「根古石」

昭和35年、御母衣ダム建設によって故郷を離れる少女・さくら。
高山で新しい生活を始めた彼女は、「根古石」と呼ばれる不思議な石と出会います。
毎夜続く悪夢。
古くから飛騨に伝わる伝説。
そして、姿を消した愛猫・サクラ――。
飛騨に実在する伝承「根古石」を題材に描く、切なくも恐ろしいジャパニーズホラー第二弾。
あなたは最後に待つ”猫の奇跡”を、どう受け止めますか。ぜひ最後までお楽しみください。

【ペルソナ】※舞台は昭和35年春/荘川村中野から高山市(現在の市街地)へ
・さくら(15歳/岩波あこ)=祖父母と暮らす荘川村中野から高山市の親戚の家へ
・こうめ(15歳/坂田月菜)=高山市内にある旅館の娘。実は密かに金森の血統を守ってきた旧家
・祖母(71歳/山﨑るい)=荘川村中野から親族の住む新淵へ
・七儺(岩波あこ)=さくらの夢に現れて苦しめる

【プロローグ:出会い】

◾️SE:村の中の環境音

「さくら・・
高山へ行っても元気でな。
しっかり勉強してこいよ」

祖母が目を潤ませて私を見送る。
祖父は何も言わず、寂しそうな顔をこちらに向けていた。

昭和35年。
1960年の春。

荘川村中野。
御母衣ダムの建設とともに、住人たちは引っ越しを始めた。

ある者は郡上八幡へ
あるものは名古屋へ
またあるものは東京へ・・

荘川や白川村へ残る者はごくわずかだった。

私はさくら。
ここ荘川村中野で、祖父母との3人暮らし。

祖父母は高齢を理由に遠くへは行かず、荘川村に残る決断をした。
今後は新淵にある親戚の家で世話になる。

本来なら私も一緒に新淵へ行くはずだった。
だが今年はちょうど、中学卒業。高校進学の年。

高山にある名門の進学校・神山高校へ行く。
入学試験はこの春。3月。
受験したときは、まさか受かるなんて思ってもみなかった。

何も考えずに受験したので、合格してからは大変。
祖父母は私のために、親戚中へ掛け合った。

結局決まったのは、高山の叔父の家。
県事務所近くの古民家に居候。
通学は自転車。
雪が降ったら大変そう。

そして、今日が入学式。
祖父母が見送る中野のバス停。

祖父は必死で泣くのを我慢してる。
潤んだ瞳を見ていると
嬉しさよりも寂しさが募る。

私にも、心配事がひとつ。

新しい生活のことじゃない。

実は引っ越しが決まってから、サクラの姿が見えなくなっちゃったんだ。

サクラ、っていうのは、うちで飼っている三毛猫。
私と同じ名前。
私が生まれる前からいたから、もうかなりおばあちゃんのはず。

祖父母は、新淵への引っ越しが決まった日、
”サクラをどうしよう?”ってすごく悩んでた。

聞くでもなく、私に抱かれたサクラは耳をそばだてていたけど・・

え?
まさか・・心配かけないために、自分で姿を消したの?

翌日から祖父母と私・3人で、必死にサクラを探しまわる。
でも結局、入学式の今日まで、その姿を目にすることはなかった。

時間になり、遠くからバスがやってくる。
そのとき・・・

◾️SE:ネコの鳴き声(ニャー)

「さくら?」

振り返ってもなにもない。
祖父も祖母も聞こえていないようだ。

やがて、乗合バスがバス停に到着。
私は後ろ髪を引かれながら、ステップを上がる。
庄川(しょうがわ)のせせらぎが雪解け水を運んでいた。

【シーン1:根古石】

◾️SE:高山陣屋の環境音

「じいちゃん、ばあちゃんがいつまでも元気でいられますように」

桜山八幡宮。
秋の高山祭の舞台。

神山高校からの帰り道、
私は宮川沿いの参道から、八幡さまへ。

祖父母のことを思って真剣にお祈りした。

私の大切な家族。
見送りのときの顔が頭から離れない。

私は、まるで神様に呼ばれるように、毎日参道脇に自転車を停める。
でも、お参りする理由はそれだけじゃない。

「サクラが無事でいますように」

私が生まれたときから一緒の猫、
サクラのことも、ずうっと心に引っかかっていた。

八幡さまでは本殿に参拝。
そのあとは江名子川(えなこがわ)のほとりへ。
秋葉さまの前で自転車を停め、小さく頭を下げる。

初夏の遊歩道は風が気持ちいい。
安川通(やすがわどおり)から上三之町を通って市役所へ。

中橋を渡れば飛騨県事務所。
ここから叔父さんの家までは自転車で5分もかからない。

このコース、ちょっと遠回りだけど、私のお気に入り。

どうして県事務所の前を通るかというと・・・
裏手に、『旧陣屋稲荷宮』っていうお稲荷さんがあるの。

そこで、ちょっとかわったものを発見したんだ。

『根古石』。

『根っこ』に『古い』に『石』と書く。

最初はなんなのかわからなかったけど。

先生に聞いたら、とっても悲しい伝説を教えてくれた。

それは江戸時代のお話。
 
郡代の娘が池のほとりで佇んでいると・・・
可愛がっていた猫が唸りながら着物の裾をくわえて離さない。
まるでその場から娘を引き離そうとするように。

それを見ていた郡代は、
「畜生の分際で無礼な!」
と、腰にさした刀を脱いて一刀両断。
一太刀で猫の首を撥ねてしまった。

猫の首はそのまま池のほとりの松の木へ。
必死の形相で、そこにいた大蛇に噛みつく。
娘を狙っていた大蛇は、喉を噛まれて息絶えていた。

郡代は自分の早とちりを悔やんで、手厚く供養。
稲荷宮(いなりのみや)を建て、その傍らに大きな石を据えて祀った。

そう。これは、命をかけてお姫様を守った飼い猫の話。

その猫を祀った石が『根古石』。

私はひどく感動した。
だから毎日ここへきて手を合わせている。

忠義ある猫の供養と同時に、

『サクラ、お願い。元気でいて!』

猫の話を聞くと、どうしてもサクラと重なっちゃう。
もしかしてサクラ、
引っ越しする私たちのお荷物にならないように
姿を消したんじゃ・・・

サクラ・・・
声が聞きたいよ・・サクラ・・・

【シーン2:悪夢】

◾️SE:高山陣屋の環境音

「おのれ〜!
よくもわしの命を奪ったな〜!
許さんぞ〜!」

「ハッ!」

また、あの夢だ。

このところ、毎晩見る悪夢。
恐ろしいもののけの夢。

大蛇のような体。
頭には大きなツノ。
耳まで裂けた口。
猫のようにギラギラ光る目・・・

猫・・・!?

まさか・・・まさか・・・
サクラ?

いや、そんなことはない。
絶対にありえない。

だけど、高山へ来てから、毎日この夢。

どうして・・・?

睡眠不足で勉強にも身が入らない。
明日から期末考査だというのに・・・。

【シーン3:ともだち】

◾️SE:教室のチャイム(No.261849)

「ねえ、ひょっとして徹夜〜?
目の下のクマ〜
勉強が好きなんだね」

「え・・あ・・・えっと・・・」

「こうめ。
私の名前よ」

「あ・・・こ、こうめさん・・・私は・・」

「さくらさん、でしょ?」

「あ・・・うん」

「よろしくね。
どうやって話しかけようかと思ってたの」

「・・・どうして?」

「あなた、帰るとき、いつも上三之町、通っていくでしょ」

「なんで知ってるの?」

「私の家も、そっちだから」

「そうなんだ」

「上三之町で旅館をやってるの。
江戸時代から続いてる、古〜い旅館」

「へえ〜」

「さくらさんも上三之町に住んでるの?」

「ううん。うちは県事務所からずっと南へ下ったとこ」

「え〜。じゃなんで?」

「あのへんの雰囲気が好きなんだ」

「そうなのね」

初めて言葉を交わしたのに、
私とこうめは旧友のように喋り続けた。

私が荘川出身だということ。
住んでいた村がダムに沈むこと。

私は高山へ来て初めて、自分のことを他人に話した。

こうめも自分のことを、あっけらかんと話してくれる。

こうめの家は、古くからの女系家族らしい。
代々婿養子を迎えて、血筋を絶やさないようにしていた。

「それから・・・これはあまり大きな声で言えないけど」

もったいぶって話しだしたのは・・・

「実はうち・・・陰陽師の血統なの」

「え・・・陰陽師って・・」
 
「そう・・・この世の闇と光、陰と陽のバランスを司る存在。
結界を張り、式神を使役し、牙をむく妖魔をあの世へ送り返す。
陰と陽、どちらにも属しながら、その境界を守り抜くのが私たち・陰陽師の宿命よ」

「す・・・すごい・・」

「うちは代々女系家族だって言ったじゃない」

「うん」

「穢れ(けがれ)を浄化する能力は、一族の女性にしか遺伝しないの。
うちがやってる『おもてなしの心』そのものが式神や結界を動かすエネルギー。
代々の女将はそれを仕切っているんだ」

「そ、そうなんだ・・・
でも、どうしてそれを私に話すの」

「ふふ・・・
あなたもう気づいてるんでしょ?」

「え・・・なに?」

「最近、あなたの周りで変なことが起きていること」

「あ・・・」

「さあ、今度はあなたの番よ。私、自分のこと打ち明けたんだから」

「う・・」

「その目の下のクマ、どうしたの?
日に日に黒くなっていくみたい」

「これは・・・」

「話して」

私も包み隠さずに話した。

学校帰りに毎日通る道。
桜山八幡宮。
秋葉神社。
小学校から市役所へ。
そして、お稲荷さんのことも。

「お稲荷さん?」

「うん。県事務所の裏手にある・・」

「ああ、あそこ」

「お稲荷さんと、不思議な石があるの・・」

「根古石?」

「知ってるんだ」

「そりゃ、私、陰陽師だもの。
根古石とあなたのクマが関係あるの?」

「わかんない。
でも、悪夢を見るのは、高山へ来てからずっとだから・・・
なにかが関係してるんだと思う」

「悪夢って?」

私はこうめに、毎晩見る悪夢のことも話した。

日に日にハッキリしてくるもののけの姿。

大蛇のような体。
般若のような牙。
光る目。
そして、鬼のようなツノ。

「鬼・・・?
ねえ、さくらさん。
あなた、七儺って知ってる?」

「しちな・・・?
なあに、それ?」

「むか〜し、江戸時代よりも前。
飛騨の民を苦しめた悪鬼よ」

「え・・・」

「そのときは、両面宿儺が退治してくれたんだけどね」

「両面宿儺・・・」

「なんか、いま聞いたもののけの姿形、
はるか昔の悪鬼を想像しちゃったの。
七儺だけじゃないよ。
根古石の伝説に出てくる大蛇だって」

「やだ、こわい・・・」

「ひょっとするとあなた、禍々しいモノに取り憑かれてたりして」

「いや、やめて!」

「こうして今日私と話したのは、何か意味があるのかも」

「意味?」

「だって、お互い胸の内を全部話したじゃない?
信じられないかもしれないけど、
私、陰陽師のことって、あなたにしか話してないのよ」

「うそでしょ・・どうして?」

「もう一回整理してみましょ」

こうして、私とこうめは、さらに詳しく話し合った。
期末考査の日は基本的に半ドン。
なのに家に帰ったのは夕方だった。

【シーン4:大団円】

◾️SE:黒電話の音(リーン)

「夜遅くにごめんなさい。
今から出てこれない?」

こうめから電話をもらったのは、その日の深夜。
いつものように寝られなくてお便所へいったあと。
廊下に置いてある黒電話が鳴る。

私は反射的に電話をとった。

よかった。誰も起きてこない。

「県事務所のお稲荷さんのところまで来て。
近くだから、歩いてでも来られるでしょ。
待ってるから」

私は、小さな声で、

「わかった」

とささやいて、電話を切った。

◾️SE:深夜に響き渡る足音/犬の遠吠え

深夜2時。草木も眠る丑三つ時。

靴音だけが不気味に響く。

お稲荷さんのところへ行くと、こうめが真剣な表情で立っていた。
手には短い木の枝を持っている。

「早かったわね」

「それは?」

「イチイの枝よ。
うちに代々伝わる魔除けの宝剣」

「すごい」

「じゃあ夜が明ける前に片付けるわよ。
まずは、誰かに見られないよう、結界を張る」

そういって、こうめは九字を切った。

「臨・兵・闘・者・皆・陣・烈・在・前!
(りん・ぴょう・とう・しゃ・かい・じん・れつ・ざい・ぜん)」

そのまま、陰陽道の呪文を唱える。

「東海の神、名は阿明(あめい)、西海の神、名は祝良(しゅくりょう)、
飛騨の地を騒がす古き怨念よ、陰陽師の血脈の前に、その正体を現せ」

「あっ、頭が・・・痛い!・・・う・・体が動かない!」

「さくら!?し、しまった!」

「おおおォォ・・・おのれ、郡代の末裔め・・・! よくも〜!」

「きさま!さくらの体を依代にしたな!?」

「我が名は七儺!」

「七儺!やはりきさまか!」

「最初に我を滅したのは、両面宿儺。
そのあとは大蛇に姿を変えて郡代の娘を狙ったが、
こしゃくな猫又と郡代めにまんまと屠られた。
貴様の家系はその郡代の家系。
今度こそ、お前たちの血を断つ」

「よくぞ突き止めたな。
わが祖先・郡代も元は陰陽師の家系。
そこまでわかっているなら説明不要だ。
受けてたとう」

「なんだ、それは!
そんな小枝で我に立ち向かおうというのか」

「小枝?きさまにはそう見えるのだな」

「なに!?」

「恐れよ!我が一閃を! 現れよ、魔を断つ名刀『正宗』!!」

「正宗だと!?」

「まずは大蛇の体から。
真っ二つにさせてもらおうぞ!
破邪!」

「ぐわ〜っ!
よ、よくも!
我の体を切り刻んでくれたな!」

「終わりだ!七儺!急々如律令(きゅうきゅう/にょ/りつりょう)!」

「ううううう!きさま!いいんだな!?依代もろとも地獄へ落ちても」

「なんだと!」

「さくらを道連れにして・・・」

◾️SE:ギャン!(猫の叫び声)

「なに・・・!?」

「サクラ!」

「おのれぇ〜!猫ごときに!
ぐ、ぐぐぐぐぐ〜!
む、無念なり!!」

「さくら!」

「さくら!大丈夫か!?すまない!」

「だ・・・大丈夫・・・」

「いまのは・・」

「サクラよ・・・サクラ。
はっきり声が聞こえたもの。
私を・・・助けてくれたんだ・・・」

「あ、あれは・・・」
私を抱き抱えたこうめの前で、根古石が光り輝いている。

「根古石が・・・」

「サクラ!
いかないで!サクラ!」

「今回もまた・・・猫に救われた、ということか」

光は根古石から天に向かってゆっくりと昇っていく。

◾️SE:猫の鳴き声

サクラ、ありがとう。

私を救って、サクラは天に召されていった。
夜の帳に東雲の気配が漂い始める。
コウメと私は、明けきらない星空をいつまでも眺めていた。

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