「なごり雪」

雪の東京駅、木綿のハンカチーフ、そして飛騨高山で出会った、もうひとつの春。

『木綿のハンカチーフ』のその後を描く静かな再生の物語・・・

【ペルソナ】
・さくら(23歳/CV:岩波あこ)=故郷・荘川で実家のそば農家を手伝っている
・リョウ(22歳/CV:岩波あこ)=東京で働くデザイナー。かつてはさくらの恋人
・ショウ(32歳/CV:岩波あこ)=仕事で高山へ引越してきた青年。見た目がリョウにそっくり

【「なごり雪」歌詞】
汽車を待つ君の横でぼくは時計を気にしてる
季節はずれの雪が降ってる
「東京で見る雪はこれが最後ね」とさみしそうに君がつぶやく
なごり雪も降る時を知り
ふざけすぎた 季節のあとで今春が来て 君はきれいになった
去年よりずっときれいになった
君が去ったホームに残り 落ちてはとける雪を見ていた
今 春が来て君はきれいになった 去年よりずっときれいになった

【シーン1:3月/東京駅でさくらを見送るリョウ】

■SE/東京駅の雑踏

「さくら・・・来てくれてありがとう」

「うん・・・
リョウ・・・もう行ってもいいよ」

「え・・・?」

「彼女・・・待ってるんでしょ。
さっきから時計、気にしてるから・・」

「あ、いや・・・ごめん・・・」

「今日は誘ってくれてありがとう。
よかったわ。
あなたがみんなにどれほど愛されているか・・
よくわかったし」

「そんなことはないよ・・・」

「あなたのパートナーにも会えたし・・・」

「ごめん・・・」

「そんな、謝らないで」

「ああ・・・ごめん」(※ぼそっと)

「電話もらったの・・・」

「え?」

「どうしても来てほしいって」

「うそ・・・」(※リョウは知らなくて驚く〜さくらは続きの言葉を待たずに)

「私に会いたかったんだって」

「あ・・・」

「リョウが好きだった人のことを知りたかった、って言われたわ」

「そ・・・」

「彼女、ごめんなさい、って謝ったのよ。私に」

「そんな・・・」

「素敵な人でよかったわ。
あなたにお似合い」

「そうだったんだ・・」

私は、潤んだ瞳を見られないように上を向く。
と・・・

「雪だ・・」

「東京にも雪が降るのね・・・」

「そうだよ・・」

「荘川じゃ毎日の風景なのに・・・」

「荘川の雪景色・・絶対に忘れないよ」

「私、東京で見る雪はきっとこれが最後だわ」

「さくら・・」

「じゃ、元気でね・・・」

「うん・・・さくらも・・」

「もう、結婚式とか、そういうのには呼ばないでね。
ふふ・・」

「わ、わかった・・・」

そのあとなにか言いかけたリョウに背を向けて、私はのぞみに乗り込む。

私は、さくら。
荘川でそばを育てている。

リョウは荘川にいるとき、大切なパートナーだった。
いまはデザイナーとして東京で働いている。

今日はリョウの新しい会社のお披露目パーティ。
まさか、私に招待状が届くなんて思いもしなかった。

今さらリョウの顔を見たって・・・

行くつもりなんてなかったから返事も出さなかったけど、
パーティの一週間前に電話が入った・・・

リョウの新しい会社の社長さん・・
っていうより、リョウのいまのパートナーから。

”さくらさんにはぜひ出てほしい”
って、なかば強引に、新幹線のチケットまで送られて。

迷いに迷ったけど、思い切って出かけた。
リョウへの思いにけじめをつけるために。

帰りの新幹線。
私の席は7号車の16番D。
ホームの窓側だったから、リョウは私の前までやってきた。

瞳を潤ませて、口の端(は)が歪んでる。

やだなあ。
そんなリョウが見たいわけじゃない。

口を開こうとすると、
リョウは、私の顔をまともに見られず、下を向く。

私は俯いたままのリョウに向かって
小さく”さようなら”と告げた。

新幹線が滑るように動き出す。
ホームに立つ彼の姿がゆっくりと後ろへ流れていく。

季節外れの雪は、窓に触れるたび、小さな雫になって消えていった。

【シーン2:新幹線の車内】

■SE/新幹線の車内音〜ぶつかる音

座席に深く身を沈め、ゆっくりと瞼を閉じる。

視界を閉ざした瞬間、
溜まっていた熱いものが、堰を切ったように溢れ出した。

私は立ち上がってデッキへ。

■SE/自動扉の音〜ぶつかる音

「あ!」

「すみません!」

下を向いたまま通路へと飛び出した私は、
通路にいた男性とまともにぶつかってしまった。

体の痛みをこらえて、顔をあげると・・・

「本当に申し訳ありません」

「いえ、こちらこそ不注意で・・」

と言いかけて、思わず息を飲む。

心配そうな表情で私の顔を覗き込む男性。
その雰囲気がリョウとそっくりだったから。

「お怪我はありませんか?」

よく見ると、全然違う顔。
でも、私を気遣う仕草も声も、リョウにひどく似ている。

「大丈夫ですか?」

二の句が継げない。
早くこの場から立ち去りたい。

小さくお辞儀をして席へ戻ろうとする私に・・

「待って」

後ろから声をかける彼。

そのとき彼が手にしていたのは、木綿のハンカチーフ。
私が、涙を拭うための・・

「あのこれ・・」

「す、捨ててください・・」

消え入るような声で返事をして、その場をあとにした。

思えば私、なんて失礼な態度をとってしまったんだろう。
悪いのは私の方なのに・・・

それでも、背中に感じる彼の視線には、責めるような感じはない。
気のせいか、本当に私を心配しているような、どこか暖かい空気を感じていた。

【シーン3:古い町並】

■SE/古い町並の雑踏・ざわめき

東京から戻って1週間。
寒ざらしそばの仕込みもひと段落ついた頃、お母さんが休みをくれた。
私があまり笑わなくなって、心配してたから。

結局、荘川支所前から路線バスに乗って高山駅へ。

久しぶりに古い町並を歩く。
平日だというのに、結構人の数は多い。

風情ある”和”の街角に飛び交う、いろんな国の言葉。
彼らから見たら、私も地元民。
道とか聴かれても、うまく答える自信はないけど。

軒を連ねる出格子の家並み。
造り酒屋の店先に吊るされた杉玉は
深みが増して落ち着いた緑色。

高山の町は、時を止めたような静謐な美しさを纏っている。

と、どこからか漂ってくる、香ばしい香り。
醤油が焼けたこの匂い、昔から大好きだったな。

匂いの方へ顔を向けたとき、ひとつの視線に吸い寄せられる。

「え・・・?」

少し驚いたような表情でじいっと私を見つめていたのは・・

リョウ!?

違う。
新幹線の・・彼。

小さくお辞儀をするその人を私は無視した。
踵を返し、急いで駅前のバスターミナルへ。

どうして?
どうして、私が逃げないといけないの?

まるで、リョウの幻影を追いかけているようで
自分のことが嫌いになりそうだから。
だけど、彼が追いかけてくる素振りは見えなかった。

【シーン4:高山駅前ターミナル】

■SE/バスターミナルの雑踏・ざわめき

ターミナルへ着いたとき。
荘川方面へ向かうバスは、ちょうど出たばかりだった。

しまった・・・
あと1時間30分待ちか・・・

仕方なく、駅前のお土産屋さんをぶらぶらする。
推しキャラがアクキーになっていた。
ひとつ購入。
早速かばんにつけてみる。

なんだかJKみたい。
でも、可愛いから。

落ちかけたテンションを少しだけ上げて、バスターミナルへ戻ると・・

「あ・・」

荘川方面のバス乗り場に、あの人が並んでいる。

回れ右して走り去ろうとする私の背中に、彼の声が突き刺さった。

「待って!」

「え・・」

彼は小走りで私の元へかけてくると・・

「あのう・・・
僕、何か失礼なことしましたでしょうか?
不注意でぶつかった件なら、もう一度謝罪します。
本当に申し訳ありませんでした!」

「そんな・・」

「どうぞ、バスに乗ってください。
僕は次のバスにしますから」

「次のって・・
1時間半も待つんですよ」

「え?」

「あなた、高山の人じゃないのね」

「はい、埼玉から来ました」

「そんな遠くから」

「実は僕、家具メーカーで働いているんです」

「はあ」

「でも、メーカーじゃなくて、家具職人になりたくて」

「へえ〜」

「全国の家具工房を見て回ってます。
大川とか、旭川とか」

「そうなんですか」

「で、最後がここ。高山」

「最後?」

「はい。だって高山といえば・・・”飛騨の匠”」

「ああ」

「結局、清見の家具工房に辿りついたんです」

「だからこのバスに・・」

「あ、でも大丈夫です。
僕、次のバスまで、もう少し高山の町を散策していますから」

「だめよ」

「え?」

「同じバスに乗ればいいじゃない」

「え・・」

「清見でしょ。
あなたが先に降りるんだし」

「いいんですか?」

「そんなに詳しくはないけれど、私が知ってる清見のことなら、教えてあげる」

「ありがとうございます!
あの、よろしければ自己紹介させてください。
僕はショウ。32歳。独身です」

そう言って、ショウは相好を崩し、穏やかに笑った。
真面目な顔で話す彼が可笑しくて、私もつい口角が上がる。

私はショウに向き合って、瞳を見つめた。

よく見ると、リョウとは全然違う。
人柄が滲み出るような温かな表情。

いつしか私の心まで解けていくようだった。

【シーン5:高山駅】

■SE/小鳥のさえずり〜駅舎の中の雑踏・ざわめき

「じゃあ、行ってきます」

高山駅。
朝9時36分の特急ひだ。

私はショウを見送る。

あのあと路線バスの中。
清見までの短い時間。
私たちは語り合った。

ショウは、木の香りが大好きなのだという。
だから、ヒノキの家具をこよなく愛する。
無垢材には耳を当てて呼吸の音を聞く。

考えないようにしてたけど・・・
”林業なんて絶対に継がない”
というリョウの言葉を思い出してしまう。

久しぶりに笑い合える時間。
私も自分のことをいっぱいお話した。

私が住んでいるのは荘川町の六厩(むまや)っていう集落。
飛騨でも一番気温が低いところよ。
そこで、荘川そばを作ってるの。

氷点下まで下がった清流に蕎麦の実を漬け込む作業。
水面に薄く張った氷を割り、素手で蕎麦の実を掬い上げる作業。
寒い、冷たい、っていうより、痛い、って感覚。

でもね、
透き通る水の中で洗われた蕎麦の実は、まるで真珠のような輝きを放つの。

ショウは目を輝かせて、私の話を聞いていた。

こんな話をしたのは、今までリョウ以外初めて。

そういえば私、リョウがいなくなってから、
メイクもせず、喜怒哀楽もなく、畑仕事ばかりしていた。
未来なんてなにも考えず、ただもくもくと。

でも今は違う。

清見の工房から荘川まで足を伸ばして、
私のもとへやってきたショウは、

「僕はこれからの人生、清見で飛騨の匠を目指す」
「いったん、埼玉へ帰るけど、春には戻ってくる」
「荘川に桜が咲いたら、また会ってもらえますか?」

「そんなの遅いわ」

「え?」

「荘川桜の開花は4月の後半よ。
すぐに夏そばの種まきが始まっちゃう」

「わ、わかりました!
じゃあ必ず3月中に・・」

慌てて言い直すショウを見ていると、つい笑いが止まらなくなる。

高山駅に始発列車がすべりこんできた。

「ああ、そういえばこれ、渡し忘れてました」

「え・・」

そう言ってショウが差し出したのは、木綿のハンカチーフ。

「新幹線に乗る時はずうっと持ってたんです。
もしあなたにもう一度会えたら、お返ししようと」

「もう必要ないわ」

「え・・」

そう言って、笑顔でハンカチを受け取り、丸めてポケットに入れる。

私の笑顔を見て、安心したショウは、名残惜しそうに私に手を差し出す。
私は躊躇なく、その手を力強く握り返した。

「本当に、待っていてください。
絶対、ここへ・・
高山へ、荘川へ戻ってきます」

「はい。
待ってます」

「行ってきます」

私は笑顔で彼を見送る。
特急ひだは、ショウと希望を乗せて旅立った。

ショウ。行ってらっしゃい。

あなたが帰ってくる日が今からもう待ち遠しい。

だって私・・・
私、春がくれば、もっと綺麗になる。
去年よりずっと、綺麗になってるわ。

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