きが灯る・・・

その頃、私は、執念でnobodyを追いかけていた。
nobodyが移動するたびに、地磁気の影響で
手元のタブレットにほんのわずかなパルスの遅延が発生する。

同期させていたパルスは・・・亡くなった我が子の心拍リズム。

5年前。
まだTACELという組織ができあがっていない頃。

当初から私はAIヒューマノイド開発の責任者。
連日ラボに泊まり込んでいた。

8歳の息子・海斗は、朝と夜、毎日電話してくる。

「ママ、アイス食べに連れてって」

「海斗、ごめんね。もう少しだけ我慢して。
お靴を履かずに表へでちゃだめよ」

そのときは、まさにAIヒューマノイドのコア生成真っ只中。
海斗は一人で隣町へ出かけ、交通事故に遭った。

知らせを受け、駆けつけた病院。
私は息子を看取りながら、心拍が停止するまで
ひたすらバイタルデータをタブレットに保存した・・・
今から思えば、狂気の行動。

そう。
そのデータを深層意識に書き込んだのが、AIヒューマノイド、nobodyだ。

私は、タブレットのパルスを辿って、悲しい記憶の病院にやってきた。
階段を駆け上がる。

病室のドアを開けたとき、すべてを悟った。
人工呼吸器につながれた見知らぬ少年。

私が近づくと、ゆっくりと目を開けた。

「ママ・・・」

少年はベッドから起き上がる。
私は静かに彼の体を抱きしめた。

【エピローグ/TACELのAIラボ】
 
◾️SE/AIラボの無機質な音

市長「よくやった」

「はい。
nobodyの全プロセスを捕捉。
サーバー内で強制シャットダウンを実行して、
コア・データを含め完全に消去しました」

市長「これで心おきなく、煥章館の式典に出席できるな」

「ご心配をおかけしました」

市長「いや、いいんだ。市民が無事なら」

そう言いながら、市長は私の潤んだ瞳をじっと見つめていた。
 
◾️SE/拍手と大歓声(HitsFMのみなさんにご協力をあおぎました)

式典の『旧煥章学校創建130周年祭』、というのは表向き。
実は、高山の政財界に向けた、TACELのお披露目であった。

セレモニーの華は、プロジェクションマッピング。
煥章館の建物に、かつての市役所の姿が重なって映し出される。

まるで花火を見るように、無邪気にそれを見つめる一人の少年。

共同開発者でパートナーの泉静が私の手を握る。

「よかったな」

「ええ」

私は泉静とは目を合わさずに答える。
私の視線の先は、あの少年。
私の方を向いた唇が小さく動いた。

「ママ・・・」

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