#19「ハッピーアグリーデイ!」

春の出会いが、夏の実りへとつながっていく。
これは、飛騨高山・国府町で生まれた、もうひとつの“ももの物語”。

『桃花流水〜夢に咲く花』の続編、ボイスドラマ『ハッピーアグリーデイ!』では、収穫の季節を迎えた飛騨桃の果樹園を舞台に、ももと農家のおじいちゃん・おばあちゃんの心あたたまる交流が描かれます。

農作業を通して生まれる絆、季節のうつろい、そしてラストに訪れる小さな奇跡──
“もも”がどこから来たのか、彼女が運んできたものは何だったのか。
国府町の風景とともに、優しい余韻に浸ってください。

物語は「ヒダテン!Hit’s Me Up!」公式サイトをはじめ、Spotify、Amazon、Apple Podcastなど各種プラットフォームで配信中。
小説として「小説家になろう」でも読むことができます。

🔊出演:高松志帆/日比野正裕/桑木栄美里

[シーン1:7月末/収穫の始まり】

<飛騨もものモノローグ>

むかしむかし。

飛騨の国府(こくふ)という町に、おじいさんとおばあさんが住んでいました。

おじいさんは山へ芝刈りに・・

じゃなくて、自分の果樹園に桃の収穫に出かけました。

ではおばあさんは?

川へ洗濯へ・・

行きたかったのですが、腰を痛めたおじいさんと一緒に

果樹園へ出かけていったのです・・

■SE/ニイニイゼミの鳴き声(初夏のセミ)

<おばあさん> 

『今年はほんとにあっついなあ、おじいさん。

まだ7月やっていうのに』

おじいさんは目で返事をします。

あたり一面に漂う、うっすらと甘い香り。

2人は籠を片手に、丁寧に桃を摘み取っていきます。

低いところに実った桃はおばあさん、

高いところに実った桃を獲るのはおじいさんの役目ですが・・

獲ったあと痛くて腰をかがめないので、大変そう。

『おじいさん、すごい汗やな。大丈夫か』

『ああ、だいじょう・・・うう』

大丈夫じゃなかった。

熱中症。

そりゃこの暑さだもの。

仕方ないけど。

力の抜けたおじいさんをおばあさん1人で家まで連れていくのは大変でした。

家に着いて、おじいさんを寝かせ、ひと息ついたところで、おばあさんもぐったり。

『残りの収穫はもう明日以降でいいやな。熟してまってもしょうがない。

わしまで倒れたらどもならん』

しばらく休んだあと、よっこらしょ、と立ち上がり、お勝手へ。

一服しようと、お茶を沸かしているときでした。

『こんにちは』

『ん?誰かいな』

『あの・・夏休みで高山へ遊びにきた大学生です』

『ほうほう』

『もも、と申します』

『もも!?

そりゃそりゃ、めんこい名前やわ』

『こちらの農園の方ですか?』

『ああ。うちには、わしとおじいさんと、2人しかおらんで』

『ほかには?お子さんとかいないんですか?」

『おらん。息子は30年前、高校生のとき家を飛び出して東京へ行ったわ。

それきり音沙汰もない。

よっぽど、畑仕事が嫌やったんやろなあ』

「そうなの・・・

実は、飛騨ももの収穫体験をさせていただこうとお邪魔したのですが』

『収穫体験?桃の?』

『はい、グリーンツーリズムで』

『なんやて?グリーン・・・』

『グリーンツーリズムです。

農業体験をしながら農家へ泊まらせていただくこと』

『そんなもんがあるんかい?そりゃしらなんだ』

『でも、やってるとこ、どこもいっぱいなんですって」

それであのう・・・申し訳ありませんが・・・

よければ、収穫のお手伝いをしながらこちらに泊めていただけませんか?』

『なに?うちに?』

『あ、いきなりごめんなさい。

もちろん、宿泊代はお支払いします』

『いやいや、お金なんていらんやさ。

それよりこんな汚いとこに泊まらんでも』

『きれいじゃないですか、埃ひとつない』

『布団も煎餅布団しかないし』

『そんなの関係ありません。

飛騨ももの収穫を手伝わせてください!』

『いやあ、ちょうどおじいさんが熱中症で倒れてしまってな。

しばらく作業を休もうかと思ってたんや』

『そんな。桃が熟しちゃう』

『そうやな』

『私じゃ全然お役に立てないけど、

これも何かの縁だと思いませんか』

『う〜ん・・』

『私、こう見えても、立ち仕事には慣れてるんです』

『でもなあ・・』

『ヘバったり、泣き言言ったりしません』

『そうか・・』

『お願いします』

[シーン2:8月/真夏の収穫】

<飛騨もものモノローグ>

こうして、ももはおばあちゃんの農園で一緒に収穫をするようになりました。

セミの声もニイニイゼミからクマゼミへ。

真夏の太陽が桃畑に降り注ぎ、収穫も最盛期を迎えます。

■SE/クマゼミの鳴き声(盛夏のセミ)

『桃の実はな、赤くなって、まあるく膨らんできたら、収穫のサインなんや』

『へえ〜。私のほっぺみたい』

『ははは。そうやな。

それにしてもももちゃん、あんた桃の摘み方、ほんとに上手やなあ』

『ああ、ひとつずつ丁寧に摘んどる』

『そうですかあ。

一度やってみたかったんです』

『初めてとは思えんわ。

それにな、桃の実の扱いが、愛情たっぷりで・・・

ありがとうなあ』

『やだなあ、おばあちゃん。

桃が大好きなだけよ』

『そやな。そういえば、名前もももちゃんやもんなあ(笑)』

『ちがいない(笑)』

『そうそう』

『今日はもう籠いっぱいだから、ちょこっと早いけど

帰ろうか』

『はい』

『そうしようそうしよう』

『帰って、熟れた桃を食べようなあ。傷桃だけど』

『わあやったぁ!

おばあちゃん、傷桃も大切にしてくれるのが嬉しい』

『そうりゃそうや、みんな大事な子どもたちやからな』

『そやそや』

『おばあちゃんの子どもでよかった』

『なにを言うとる。ははは』

『ふふふ』『はっはっは』

■3人の笑い声

[シーン3:9月/夏の終わり】

<飛騨もものモノローグ>

お盆を過ぎると、夏の終わりを告げる風が吹き始めます。

最初2週間くらいの予定だった、ももの収穫体験は

8月が過ぎ、9月の声を聞いても続いていました。

この頃には、おじいさんの腰もゆっくりと快方へ向かっています。

おばあさんはときどき、午後になると、おじいさんを畑に残し、

いろんなところへももを連れていきました。

『せっかく国府へ来てくれたんだから、ええとこをいっぱい見といてほしいんや』

そういえば国府には、素敵な場所がいっぱいあるってこと

すっかり忘れていました。

■SE/ツクツクボウシの鳴き声(晩夏のセミ)

宇津江四十八滝。

頂上までは1時間くらいかかるけど、ゆっくりお話しながら登ればあっという間。

帰りは温泉にも入って。

こんな贅沢な時間、2人だけでいいのかしら。

そのあとで桜野公園のピーチロードへ。

なんて素敵な名前。

来年の春は、満開の桜も桃も、見てみたいな。

いまは、そばの花で、一面真っ白。

ロマンティック〜。

そうそう。

安国寺も忘れちゃだめよね。

私が大好きな民話。「安国寺のきつね小僧」。

何度聞いても、泣けてきちゃう。

お稲荷さんに行って手を合わせなきゃ。

■SE/ヒグラシの鳴き声(夕暮れのセミ)

[シーン4:10月/別れの日】

<飛騨もものモノローグ>

果樹園の収穫はももの手伝いもあって無事に終わり、

別れの日がやってきました。

『3か月か。長いようで短かったあ。

ももちゃん、本当に本当にありがとうなあ』

『ありがとう』

『こちらこそ、ホントに楽しかった』

『よかったらまたおいで』

『おいでおいで』


『今度はなんも手伝わんでもええで。

ただ、遊びにきんさい』

『うん。おばあちゃん、絶対また来る。

来年も収穫、手伝わせて』

『来年か・・・』

『来年・・・』

『約束よ』

『本当はこの農園も今年限りにするつもりやったんやさ』

『え・・?』

『そうなんや』

『でもな、おじいさんの腰もびっくりするほどよくなったし』

『うん!』

『でな』

『もう少しだけ、がんばってみようかなあ』

『そうだよ!だって、私、来年行くとこ、なくなったちゃうもん』

『またそういうことを言うて』

『本当だもん。

来年また、この畑の桃がピンクの花を咲かせて、

うっすらと桃の香りがしてきたら、そのとき私、また来るから』

『そうかい、そうかい』

『来てもらえるんかい』

『指切りげんまん!』

『ああ、よしよし』

『指切った!』

『来年・・またおいで』

『待っとるでな』

<飛騨もものエピローグ>

おじいちゃんおばあちゃんがももを送って、家に帰ってきたとき。

郵便屋さんが玄関に立っていました。

滅多にこない郵便に少し驚くおばあちゃん。

差出人のところを見ると、なんと音信不通だった息子の名前。

驚いて封をあけると、こう書かれていました。

息子の子ども、つまり孫が来年大学を卒業する。

大学は農業系の大学で、孫は農業をやりたいのだという。

おじいちゃんとおばあちゃんの果樹園で働きたいのだそうだ。

驚いて声が出ない老夫婦。

手紙を持ったまま目を閉じるおばあちゃんの頬に何かが触れた。

それは、季節はずれの桃の花びら。

ピンクの花が、希望を運んできてくれたのかもしれない。

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