「男装の麗人」

名君・金森長近から6代目、飛騨高山に生まれた金森家の若君・宮丸。その正体は、家を守るため男子として育てられた娘だった――。

本作『男装の麗人』は、江戸時代中期・元禄の世を舞台に、旗本として再興を果たした金森家の実在の歴史を背景に描かれたオリジナルボイスドラマです。

剣術に弓術、礼法に文才…「男子」として家を支える覚悟と、「女」としての心の揺れ。
高山から越前への雪深い旅、峠での出会い、そして運命の縁談。
家の誇りと、個人の幸せは両立できるのか――?

物語は、男装の少女・宮丸と、越前の姫・千代芳との間に芽生える”心を越える恋”へと展開します。
時代の制約と、自らの運命に抗う2人の選択とは。

飛騨と越前をつなぐ雪道に咲いた、もうひとつの愛と覚悟の物語。
今こそ聴いてほしい、心を打つ歴史恋愛ドラマです。

【ペルソナ】

・金森宮丸(15歳/CV:小椋美織)=金森頼興の娘。お家断絶を恐れた父が息子として育てる

・松平千代芳(16歳/CV:坂田月菜)=越前国藩主・松平吉邦の娘。金森家との縁談に迷っている

・金森頼興(28歳/43歳/CV:日比野正裕)=宮丸の父。お家復興の立役者だが世継ぎに悩む

【資料/金森氏の系図】

家系図探訪人
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【Webまんが/金森長近】

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[シーン1:出生】

■SE/赤ちゃんの泣き声

「お、おお!でかした!お、おのこじゃ!元気なおのこじゃ!」

私が生まれたとき、父上の第一声はこうだった。

だが!

ご覧の通り、私はおなごである。

まったく。

時は元禄。

名君とうたわれた金森長近から数えて6代目。

頼錦(よりかね)の世にひどい失政でなんと改易。

藩主の地位を失ってしまった。

なんとかお家復興をと奔走しているのが私の父、金森頼興(よりおき)。

その努力はまあ涙ぐましいものだった。

先代が無くした飛騨の庶民たちとの絆。

信頼関係を取り戻すために、毎朝みなと一緒に雪かきまでして。

そんな中で母上が懐妊。

お家断絶を覚悟していた金森家の者にとって、これ以上ない吉報だった。

まあ父上が、男児誕生と宣言したのも、気持ちはわかる。

しかし・・・

[シーン2:幼少期から元服へ】

■SE/剣術の音

私は武家の若君らしく、すくすくと成長していく。

男子としての教育を受け、剣術や礼法、弓術に明け暮れる毎日。

お家復興のために、日々厳しい修行に励む。

その姿は誰もが憧れる凛々しい若武者。

私自身もいつしか、オンナであることを忘れていった。

宮丸15歳、元服の日。

家中が正装し、屋敷の中庭にて烏帽子(えぼし)直しの儀を行った。

白歯(しらは=歯黒)を断ち、眉を剃り、髷(まげ)を月代(さかやき)に結う。

父・頼興が烏帽子を被せてくれたとき、不覚にも私の目には涙が潤んだ。

父の目には、歓喜の涙と映ったことだろう。

だが、心の中はまったく違う。

男子として祝ってもらうことはすなわち、

女性としての幸せを捨てることを意味しているのだ。

元服名として、私には宮丸(みやまる)という名が与えられた。


その年の暮れ。

突如持ち上がってきたのは、越前国(えちぜんのくに)の有力な大名家との縁組話。

越前には領地である白崎(しらさき)もある。

私は先方への顔見せのため、雪の中を旅立った。

[シーン3:越前国境にて】

■SE/吹雪の音

そろそろ越前国という頃合い。

木ノ芽峠(このめとうげ)にさしかかったとき、吹雪の音にまじって

微かに女性の悲鳴が聴こえてきた。

『だれか!お助けを!』

それは猛吹雪のなか、山賊の集団に襲われている女性とその一行。

護衛の侍はすでに倒され、地面に伏して事切れている。

侍女が女性の前に立ちはだかるも、山賊の頭は余裕の笑顔で近づいていく。

獣臭が抜けきらない毛皮を身にまとい、下卑た笑みをたたえながら。

その後ろでは、手下たちが同じように笑いながら立っていた。

山賊の頭が侍女に手をかけた瞬間。

後方に不穏な動きを感じて振り返ると、

頭の目に映ったのは・・

一瞬で地面に倒れた手下たち。赤く染まる地面。

私は山賊たち全員を1人で斬り倒した。

そのまま刀を持つ手を踏みつけて、頭を睨みつける。

『なんだぁ、きさまは!?』

名乗る前に、襲いかかる頭を一刀両断で斬り伏せる。

■SE/刀で斬りつける音

「飛騨の宮丸・・と、申す」

地面に倒れた頭の亡骸に向かって言葉をかけた。

それを見ていた女性は、侍女をおしのけて私に近寄ってくる。

「ありがとうございます」

「お怪我はありませんか?」

「大丈夫です。でも護衛のものが・・」

「残念なことをしました。間に合わなくて申し訳ありません。

さぞ無念なことであったであろう。

彼はひとまずこの場で埋葬して、あなたは家に戻りなさい」

「はい」

「急ぎますので、私どもはこれで」

「あの」

「はい」

「お礼を・・」

「礼にはおよびません。武道をたしなむ者としては当然のことをしたまで」

「そんな」

「道中お気をつけて」

なにか言いたげな彼女の瞳を背に、私は国境の峠へと急いだ。

[シーン4:加賀の温泉】

越前国での顔見せは、上々だった。

藩主は快く私を迎え、手厚くもてなす。

筆頭家老が私に向かって、牽制の言葉を発した。

「お若いとはいえ、剣の鍛錬は見事との噂。

まさにご先祖・長近公(ながちかこう)の血でしょうな」

「恐れ入ります。されど、家名の誇りだけでは飛騨の民は守れませぬ」

松平吉邦の家臣の中からは

「金森家は再興とはいえ旗本。格が違う」と冷ややかな視線も感じていた。

ふん。顔見せの宴などというものはこんなものだろう。

縁談相手の姫が病気療養中で顔を出さなかったのは気掛かりだけど。

まあよい。

どうせ、かりそめの相手。心も体も距離は遠いほど都合がよい。

帰りの道中で隣国の加賀へ行き、温泉で休むよう進言してくれた。

心遣いに感謝し、加賀の温泉へ。

■SE/温泉の音

お供の家臣たちがあがったあと、私はゆっくりと湯につかる。

ああ。

体の芯まで温まる・・・

あまりの心地よさに露天で少しまどろんでしまったようだ。

気がつくと、湯煙の向こうに人がいる。

はっ。

とっさに手拭いで身を隠し、湯船からでた。

向こうの姿ははっきりとは見えなかったが、どうやら女性だったようだ。

まさか、見られたか・・・

まあ、問題なかろう。

市井のものに私が女だと知れても。

表では雪の中、供回り(ともまわり)の者らが、湯屋の外で馬の手綱を預かっていた。

[シーン 5:飛騨国金森家】

■SE/正月を迎える雑踏

高山城の跡地を見渡せる城下町。

金森の屋敷から、高山城がよく見える。

いまや主なき城となってしまったが、この元禄の世でも飛騨の象徴的な存在だ。

政(まつりごと)の場としての役目は終え、代官所の建設が進む。

それでも、石垣も門も、まるで時を忘れたようにそびえていた。

街は正月の準備に追われ、みなが慌ただしく動き回っている。

私は、家臣とともに城下町の雪かきを手伝う。

『昔の殿様の頃はこんなことしてはくれなかったんやさ』

領民の老婆から声をかけられ、笑顔で返す。

そんな年末のある日、越前国から飛騨へ使者が訪れた。

今回の縁談を正式に進めたいのだという。

なんと。

顔も合わせていないというのに、いいのであろうか。

家臣たちから聞いた噂では、使者が持ってきた書状に

私のことがこまかに書かれていたらしい。

武威(ぶい)すぐれ、文才(ぶんさい)並びなく、領民とも心を通わせている・・?

こんなもの、ただの世辞ではないか。

私の心配をよそに、使者が帰ると、入れ替わりのように

縁談の相手、越前国の姫がやってきた。

「よろしくお願い申し上げます」

その顔を見た瞬間、私は思わず息をのんだ。

忘れようもない。

あのとき、木ノ芽峠で山賊に襲われていたおなご!

「越前国藩主・松平吉邦(まつだいら よしくに)が娘、千代芳(ちよか)と申します」

驚いて二の句が継げない私に、

「その節は、あぶないところをお救いいただき、ありがとうございました」

「そ、そなたは・・」

「わたくし、少人数でふらっと旅に出ておりましたので」

「そうであったか・・」

「あのあと、わたくし・・・」

「ま、まて。

みなのもの、席をはずされよ。

拙者と姫だけにしてもらえぬか」

姫のお付きの者も、私の家来も、周りから誰もいなくなる。

「私、あなたさまのことを考えると夜も寝られず・・」

「あの、千代芳どの・・

そなたには伝えておかねばならぬことがある。

実は、拙者は・・」

「わかっております」

「え?」

「加賀の温泉でもご一緒でしたもの」

「なん・・・だと」

「おのこであろうと、おなごであろうと

私がお慕いもうす方には変わりありません」

「しかし、拙者はおんな・・」

「それがどうしたと言うのですか?

私はもう決めたのです。

生涯をともにするのは、この世でただひとり。あなたさま」

「しかし、世継ぎも生まれぬのだぞ」

「子供なんて養子縁組でもなんでもすればいいじゃないですか。

何とかなるでしょう」

姫の迫力に圧倒されて、私は言葉を失っていった。

千代芳に背を向け、もういちど、じっくりと自分の気持ちを考えてみる。

金森のお家復興という話はおいといて。

この姫、千代芳に対する私の気持ち。

それは・・・

いや。決していい加減な思いではない。

「私のこと、おいやですか?」

「いや、その逆だ」

「わかさま!」

瞳をうるわす千代芳の肩を抱き、庭へいざなう。

見上げる視線の先。

あるじのいない高山城に夕陽がさしこんでいた・・・

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