桜が舞うこの季節、私はまた、あの日のことを思い出す。
神楽という名前を授かり、巫女としての役目を受け継いできたけれど——
あの日、鳥居をくぐった先で出会ったのは、
伝説なんかじゃない、本物の“奇跡”だった。
この物語は、私の心に刻まれた、
忘れられない春の出来事。
飛騨の山々に守られながら、
千年の時を超えて、龍が舞った——
その奇跡を、あなたに届けたい。
ようこそ、『龍が舞う桜の下で〜千年の時を越えて』の世界へ。
(CV:小椋美織)
【資料/一之宮町の臥龍桜】
http://hidamiya.com/spot/spot01
【資料/飛騨一之宮水無神社】
ボイスドラマを聴く
ボイスドラマの台本
[シーン1:高校のグラウンドで/陸上部の練習】
■ピストルの音「パンッ!」〜走る陸上部の少女たち
「追い風よ!そのまま加速!インターハイは目の前だからね!」
「よしっ!ラスト50!いけるよ!」
吹き降ろす風の中、陸上部の女子たちがゴールを駆け抜けていく。
みんな順調に仕上がってるみたいでひと安心。
私は、かぐら。
高山市内の高校に通う18歳。
で、陸上部のキャプテン。
インターハイに向けて頑張ってきたけど、ブロック大会に勝ち進まないと、その先はない。
こうなったら神頼みかな。
いや、私がそれ言ったらだめでしょ、ふふ。
「さあみんな、日が暮れる前にラスト一本決めよう!いくよ!」
もちろん私もみんなと走る。
■陸上部員の走る音
はあ、はあ、はあっ
やるしかない。
今年こそぜったい・・・インターハイ、行くんだから
はあ、はあ・・・
■夕暮れのイメージ(ヒグラシ)
■陸上部員の走る音
■自転車のペダルとベルの音
部活のあとは夕陽とかけっこ。
高山駅まで3.5kメートル。全速力で自転車のペダルを漕ぐ。
だって、4時39分に乗らないと、5時台は列車がないんだもん。
■高山本線の車内音
高山駅から飛騨一之宮駅までは7分。
この時間が一番幸せ。
お気に入りのウェブコミックを読む、至福のひととき。
ちょうど一話読み切る頃に、飛騨一之宮駅に到着するから。
最近のお気に入りは・・・
流行りの異世界転生モノ。
私、けっこうすぐに感情移入しちゃうんだ。
だから気をつけないと。
乗り越しちゃったら、次の久々野で1時間待ち!
ありえない。
って思う人、多いんじゃない?
・・・なんて考えてたら、あ、もう着いちゃった。
そりゃそうよね。
お隣の駅なんだから。
■高山本線が到着する音
ここから家までは歩き。
ゆっくり歩いて15分くらいかな。
ゆるやかな上り坂だから、着く頃にはほどよく疲れていい感じ。
■カエルの鳴く声
宮川を渡り、41号を越えると、周りはのどかな田園風景。
しばらく歩くと見えてきたのは、石作りの大鳥居。
私は一瞬躊躇する。
”夜の鳥居は異世界に通じている”
誰かそんなこと、言ってたような・・・
あ、さっき読みかけのウェブコミックだ。
そういえば、異世界召喚ものだったっけ・・
月明かりの下、大きな影を落とす鳥居。
その向こうは深い霧に包まれているように見える。
どうしようかな・・・
いや、だめだ。
今夜は神楽舞、練習しておかなきゃ。
もうすぐ、大祓えの神事がやってくるんだもの。
そう、私は、飛騨一之宮水無神社(ひだ/いちのみや/みなしじんじゃ)の巫女。
神聖な祭祀(さいし)で神楽を舞う。
名前が「かぐら」だからってわけじゃないけど(笑)
大祓えは大切な神事。
年に一度の祭礼なんですもの。
ま、神主さんにも、遅くなるって伝えてあるから大丈夫か。
よし。
私は、鳥居の真下へ向かって、一歩踏みだした。
息を呑む。高鳴る心臓の鼓動。
私は心の中で祝詞を唱えながら、鳥居をくぐる。
その瞬間——
■強い風の音「ザァァァァァ——ッ!!」
風の渦に包まれ、視界が暗転する。
足元が崩れ、身体が吸い込まれる感覚。
目を開けた時、そこには境内も絵馬殿(えまでん)もなく、
大きな岩と深い森の世界が広がっていた。
うっそ〜!
ま、ま、まさか、これって・・・
異世界召喚〜!
いやいやいや、アニメやボイスドラマじゃあるまいし。
違う、そんな呑気なこと言ってる場合じゃない。
で、ここ。どこなのよ〜!?
異世界によくある、中世でもないし、エルフがいる感じでもないし。
鬱蒼とした森の中に、巨大な岩。
巨大、って言葉じゃ足りないくらい巨大。
高さ5メートル、横幅20メートル以上あるんじゃない。
しかも・・・
小刻みに動いてる。
地鳴りのような音を立てて、まるで泣いているように。
これ、なに?
わかんない!
圧倒されて動けない私の周りで、木々たちが囁く。
■木々が揺れる音「サァァァァァ——ッ!!」
大きな杉、桂、檜、そして銀杏。
みんな御神木だわ。
私になにか伝えたいの?
立ち尽くす私の肩をかすめて、ひときわ大きな風が背中へ抜けていった。
長い髪が宙を舞う。
驚いて振り返ると・・
鳥居があったところから立ちのぼるのは、真っ黒い煙のような何か。
形を留めず、蠢きながら私に迫ってくる。
御神木の間をただよいながら、禍々しい毒を吐き続けて。
青々と茂っていた木々の青葉が、黒ずんで枯れていく。
真っ黒い煙は、やがて巨大な鬼のような姿へ変化(へんげ)する。
だめ。こんなん絶対無理。
震えながら、慌てて逃げようとした・・・
はずなのに、まるで鉛の靴を履いているように重くて足が上がらない。
ゆっくりと足の動きが固まっていく。
な、なに、これ!?
『お前の足をもらおうぞ』
「えっ」
『いままでこの世界にやってきた者から口と手をいただいた』
『お前からは足だ』
そんな!うそ!イヤだ
『抗うというのか』
だって・・
だって、インターハイ出られなくなっちゃう!
『どうしてもいやだというのか』
いや!死んでもイヤ!
『ならば条件を出してやろう』
なっ、なに!?条件!?
『お前の目の前の岩だ。それを叩き潰せ』
え?岩?この?
そっ、そんなこと、できるわけない。
『いや、お前の力を持ってすれば不可能ではない』
どういうこと!?
わかんない!
『目を閉じて心で念ずるのだ』
え?
『岩よ、粉々に砕けるがよい、と』
そんな!そんな!
『さあ、やれ』
私はためらいながらも、恐る恐る岩の方へ向き直る。
思わず目をつむると、頭の中に別の声が響いてきた。
”祝詞”
”祝詞を”
え?祝詞?(※ここの「のりと」はゆっくり一音ずつ)
『祝詞』という言葉を口にした瞬間。
私でない何かが、私の体を支配した。
それは鬼と対峙して、
私の口を使い、鬼に言霊(ことだま)を投げつける。
『汝、禍々(まがまが)しき存在よ』
『和良々は御歳大神(みとしのおおかみ)なり』
『ここは聖地/位山。穢(けが)れた鬼が足を踏み入れる場所ではない』
『すみやかに立ち去るがよい!』
一瞬、鬼がひるむ。
それを見逃さず、私の手が無意識に柏手(かしわで)を打つ。
■柏手2回「パン!パン!」
苦しそうに蠢きながら、それでもこちらへ迫ってくる鬼。
『かけまくも かしこき イザナギの おおかみ・・・』(※以前収録したものを使用)
(※可能なら一番短い祝詞『祓え言葉』をフルコーラスで)
【祓言葉】
かけまくも かしこき イザナギの おほかみ
つくしの ひむかの たちばなの おどの あわぎはらに
みそぎ はらえたまえしときに なりませむ はらえどの おおかみたち
もろもろの まがごと つみ けがれ あらむをば
はらえたまえ きよめたまえと まをすことを きこしめせと
かしこみ かしこみ も まおす
祝詞が始まった瞬間、鬼の動きが封じられる。
一歩も前に進めないようだ。
結界。
柏手と祓え言葉によって結界が張られ、邪悪な鬼の侵入を防いでいた。
『今じゃ!』
「はい」
このあと何をすればいいのか、なぜか私にはわかっていた。
■柏手2回「パン!パン!」
『たかまのはらに かむづまります
すめらがむつ かむろぎ かむろみの みこと もちて・・・』
鬼の目を睨みつけながら、学生カバンの中から鈴をとりだす。
御歳大神が大祓詞(おおはらえのことば)を唱える。
と言っても唱えているのは私だけど。
祝詞に合わせて、私は神楽を舞う。
■神楽鈴の音と鬼のうめき声
一心不乱に舞う、私の前で、鬼が苦しそうにのたうつ。
天にはねじれた黒雲が現れ、渦巻いている。
『つみという つみは あらじと はらえたまひ きよめたまふ ことを
あまつかみ くにつかみ やおよろずの かみたち ともに
きこしめせと まをす!』
■柏手2回「パン!パン!」
最後の柏手を打ったとき、鬼の体は黒雲の中へ吸い込まれていった。
と同時に、大きな岩が動き出す。
■地響きと龍の咆哮「ゴゴゴゴゴ・・」
なんと、大きな岩だと思っていたのは、巨大な龍だったのだ。
龍は黒雲が霧散した天へ登っていく。
私の真上でゆっくりと長い体をねじりながら回り続ける。
口をあけたまま空を見上げる私の頬に何かが舞い降りてきた。
まるで雪のように降ってきたそれは・・・
花びら?
桜?
花吹雪はあっという間に空を埋め尽くし、私の体を包んでいく。
景色をピンクに染めて、余韻を引きながら龍は麓の方へ去っていった。
あれは、駅の方だ。
彼方へ小さくなっていく龍を見送りながら、
目を閉じると頭の中へ声が響いてくる。
『龍は鬼の魔力で岩に封じ込まれていたのじゃ』
「あの鬼はなんなんですか?」
『あれは七儺(しちな)という魔物』
「七儺?」
『よこしまな心を持つ凶悪な鬼じゃ。
千年に一度蘇って、飛騨の民を苦しめる』
「千年に一度?」
『千年前は宿儺が退治して飛騨人(ひだびと)を守った』
「宿儺って?」
『飛騨の英雄である。
あるときは二つの顔、二組の手足を持つ超人、
またあるときは、龍の姿となり、人々を守る』
「龍!?」
『汝は気づかぬか?自分に人とは違う霊力があることを』
「霊力なんてありません」
『ああ、そう思っている方がよいであろう。
汝の霊力は、飛騨の力の源でもあるからな』
「うそ・・」
『今日ここで、和良々と汝はつながった。
汝が望むとき、和良々の力はお前に宿る』
「御歳大神さま・・・」
『一之宮かぐら』
「はい・・」
『その名に恥じぬよう、巫女として精進せよ』
「は、はい・・・」
神の声が聞こえなくなると、目の前に石の鳥居が現れた。
私は、後ろ髪をひかれる思いで、鳥居をくぐる。
すると、目の前には見慣れた風景。
灯りのともった絵馬殿から、笙(しょう)の音が聞こえてくる。
あれ?
私がさっき、鳥居をくぐってから、時間はまったく進んでいない。
夢?
違う。夢じゃない。
学生カバンには桜の花びらがくっついている。
私は花びらをハンカチで包み、カバンにしまった。
もうすぐ大祓えの神事。
神楽の舞で、私にできることを精一杯見てもらおう。
そのあとはインターハイ。
こっちも悔いのないように全力をつくさなきゃ。
どっちも私にとっては、大切な舞台。
私は、神職の方達が待つ絵馬殿へ、軽やかに走っていく。
揺れるカバンの中で、私を寿(ことほぐ)ぐように神楽鈴が鳴っていた。