『臥龍の記憶』はシリーズ初となる戦争をテーマにした物語。
終戦記念日を前に、1944年〜1947年の飛騨一之宮を舞台に描かれるのは、
出征を前にした青年と、その婚約者である少女の、一途で切ない恋の物語です。
ミオリを演じるのは、小椋美織さん。
カズヤを演じるのは、日比野正裕さん。
二人の演技が、臥龍桜の下に息づく”記憶”を、まるで今そこにあるかのように描き出します。
恋とは、信じること。
希望とは、待ち続けること。
そして、戦争とは、残酷なまでにそれを引き裂くもの。
彼らの言葉に、想いに、あなたの心もきっと揺さぶられるはずです。
ボイスドラマは、Spotify・Apple Podcast・Amazon Music・YouTube など各種Podcastプラットフォームでも配信中!
「高山市」や「ヒダテン」で検索して、ぜひチャンネル登録&リスナー登録をお願いいたします。
あの日、桜の下で交わした約束が、いま、あなたの胸にも届きますように
【ペルソナ】※物語の時代は昭和19年〜22年
・ミオリ(17歳)=飛騨一ノ宮駅の東側にある実家で育った。一之宮尋常高等小学校を卒業後、高山の女学校に通う女学生。勉学に励み、将来は子どもたちに教える教師になることを夢見ている。真面目で一本気な性格だが、感受性豊かで、心の奥には繊細さも持ち合わせている。親が決めた許嫁であるカズヤとの関係に反発しつつも、どこか彼の不器用な優しさに気づいている(CV=小椋美織)
・カズヤ(19歳)=飛騨の林業を営む家に生まれた。家は飛騨一ノ宮駅の西側。幼い頃から木に親しみ、その温もりと力強さに魅せられ、いずれは家業を継ごうとは思うが、今は家具職人(匠)になりたいと思っている。1944年現在は高山市の家具工房で修行の身。寡黙だが、内に秘めた情熱と職人としての誇りを持つ。不器用ながらも、ミオリのことをいつも気にかけている(CV=日比野正裕)
【設定】
物語はすべて臥龍桜の下。定点描写で移りゆく戦況と揺れ動く2人の心を綴っていきます
※今回は朗読劇のスタイルで
【資料/飛騨一ノ宮観光協会】
http://hidamiya.com/spot/spot01
<第1幕:1944年3月5日/臥龍桜の下>
◾️SE:春の小鳥のさえずり
「冗談じゃないわ!
どうして私がカズヤと祝言(しゅうげん)あげなきゃいけないのよ!」
「親が決めたことだからしょうがないだろ。」
「情けないわね!あんた、それでも日本男子?
しっかりしなさい!」
「日本男子は関係ないだろうに」
「そうね、カズヤには関係ないかも。
だけど私には大あり」
「どういうことだ、ミオリ?」
「カズヤにはわかんないでしょうね。
でも私はね、花も恥じらう十七歳。
一之宮尋常高等小学校を卒業して、高山の女学校に通う学生なのよ」
「だからなんなんだ」
「あー、いや、ちょっと待って。
そういや、あなただって、林業を捨てて高山の工房で家具を作ってるじゃない」
「捨ててなどないぞ。
オレは別に父母の仕事を卑(いや)しめてはいない。ただ家具作りが・・」
「好きだからでしょ。
昔から手先が器用だったし」
「そ、そうだけど」
「こんなふたりが。
戦時中だというのにこんな好き勝手やってる男女がよ。
親が決めた許嫁と祝言なんて、まあなんて前時代的な話だこと。
いま何年だと思ってるの?昭和ももう19年よ。昭和19年。
明治時代じゃないんだから」
「ちょっと言い過ぎじゃないか」
「なんでよ」
「親が言っていることの意味も考えねばならんだろう。
戦局はますます激化していくこのご時世で」
「はあ?」
「厚生省が『結婚十訓』を発表したではないか」
「それがどうしたの?」
「『結婚十訓』第十条『産めよ殖(ふや)せよ国のため』」
「ばかばかしい」
「ばかばかしい?非国民かオマエは」
「非国民でけっこう」
「なに」
「だいたいカズヤと夫婦(めおと)になるなんて無理無理」
「ふん。こっちだって願い下げだ」
「あら。初めて意見が合ったじゃない」
「た、たしかにな」
「あゝせいせいした」
「なあ、ミオリ。
オマエ、ひょっとして・・・」
「なによ」
「いや、別に・・」
「言いなさいよ」
「ああ。ほかにいい人がいるのか・・」
「え・・」
「やっぱりそうか・・」
「な、なによ。悪い?
お慕いする方くらい、いたっていいでしょ」
「別にかまわんけど。オレだって・・・」
「へえ〜、カズヤにもいるんだ。そんな相手が」
「馬鹿にするな。こう見えてもモテるのだぞ」
※当時からあった言葉です
「馬鹿になんてしてない。
だってカズヤ、見た目だけはいいんだし」
「だけ、って・・失礼千万だな」
「じゃ、いいじゃない・・」
「うむ・・」
「ねえ、ようく見てみなさい。あそこ。飛騨一ノ宮駅のホーム」
「飛騨一ノ宮駅か・・」
「毎日毎日聞こえてくるわ。
出征兵士を見送る家族の、心で泣いてるバンザイと
供出された飛騨牛たちの、悲しそうな鳴き声」
「うむ」
「この臥龍桜だって」
「桜の季節はまだまだ先だがな」
「赤紙(あかがみ)手にした兵士と、家族や恋人が今生(こんじょう)の別れをしている」
「はるか彼方の戦地に送られて、思い出すのはやっぱりふるさとの桜じゃないかな」
「もう二度とこの桜に会えないからと、しっかりと目に焼き付けて」
「今日もこのあと壮行会があるらしいな」
「臥龍桜の下って、本当はもっと幸せな気持ちになれるはずなのに」
「・・・」
「それなのに銃後(じゅうご)の私たちだけ、のうのうと幸せになるのはいや」
「ミオリ、らしいな」
「高山線だって10年前に開通した時は、飛騨の夢と希望をのせていたのに。
いまじゃ、悲しみを乗せて走ってる」
「・・・」
結局、痴話喧嘩のような言い争いは中途半端に終わった。
1944年、昭和19年3月。
臥龍桜の蕾はまだまだ固く、一之宮の春は遠い。
戦局はますます悪化し、ニッポンは敗戦への道を歩み始めていた。
<第2幕:1944年4月7日/臥龍桜の下>
◾️SE:春の小鳥のさえずり
「ちょっとカズヤ。
なによ、急に呼び出して」
「すまん」
「そういえば1年前にもヘンな話で呼び出されたわね」
「ヘンな話じゃないだろう。祝言の話は・・・」
「十分ヘンな話よ」
「そうか・・・。
まあ、いいじゃないか。
ミオリの希望通り、ご破算(わさん)になったんだから」
「やあね。なんだか私がぶち壊したみたいじゃない」
「だってそうだろ」
「いいでしょ。あなただって、私なんかと夫婦(めおと)になるより
想い人と一緒になる方が」
「あ・・ああ・・・いいかもな」
「あ〜あ。ほら、見てよ。
今日もまた飛騨一ノ宮駅のホームに出征兵士が。
あんなにたくさんの人に見送られて。
あんなにたくさんの涙を背負って」
「そう・・だな」
「それよりもう、じれったいわね。なんの用なの?」
「いまから話すよ・・」
「カズヤんちは駅の西側だからスッと来れるけど、
うちは東側なんだから。
いちいち線路を渡ってここにこなきゃいけないのよ。
わかってるでしょ」
「すまない・・・」
「なに?なんか素直で気持ち悪い。
いつものカズヤじゃないみたい」
「実は・・・」
「うん」
「昨日・・・」
「うん」
「来たんだ・・・」
「え・・・」
「これ・・・」
「なによ、それ?」
「わかるだろう・・・赤紙だよ」
「えっ!」
「両親とはもう話した」
「そんな・・・」
「ミオリにもちゃんと伝えておこうと思って・・・」
「なんでカズヤがいかなきゃいけないの」
「え?あたりまえだろう。
日本国民なんだから」
「最低」
「すまない」
「なにをあやまってるのよ」
「いままで喧嘩ばっかりで・・・」
「出征はいつ?」
「1週間後だ」
「間に合わないじゃない」
「なにが?」
「臥龍桜よ。決まってるでしょ」
「しかたないさ・・」
「じゃあやめちゃいなさいよ。出征なんて」
「ばか。なんてこと言うんだ」
「ばかはあんたよ」
「・・」
※言いながら感情を抑えきれなくなるミオリ
「ばか・・・ばかばかばかばかばかばか・・ばか」
「すまない・・・おい、ミオリ!」
私は、我慢ができなくなってカズヤの元から駆け出した。
後方から私を止める声は聞こえてこない。
振り返らずに、線路を渡っていく。
ホームからは賑やかに出征兵士を送る歓声が聞こえてくる。
◾️SE:SLの切ない警笛
蒸気機関車の警笛が人々の悲しみを飲み込んでいく。
1945年、昭和20年4月7日。
臥龍桜の蕾は膨らみはじめ、開花の季節が近づいていた。
<第3幕:1944年4月14日/臥龍桜の下>
◾️SE:春の小鳥のさえずり
「臥龍桜・・・やっぱりまだか」
「カズヤ、いたの?」
「ああ、ミオリ、どうしたんだよ?
オレ、明日、出征なんだぞ」
「わかってる。だけどもう、時間がないじゃない・・」
「え?」
「どうしても聞いておきたいことと、伝えたいことがあるの」
「なんだ?」
「カズヤ、あんたどこへ出征していくの?」
「どこへ?まず、富山へ行って」
「富山・・・?」
「富山にある、部隊の兵舎さ。
そこで新兵訓練(しんぺいくんれん)を受けるんだ」
「そのあとは?」
「そのあと?どうだろう・・・南方戦線とかじゃないのかな」
※「南方」と聞いて途端に顔が曇るミオリ
「南方!?そんな・・そんな・・」
「日本にとって今もっとも重要な激戦地なんだから。
多分、そこへ・・」
※きっぱりと言い切るミオリ
「やっぱりカズヤ。行くのやめなさい」
「なにを言ってるんだ。無理に決まってるだろう」
「どうせ日本なんて負けるんだから。犬死になんてしないで!」
「しいっ!声が大きいよ。憲兵か特高に聞かれたらどうするんだ」
「かまやしないわ。本当のことなんだから。
刑務所送りなんて怖くない。いくらでも入ってやる。
戦場へ行かされるよりよっぽどマシ」
「・・・ミオリらしいな」
「なによ」
「いままでありがとうな」
「なにそれ?」
「幸せになれよ」
※顔を背けるミオリ
「は?」
「前に言ってた、オマエの想い人と添い遂げて」
「カズヤのばか」
「ばか?そうかもな」
「そんなの・・・ウソだもん」
「え・・・?」
※本当のことをカズヤに伝えて恥ずかしくなり、話を変えようとするミオリ
「あんたこそ、ちゃんと思いを伝えておきなさいよ。
いるんでしょ、付き合ってる人」
「いるわけ・・ないだろ」
※驚いて言葉がでないミオリ
「え・・・」
「ちょっと考えればわかるだろう。
オレのこと、誰よりわかっているのはミオリじゃないか」
「そんな・・・そんな・・・」
「そんなこと頭のいいミオリなら・・・」
「カズヤ」
「なんだよ?」
「祝言・・・挙げよ。いますぐ」
「ええっ!?」
「準備なんて、なんにもいらないから。
いま、ここで。
夫婦(めおと)になろう!
だって、ここは・・・
ここは、臥龍桜なのよ!
みんな、集まってくれているじゃない。私たちのために」
「ミオリ・・・」
※臥龍桜の元に集まっている見ず知らずの人たちに向かって叫ぶミオリ
「みなさん!
聞いてください!
私たち、いまからここで祝言を挙げます!
夫婦になります!
それであした、夫はここ、飛騨一ノ宮駅から出征していきます!」
◾️SE:思わず拍手が湧き上がる
「ありがとうございます!
ああ、そうだ・・・
ミオリに渡したいものがあったんだ」
「渡したいもの・・・」
「はい、これ。
木彫りのお守りだよ。
臥龍桜の下に落ちていた小枝を拾って彫ったんだ。
オレの最後の作品。
いいか。ミオリだけはこの先、なにがあっても生きてくれ」
「そんなのいらない」
「え?いらない?」
「お守りより、カズヤがいてほしい」
「無理だって。出征は明日なんだぞ。だから、これを・・」
「関係ない。ほしいのはお守りじゃない」
「たのむ。これをオレだと思って」
「・・・わかった。じゃあ、あなたももらって」
「なにを?」
「小刀貸して。
持ってるでしょ、家具職人なら」
「小刀?なにするんだ?」
「いいから心配しないで。ヘンなことは考えてないから」
「はい」
私はカズヤの切出小刀(きりだしこがたな)で自分の髪の毛を
先端15センチのところから切る。
「持っていって、これ。
お守りにして。
それ持ってどこへ送られようと、絶対に生きて帰って」
「生きて・・・?」
「戦場でなにがあっても、どんなことをしても生きて帰って」
「あ・・・ああ・・
帰る。生きて帰って、ミオリの元へ戻ってくる。(これたら)」
「約束だからね」
「ああ・・約束だ」
最後の言葉は、蒸気機関車の警笛に消されて聞こえなかった。
翌日。カズヤの出征。
私は見送りに行かなかった。
万歳三唱(ばんざいさんしょう)する人たちの群れに交わる気にはなれない。
臥龍桜の幹に隠れて、遠くから彼の出征を見守る。
1945年、昭和20年4月14日。
本当なら高山で山王祭(さんのうまつり)の祭囃子が町中をかけめぐる日。
当然、祭りなどこのご時世に開催されるはずもない。
例年より早く咲き始めた、艶やかな臥龍桜が、
私の悲しみを、淡い桜色に包んでいった。
<終幕:1947年4月14日/臥龍桜の下>
◾️SE:春の小鳥のさえずり
「カズヤ、おかえり」
「絶対、帰ってきてくれるって、信じてたわ」
「あなたを待っている2年間、毎日が本当に長くて、辛かった」
「見てよ、ほら。今年も臥龍桜は、こんなに早く咲いたのよ」
1947年、昭和22年4月15日。
私は臥龍桜から、飛騨一ノ宮駅のホームへ。
手にはカズヤの分身。木彫りのお守り。
「あのとき、お守りに渡した私の髪の毛。
ちゃんと最後まで持っててくれた?」
「一緒に・・いけたかな」
「そうそう。戦争が終わって2年経って、やっと開催されたのよ、山王祭」
「このあと、連れてってくれる?」
「私、とらやの草餅、食べたいな。
また売り出したんだって」
「三番叟(さんばそう)のからくりもみたい」
「さあ、そろそろ行きましょう」
1時間前。
一枚の紙がカズヤの実家に届いた。
そこに書かれていた文字は「戦死公報」。
そして、カズヤの名前。
カズヤのお母さんは、”こんな紙切れ1枚で・・”と言って泣き崩れる。
お父さんはそこに書かれた陸軍大臣の名前を見て
”こいつがカズヤを・・”と叫び、破り捨てようとした。
私の父が止めなければ、戦死公報は紙屑になっていただろう。
私はその光景を他人事(ひとごと)のように眺めていた。
カズヤが亡くなるはずはない。
だって、私と約束したんだもの。
必ず、生きて帰ってくるって。
私は、何も言わずに外へ出る。
後ろから家族の声が響いていた。
◾️SE:高山祭の祭囃子