「0646-1710」

朝6時46分発、夕方17時10分発。
朝日町と高山市街地を結ぶ路線バスを舞台に描く、何気ない日常の中で生まれる小さなドラマ・・・

【ペルソナ】
・よもぎ=(26歳/CV:蓬坂えりか)=カフェ「よもぎ」オーナー。漢方薬剤師。薬膳カフェよもぎの定休日、毎月第一日曜の朝6:46の路線バス朝日線で高山濃飛バスセンターへいく
・リク=(22歳/CV:田中遼大)=一見ナンパでやんちゃな大学生。実家は清見の木工所。沙羅は離婚した母がひき取り、リクは父へ。取り決めで月に一度、中間地点の高山で会っていた
・サラ=(8歳/CV:坂田月菜)=リクの妹、急性アレルギーで苦しんでいるときよもぎに助けられる
・マサ=(74歳/CV:日比野正裕)=薬膳カフェよもぎの常連客(+救急隊員25歳)

【シーン1/朝日診療所口バス停】

▪️SE/キビタキのさえずり(自転車の停まる音)

「おー、よもぎちゃん。
日曜だっちゅうのに、こんな朝早うからバス待ちかぁ?
薬膳カフェよもぎ、ほっといてええんか。
あーそっかそっか、高山でデートかあ?」

「も〜、やめてよ。マサさん。
いっつもそういうことばっか言って。
毎月第一日曜はお店の定休日でしょ。
朝市へ食材とか見に行くのよ」

「とかなんとか言って
えらいおめかししとるんとちゃうか。
やっぱり、いい人が・・・」

「あ、バス来たからもう行くね、マサさん。
早朝から自転車もいいけど、もっと厚着しなきゃだめよ。
上焦(じょうしょう)を冷やすのは大敵なんだから」

「ま〜た難しい言葉使ってごまかす。
ほれみよ、ぜったい高山に色男が・・・」

マサさんが喋り終わる前にバスのドアがしまった。

▪️SE/バスの扉が閉まって発車する音

私の名前はよもぎ。
朝日町の道の駅の近くで、薬膳カフェをやっている。
本職は、漢方薬剤師。

今日は月に一度の定休日。
ルーティンは毎回決まっている。

朝6時46分。
乗鞍岳よりも少し南、
御嶽山との間くらいから朝陽が顔を出す早朝。

私は、朝日診療所口の停留所でバスを待つ。
バスは朝日支所前始発ではなく、秋神温泉からやってくる。
朝早くなのに、意外と乗客は多い。
秘湯を早朝チェックアウトしたお客さんかしら。

私の目的は高山市街地でのお買い物。
まずは朝市で朝日にはない食材を探して・・・

例えば、国府や清見のトチの実ね。
『去痰(きょたん)』や『胃をあっためて痛みを止める』作用があるんだ。
灰汁(あく)抜きがめっちゃ大変なんだけど。
宮川の朝市(陣屋前?)には、たま〜に灰汁を抜いたトチの実が出てるの。
今日はそれ狙いかな。

あとは老舗の醸造元でお味噌や醤油の仕入れ。
朝日町で採れるよもぎやクコと合わせるから。

それから・・・ガラス作家が作った『手吹きガラス』。
ガラスの脚や底の部分に金色の透漆(すきうるし)を塗ってあるやつ。
『飛騨春慶塗(しゅんけいぬり)』の技法を応用したんだって。
カフェで使うにはちょっともったいないかな・・・

で、最後は、古い町並をふらふらっとスイーツめぐり。
あ、これは私へのご褒美だけど。ふふ・・

なんて、1日の予定をシミュレーションしてたら
あっという間に高山濃飛バスセンターに着いちゃった。

私はバスのステップを降りて、大きく背伸びをする。

あ〜、楽しみだなあ。
帰りのバスまでたっぷり10時間。
夕方の5時10分までゆっくり高山を散策しましょ。

今日もいいこと、ありますように。

【シーン2/古い町並】

▪️SE/古い町並の雑踏(おばあちゃんの声)

「お世話になりました」

古い町並でおばあちゃんが私を見送る。
町屋の軒先に干してあるトウキの葉っぱを見てたら、声をかけられちゃって。
私が漢方薬剤師だと言うと、腰が痛いとか、目がかすむとか・・・
結局1時間以上、漢方の相談にのってたんだ・・・

ま、いっか。
バスの時間まではまだあるから・・・

そう思って歩いていると、目の前が急に騒がしくなった。
お団子屋さんの前。
人だかりができている。

よく見ると、小さな女の子がうずくまっていた。

思わず人混みをかき分けて近づく。

8歳くらいの少女。
フリルをあしらったピンクのトレーナーにキュロット。
きれいに編み込まれた髪。

顔を見ると、唇やまぶたが腫れ上がっている。
首元や腕には、赤い蕁麻疹。
近づくと・・苦しそうな呼吸音。

足元には食べかけのソフトクリームが落ちている。
それを拾って匂いを嗅ぐと・・・ヘーゼルナッツ?

これって・・・
まさか・・アナフィラキシーショック?
ナッツアレルギー?

私は取り囲む人たちに向かって叫ぶ。

「救急車は呼びましたか?」
「まだなら早く!」

叫びながら、少女のリュックやポケットを探る。
もしアレルギーの自覚があるなら、エピペンを持っているはず。

少女の呼吸はどんどん苦しくなり、ついには仰向けに倒れた。

あ、だめ。
気道が塞がっちゃう。

少女の上体を起こし、私の体に寄りかからせる。
と、同時に・・探ったリュックの中に、

「あった。エピペン」

私は、躊躇なく、少女の太ももに注射した。

「大丈夫だよ、心配しないで」
「ゆっくり息を吸って」

やがて救急隊員が到着する。
私は医療従事者としての身分を明かす。
時系列とバイタルサイン、行った処置の順に伝えた。

救急隊員は私にお礼を言ったあと、

「病院まで付き添っていただけませんか?」

と告げた。
当然だろう。小さな未成年の患者だし・・・

私は時計を見る。

16時30分。

「すみません。バスの時間が・・・」

申し訳なさそうにそう答えたとき、
小さな手が私の掌を握った。

え?

少女の方へ向き直ると、潤んだ瞳が私を見つめている。
何も言わず、ただ懇願するような瞳。

私は目をつむり、小さく笑ってうなづいた。

▪️SE/救急車のサイレンが遠ざかっていく

【シーン3/救急病院のER病棟】

▪️SE/病院内のガヤ

「今日は本当にありがとうございました」

少女とは救急車の中と病院で、少しお話した。

名前は沙羅。沙羅双樹の沙羅。
8歳。やっぱり。
久々野に住んでるんだって。
受け答えもしっかりしている。
8歳とは思えないくらい。

「今日はお兄ちゃんと高山へ来て、はぐれちゃったの」

「お兄ちゃんの連絡先はわかんないの?」

「さっきからかけてるけど、つながんない」

「そうなの・・・
実はね、お姉ちゃん、
最終バスの時間があって・・・」

「あ、もう大丈夫です」

「でも・・・」

「どうぞ。もう行ってください」

「本当に大丈夫?」

「バスの時間、何時ですか?」

「5時10分・・・あ!?」

「たいへん。急いで」

「わ、わかった・・・
お大事にね!無理しちゃだめよ!」

「ありがとうございました」

私は病院を飛び出して、高山駅、高山濃飛バスセンターへ走る。
風はもう秋を通り越して、冷たく私の前に立ちはだかっていた。

【シーン4/高山濃飛バスセンター】

▪️SE/走る足音とバスが発車する音

「待ってー!」

高山濃飛バスセンター17時10分発。
たった1本の朝日線最終バスが目の前で発車していった。

どうしよう。
おばあちゃん、今日は秋神温泉へシニアクラブの旅行だし・・・

最終バスが去った1番乗り場のベンチに座る。

まあ、でもよかった。
とりあえずあの子、沙羅が無事で・・・
ちゃんとお兄さんに連絡ついたのかしら・・・

とそのとき、私の心を嘲笑うような能天気な声が響いた。

「あーあ、行っちゃったねー。お姉さん。
完全に置いてかれてんじゃん。マジウケるんですけど」

顔をあげると、そこに立っていたのは、20歳?くらいの男の子。

シルバーのメッシュが入った、ツーブロック風のショートヘア。
ダボっとしたストリート系の服を着崩して、ポケットに手を突っ込んでいる。
へらへらと私を覗き込む、軽薄そのもののビジュ。
ないなー。私の人生のなかでこういう人。

「よかったら送ってあげましょうか?
今日オレ、ちょうどクルマだし」

「結構です」

「へえ〜。
でもさっき、泣きそうな顔してたじゃん。
行っちゃったの朝日線でしょ。
そっち方面なんだよなー、オレも」

「どうぞ、おかまいなく」

「無理しちゃってー」

体を揺らしながら私を見下ろす男の子。
まったく、こんなとこで何してんのかしら?
日曜の夕方に。

私はなるべく視線を合わせないようにしていたけど、
さっきからなにか鈍い音が聞こえてくる。
顔を背けるとよけいにボトムスの方から。

「ねーねー帰る方法あるのー?」

「ちょっと、あなた」

「へ?」

「スマホ、鳴ってるんじゃない?」

「え?」

慌ててポケットからスマホを取り出す彼。
焦った顔で電話に出る。

「あ、もしもし?
沙羅か!
今までどこ行ってたんだよ」

さら?

まさか・・まさか・・・

「いま駅だよ。
駅の駐車場にクルマ停めたの知ってんだろ。
おい急げよ。
早く来ないと置いてくぞ」

彼はぞんざいに電話を切る。
私は思わず彼からスマホを取り上げた。

「おい!なにすんだよ」

中身を開いて、通知センターに表示されたメッセージを読む。

「返せよ」

「あなた、今までなにしてたの!?」

「なんだなんだ、何言ってる?あんたまで」

「このメッセージ、読みなさい」

「ワケわかんねえし」

「早く読め、っての」

「ったく、だりぃなあ・・
っと・・
『お兄ちゃん、どこ?』
『お兄ちゃん、胸が苦しい』
ってなんだこれ?」

「沙羅ちゃん、急性アレルギーだったのよ」

「え?
なんであんた、沙羅の名前を・・・?」

「そっち?
ふう〜。私が救急車でERへ連れってったの!」

「そんな・・・
だけどアレルギーくらい大したことないだろ」

「大したこと、ない?
今すぐチャッピーで『アナフィラキシーショック』って言葉調べなさい。
命を落とすことだってフツーにあるのよ!」

「うそ・・・」

「なんでウソ言わなきゃいけないの?
この・・・」

「クズ男」

「沙羅!」「沙羅ちゃん!」

「よもぎさん、ホントにごめんなさい。
兄がこんなにクズで」

「クズクズ言うな」

「もう大丈夫なの?寝てなくていいの?

「はい、お医者さんから退院してもいいって。
お母さんに連絡して来てもらうことになったんですけど」

「そう」

「コイツ、兄のリクが全然連絡つかないから、お父さんにも連絡した」

「え?沙羅、てめ、なんで親父に・・」

「沙羅ちゃん、体はホントに大丈夫?」

「日赤前からバスで来たので大丈夫です。
2区間だけ乗って。
5時29分にバスセンターに着きました」

「ちょ、沙羅、答えろよ・・」

「ねえ、あなたたち、兄弟なんでしょ。
もう、大人しくお家に帰りなさい」

「よもぎさん・・」
「実はオレたち・・・」

そう言ってリクと沙羅は自分たちのことを話しはじめた。

沙羅が生まれてすぐに、両親は離婚。
沙羅は久々野の母親が引取り、リクは清見の父親の元へ。
毎月の面会はお互いがそれぞれ別れた親の家へ行く。

でも、リクの父親が経営する木工の仕事が忙しくなり、面会は難しくなる。
時間が作れなくなった父の代わりに、免許をとったリクが沙羅と会うようになった。

今日もリクが久々野まで沙羅を迎えに行き、高山へ。
駅前にクルマを停めて、古い町並を歩いていて、はぐれたらしい。

「クソッ。
親父にもお袋にも怒られるな」

「当たり前じゃない」

「おにいちゃん、私とはぐれてなにしてたの?」

「別に。
なんもしてねーよ」

「うそ。じゃ、それはなに?」

「あっ。おい、それは・・・」

沙羅がリクのバッグから引っ張り出したのは、さるぼぼ。

しかもちょっと変わったさるぼぼ・・

赤い顔。茶色の体。
頭巾は緑。
ちゃんちゃんこは半円の柄。
脱がせて左右を合わせると丸になる。
腹掛けの文字は『沙羅』と描かれていた。

「かわいい!
これ作ってたんだ?」

「しらね」

「ひょっとして・・・顔は久々野のりんご。
頭巾がりんごの葉っぱで、体の茶色は清見の木工?
ちゃんちゃんこの丸って・・・
私が、みんな一緒に住みたいな、って言ってたから?」

「ちげーよ」

「電話に出れないくらい、一生懸命作ってたってことね」

「ちげー、って言ってんだろ」

「っとにもう・・・このクズ!」

「るっせー」

なんだなんだ、そういうことなの?
気勢を削がれて、ほっこりしちゃったじゃない。

ほどなく、2人の父親と母親がクルマでやってきた。
沙羅は今日のことを詳しく両親に話す。
父と母は、私に深々と頭を下げる。

リクはこっぴどく怒られた。
ま、当然ね。

私は固辞したんだけど、
両親と沙羅の強い要望で、朝日まで送ってもらうことになった。

すっかり帳の降りた高山駅から、沙羅のお母さんのクルマで朝日へ。

今日は、目が回るようなお休みだったけど、こんな縁も悪くない。
沙羅とリク、母親と父親。

そうだ。今度薬膳カフェよもぎへ招いてみよう。

ひょっとしたら私、4人をつなぐ薬膳を作れるかもしれない。

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