#20「ホリデー/前編」

飛騨高山を舞台に描かれる、女性二人の“休日交換”の物語。
宮川朝市での偶然の出会いから、アプリ「ホリデーシェア」を通じて始まる不思議な体験。
薬膳カフェを営むよもぎが、荘川町で見つけた新しい風景と心の揺れをお楽しみください。

誰もが知っている場所にも、まだ知らない魅力がある。
近くて遠い荘川の風景を通じて、よもぎの心が少しずつ開かれていく姿を描きました。
次編では、さくらが朝日町を訪ねます。二人の物語は、思いがけない形で重なり合います。

【ペルソナ】

・よもぎ(28歳)=薬膳カフェのオーナー、芯の強い漢方薬剤師(CV=蓬坂えりか)
・さくら(28歳)=荘川の村芝居に出演、伝統芸能に興味ある静かな女性(CV=岩波あこ)
・朝市のおばちゃん(40歳くらい)=宮川朝市で花の苗を売る女性(CV=小椋美織)

<シーン1:高山市街地の宮川朝市から>

◾️朝市の雑踏

「よもぎちゃん!朝市くるのひさしぶりやな!まめやったか?」

「まめまめ!おばちゃんも元気やった?」

「今日は何さがしよる?」

「薬膳の材料でなんかいいの、ないかな、と思って」

「白花(しろばな)ラベンダー、あるで」

「ホント?やたっ!」

「苗やから、一株もってけ」

早起きして来てよかったわ〜、宮川の朝市。

3か月に1回くらい。

夏から秋へと向かうこの時期は、

体調を崩すお客さん、多いから。

市場にはあまり出回らない食材を、生産者から買いにくるの。

今日はラッキー。

花の苗売るおばちゃんに会えたし。

なんと白花(しろばな)ラベンダーにも出会えるなんて。

イングリッシュラベンダーの貴重な白花。

ハーブティーにすれば、香りだけで癒されそう。

アロマを抽出して、カウンセリングルームに置いとこうかな。

癒しを求めて朝日に来たお客さんもきっと喜ぶわ。

「すみません」

「はい、いらっしゃい」

「ヒマワリってありますか?」

季節外れの桜の花が私の前を横切った。

上品な檜の香りがかすかに漂う。

顔を上げると、

腰をかがめておばちゃんに話しかけているのは・・・

桜柄の清楚な浴衣を着た女性。

桜色のスーツケースを引いて・・観光客かしら。

薄紅色の帯も素敵。

「切り花かい?うちには切り花は置いてないわなあ。

もう少し待てば、陣屋の市が開(あ)くで。

あっちに確か切り花の店があったわ」

「そうですか・・ありがとうございます」

彼女は浴衣の裾をひるがえして、颯爽と歩いていく。

◾️遠ざかる足音

「まって」

「はい?」

「お花を探してるんですか?」

「ええ、そうですけど・・」

つい声をかけてしまった。

浴衣姿に見惚(みと)れてしまって、なんて言えない。

「今度・・お花を題材にしたお芝居をやるんです」

「お芝居?劇団の方ですか?」

「あ、そんなたいしたものじゃないです。

ただの趣味で・・」

「それで高山まで?」

「ええまあ・・・そんな感じ。

貴女(あなた)は?

さっきラベンダーを持ってらっしゃったみたいだけど」

「ええ、白花ラベンダー。

ハーブティーにしたり、入浴剤にするとリラックスできますよ」

「そうなんですか・・」

「はい。私、薬膳カフェをやっているので」

「まあ素敵。お似合いよ」

「ありがとう。このあと陣屋前の朝市へ行かれるんでしょ。

よければご一緒にいかがですか?」

「本当ですか?」

「私も見たいものがあったので」

「よろこんで」

私たちは肩を並べて宮川沿いを歩いた。

言い忘れてたけど、今日は私も浴衣姿。

蓬色の浴衣の裾には水芭蕉が咲いている。

まるで桜の花とよもぎの青葉が並んでいるような色合い。

でも、彼女はスーツケース。

私はショルダータイプの大きなトートバッグ。

少し厚手のキャンバス地に、ナチュラルレザーのワンポイント入り。

私だって、どう見ても観光客だ。はは。

たまに外国人観光客が振り返る。

せせらぎの音が気持ちいい。

<シーン2:よもぎのシェアハウスでアプリインストール>

◾️虫の声

シェアハウスへ帰ってから、朝市で買ったものをまとめてみた。

赤かぶは、すりおろしておろし汁に。

体を温める薬膳スープのアクセントになる。

朴葉の樹皮は漢方薬に。

丹生川のトマトは薬膳スープにもスムージーにもいいな。

荏胡麻(えごま)は、血液をサラサラにしてくれる。

あとは・・荘川のそばの実、か。

これは一緒に陣屋前朝市を見た彼女のセレクト。

素敵な女性だったから、つい聞いちゃったのよね。

高山の食材で何が一番いいと思う?って。

そしたら・・・荘川のそば。だって。

観光客目線じゃ、そんなに人気なのかしら。

朝日町(あさひちょう)のよもぎうどんだって負けずに美味しいのよ。

思わず、私なら朝日町のよもぎうどんかよもぎ餅かなあ、

なんて言い返しちゃった。

大人気ないなあ。

ま、いっか。

それより、明日からのメニューを考えるのがたいへん。

楽しいけど!

◾️LINEの通知音

あ、観光協会からのLINEだ。

なになに?

新しいアプリを作りました?

へえ〜。

なになに?

高山市内10エリア在住の方限定アプリ「ホリデーシェア」?

”お金をかけずに高山市内をプチ旅して再発見しよう!”?

なんじゃ、それ?

要約するとこういうことなんだって。

高山市内に住んでいる人だけが使えるアプリ。

住んでいるエリア以外のエリアの人と、お部屋を交換してホリデーを楽しむ。

自分の部屋をゲストに最大1週間ショートステイしてもらう。

代わりにその間、自分はゲストのエリアでショートステイ。

女性は女性同士でお部屋を交換。

帰るときはお掃除をして帰る。

お互いのレビューは必須。

ふうん。

ワーキングホリデーとかエコツーリズムの市内版?

お金をかけずにプチ旅行できる、ってのはいいかも。

最近落ち着いてきたから、お試し、してみよっかなあ。

まずはインストールして・・・と

奥飛騨の温泉とか、たまにはいいかも〜。

<シーン3:よもぎ in 荘川(御母衣ダムからホリデーシェアへ)>

◾️小鳥のさえずり

「おっきなダム〜!水がキレイ〜!川の底まで見えるじゃん!」

結局アプリ上で、私のスケジュールと条件が合ったのは1件。

交換先は、奥飛騨温泉とは反対方向の荘川町だった。

朝日町から荘川町って意味ある〜?

って最初は思っちゃったけど。

実際に自分の目で見てみないとわかんないもんだわ。

2泊3日分の着替えを車に積んで、と。

市街地を抜けて、158号を西へ。

最初は魚帰りの滝(うおがえりのたき)。すっごい迫力。

川を上ってきた魚もこの滝は登れない。

だから魚帰りの滝・・・納得。

秋が深まると紅葉の名所なのね。

きれいだろうなあ・・・

ランチは一度食べてみたかった鶏(けい)ちゃん。

薬膳とは逆の世界線だけど・・・ん〜おいしい!

クセになりそう。

味噌ベースのタレ、分析してみよっと。

午後は荘川インターを越えてそのまま北へ。

一面に咲くそばの花。

そばは朝日でも見られるけど、また違った風情。

標高1,000メートルの風が気持ちいい。

冬はスキーもできるのね。

七間飛吊橋(しちけんとびつりばし)で車を止めて。

わぁ〜ダメダメ。下を見ちゃだめ。

ああ、「ひぐらし」の聖地なんだ・・そっちのが怖いかも。

そのまま156号を北へ。

庄川(しょうがわ)がだんだん大きな流れになっていくと・・

見えた。

荘川桜公園。

こんな大きくて高齢の桜を2本も移植させたなんて・・・

桜の前でもう一度ボイスドラマ、聴いてみようかな・・・

そしてもう少しだけ走ると・・・

御母衣(みぼろ)ダム!

すごいなあ。宇宙空間のような大迫力の存在感。

五感に響く水の音。

ずうっといつまでも聴いていたい。

今回は2泊3日の荘川プチ旅行。

いや、1日で詰め込みすぎでしょ、私。

シェアするおうちは、ここから逆方向の荘川インター方面へ。

集落の中にある一軒家。

え?一軒家?

そういえば、何にも気にしなかったけど、

お相手の女性=アプリでは”ホスト”って呼ぶんだけど、

一軒家に一人暮らしなの?

小さいけどお洒落な平屋の一軒家。

市街地の観光協会で鍵を預かってきたから・・・

◾️開錠する音「カチャ」

おじゃましま〜す・・

入口の電気を点けると、スリッパの上にお手紙!

”ようこそ荘川へ!

短い滞在ですが、荘川の良さをじっくり味わってくださいね!”

短いけど心のこもった文章が、美しい筆跡で書かれていた。

ホストの名前はさくらさん。

挨拶文のメッセージだけじゃなくて、

もう一枚のメモには、さくらさんのオススメのスポットがいくつか。

可愛らしいイラストと一緒に書かれてあった。

へえ〜。

吊り橋の手前には美術館があったんだ。

あの建物なんだろうって思いながらスルーしちゃった。

有名どころは初日にしっかり見たから

明日からはオススメの場所に、行ってみよう。

ふと私、考えてみる。

シェアハウスのお部屋に残したメモ、

こんなに丁寧に書いてこなかったよなあ・・・

朝日町じゃ”ゲスト”の彼女、ごめんなさい・・・

<シーン4:よもぎ in 荘川(最終日)>

◾️小鳥のさえずり

最終日。

彼女のオススメの最後は・・・荘川そば!

そういえば、朝市であったあの女性が、

高山の食材で一番、って言ってたっけ。

そりゃ、こんなに水のきれいな町でできるそばだもん。

美味しくないはずがないよ。

朝日も負けてないけど。

158号を走って、さくらさんがイチオシのお店に入る。

わさびが本物だ!

おにおろしで擦ると、いい香りがつーんとする。

少しだけそばにつけてそのままひと口。

そばの甘み。喉ごしの清涼感。コシの強さ。

確かに”一番”って言うのもわかるわ〜。

ここはさくらさんの顔を立てて、潔く一番を譲ろう。

ランチのセットについてくる、かやくご飯も絶品だったしね。

ごちそうさま。

私は荘川そばを食べたあと、帰路に着く前にレビューを書いた。

思ったままの感動を言葉にして。

それは最高級の賛辞だったと思う。

あ、朝日のゲストはどうだったんだろう。

期待と不安が入り混じった気持ち。

なんか、こういうアプリもいいもんだなあ。

だって高山市って東京都と同じくらい広いんだもん。

その中を行き来するのって、十分小旅行。

きっと知らないとこがいっぱいあるはずだから。

すっごく充実した3日間だった。

<シーン5:よもぎ in 朝日(薬膳カフェ)>

◾️小鳥のさえずり

1時間30分かけて帰った朝日町のシェアハウス。

部屋の扉を開けると、スリッパの上に小さな手紙。

見慣れた美しい筆跡で、素敵な文章が綴られていた。

『短い滞在ですが、お世話になりました。

今まで近くて遠かった朝日町。

実際に訪れて、滞在して、その魅力を体験できて、嬉しいです。

いろいろな顔を持つ三ツ滝。

八百比丘尼(やおびくに)の伝説が生きる美女が池。

標高1,300メートルの鈴蘭高原。

実際に朝日町を訪ねる前は、

標高とか名所とか食べ物とか、荘川に似ている町と思っていました。

でも、実際に朝日へ来て、その目で見て、体験してみると

荘川とはまったく違った魅力があり、本当に素敵でした。

最終日にお邪魔したカフェ「よもぎ」の薬膳ランチ、最高でした。

リピーターになりたいです!

朝日町へはまた再訪したいと強く思います。

よもぎ様も、ぜひ荘川へもう一度いらしてください。

紅葉の時期でも、スキーの季節でも。

ちなみに、もう日がありませんが、

9月14日、村芝居が奉納されます。

実は私も参加いたします。

万が一、お時間が許されましたら、足をお運びいただけると幸いです。

とはいえ、決してご無理はなされませんように。

いつか必ず、お目にかかれることをお祈りしております。

この度は貴重な体験をさせていただき、ありがとうございました』

よかった。

喜んでいただけたんだ。

カフェよもぎへも行ってくれたのね。嬉しい。

こちらこそ、素敵な体験をありがとう。

私は勝手に頭の中で、

淡い桜色の着物に身を包んだ、荘川桜の妖精を想像していた。

<シーン6:再会 in 荘川(荘川神社)>

◾️村芝居の音

「恋心 いつか実りと 信じてた

あなたの夢なら 私の命は いらないと

秋の桔梗(ききょう)に  変わって咲くわ!」

大見得を切ったあと、最前列で目が合った彼女は、

小さく私にウインクをする。

ひと足早い秋が、荘川と朝日に訪れていた。

「花は散れども、この心、宿る想いは散りはせぬ。秋の夜空に、今一度咲く!」

荘川に秋を告げる奉納村芝居。

数少ない農村娯楽の一つとして、地域の若者たちが人情時代劇を演じる。

今年は一風変わった演目で、江戸の夜に現れる花の精たちの物語。

芝居の中で桜の精を演じているのが、私を招いてくれたホスト。

その顔を見て・・・驚いた!

宮川の朝市で出会った、あの桜柄の浴衣の彼女!

観光客じゃなかったんだ!

今宵はさらに艶やかに、淡い桜色の着物に身を包んだ、荘川桜の妖精。

私が想像していた、妖艶な姿と寸分変わらぬ艶やかさ。

「春を待たず、今宵ここに咲く花は、そなたが笑顔を守る、いと美しき桜吹雪!!」

大見得を切ったあと、最前列で目が合った彼女は、

小さく私にウインクをする。

ひと足早い秋が、荘川と朝日に訪れていた。

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!