朝6時20分、高山濃飛バスセンター。
古川からの始発バスに乗ってやってくる「彼女」に一目惚れした木工の専門学生・アカナ。
朝の缶コーヒー1本分、わずか「5分間」だけの交流から始まった恋。 秋の高山祭(宵祭り)を目前に控えたある日、アカナは決死の覚悟で「宵祭りを一緒に見てほしい」と告白するが、彼女の口から語られたのは「古川に婚約者がいる」という事実だった——。 飛騨高山の美しい秋の街並みと、屋台組の青年が紡ぐ切なくもあたたかい恋のボイスドラマ。
ぜひイヤホン・ヘッドホンでお楽しみください
【ペルソナ】
・アカナ=(20歳/CV:米山伸伍)=古川の専門学校で木工や家具の技術を学ぶ
・萌々=(もも/22歳/CV:高松志帆)=高山駅前のリゾートホテルで働くホテリエ
【シーン1/高山濃飛バスセンター(8月終わり)】
▪️SE:高山濃飛バスセンターの雑踏(セミの声)
「おはよう!今日もきれいだね!」
「もう〜、やめてよ。みんな見てるのに」
「仕事がんばって!」
「ありがと!アカナもね!」
オレだけにわかるよう、
小さくウィンクをして彼女は市街地へ駆けていく・・・
・・・・・なんて、あるわけないよなぁ〜!
高山濃飛バスセンター。
古川神岡線の降車場で、毎朝オレは妄想する。
朝6時20分。
古川駅前から高山濃飛バスセンターへやってくる始発のバス。
彼女はいつもこのバスから降りてくる。
残暑厳しい8月。
少しだけ残っている夜の涼しさ。
バスを降りた彼女は静かに歩き出す。
肩のラインが綺麗な、白いサマードレス。
風が吹くたび、裾のフリルが軽やかに揺れる。
丁寧に編み込んでアップにした髪型。
うなじのラインが美しい。
あ・・
心の中で声をかけようとしても、言葉がでない。
ほんの一瞬、視線が動いてオレの方へ。
口角が少しだけ上がったような気がした。
オレの名前はアカナ。
大新町(おおしんまち)1丁目に住む20歳(はたち)の学生。
古川にある専門学校で、木工とか家具の技術を学んでいる。
ホントは、からくりを作りたいんだ。
関係ないけど。
オレの乗るバスは6時40分。
彼女に会うために、毎朝15分も早起きしてる。
バカだよな。ったく。
【シーン2/高山濃飛バスセンター(9月中旬)】
▪️SE:高山濃飛バスセンターの雑踏(雨の声)
9月の雨。
アスファルトに跳ね返る雨の音。
冷たい雨粒を見ながら、オレはいつものバスを待っている。
手にはコンビニで買ったビニール傘。
始発バスがロータリーに滑り込んできた。
小さく水飛沫が上がる。
タラップを降りる彼女は今日も美しい。
チャコールグレーのボトムスに、白いブラウス。
その上から、薄手のカーディガンを羽織っている。
雨でもやっぱり綺麗だな・・・
コンコースでバッグから折りたたみの傘を取り出す。
ワインレッドの上品な生地。
ボタンを押して開こうとしているみたい・・・だけど・・
ん?
どうかしたのかな?
なにか引っかかって開かないようだ。
道ゆく人は、気づかずに通り過ぎていく。
オレは迷わず彼女の横へ。
彼女に見えるように、手を差し出す。
「え・・」
「貸して。オレが開けてやるよ」
「あ・・、だ、大丈夫です」
一瞬オレをみたあと、すぐに視線を傘に戻して開こうとする。
「あれ・・・なんでかなあ」
「いいから貸して」
「いえ・・」
オレはなかば強引に彼女の手から傘をとりあげる。
そのまま、力任せに開いた。
すると・・・
▪️SE:傘の骨が折れる音「バキッ」
「あ・・・」
「ごっ、ごめんなさい!」
「ぷっ・・・」(笑)
傘は開いたけど、中の骨が折れて、飛び出している。
彼女は鼻で笑ったあと・・・
「ありがとうございます」
そう言って、オレの手から傘をひったくった。
「じゃ、急ぐので・・」
「待って!」
「なにか・・?」
「これ・・オレの傘、使って」
「結構です・・
駅前のお店で傘を買うから」
「そんなん、もったいない。
いいからオレの傘持ってって。
で、その傘はこっちへ。
オレが直しとくから」
「いえ、ホントに大丈夫ですから・・」
「大丈夫じゃない。
オレ、木工の学校行ってるんだ」
「え・・」
「そういうの直すの得意だから」
「でも・・」
彼女が言葉に詰まったのをみて、強引に壊れた傘を奪う。
「あ・・」
そのまま、自分の傘を彼女に押し付ける。
「それじゃあなた、濡れちゃうじゃない・・」
「明日、きっちり修理して渡すから」
「待ってよ・・・」
何か言おうとする彼女に背中を向けたまま手を降る。
振り返らずに、ロータリーへ入ってきた古川神岡線に乗り込んだ。
【シーン3/高山濃飛バスセンター(翌日)】
▪️SE:高山濃飛バスセンターの雑踏(コオロギの声)
次の朝。
いつもの時間にオレは緊張しながらバスを待っている。
手には修復された折りたたみ傘。
思ったより時間がかかっちまったな。
てか、ほぼ徹夜・・・
親骨(おやぼね)の関節部分が完全にひしゃげて、
かしめピンが弾け飛んでたんだよなあ。
ペンチの先で、アルミ骨の歪みを、真っ直ぐに叩いて伸ばした。
関節の破断部には、真鍮製の補修用スリーブを割り込ませる。
でもって、新しいかしめピンを打ち込んでがっちり固定。
仕上げは、防水ブチルテープを巻いて、雨水の浸入と金属疲労を防いだ。
・・・な〜んて彼女に説明しても、きっとうざったいからやめとこ。
ほどなく、彼女の乗ったバス、古川神岡線が入ってくる。
なんか・・ドキドキする・・・
やんなるな、ったく。
ああ、バスのスピードがやけに遅く感じる。
ステップから降りてくる彼女の姿。
まるでスローモーションをみているようだった。
雨はやんでいるのに、手にはビニール傘。
なんか・・・ピカピカじゃねえか?
しかも・・
「おはよう。昨日はありがとう」
そう言って手渡したビニール傘には・・・なんだ?
小さなリボンのシールって・・・
「おかげで助かったわ」
「あ・・そんな・・・」
「じゃ・・」
「ちょっと待って」
「え?」
「あの・・これ・・・」
「なあに?」
「傘、直しといたから・・・」
「うそ!あんなボロボロになってたのに」
「ボロボロって・・壊したのオレだし・・・」
「ありがとう・・・あ、ちょっと待って」
そう言って彼女は自販機の方へかけて行く。
やがて缶コーヒーを2本手に持ってきて・・
「はい。お礼に。
ね、乗るのこのバスでしょ。古川神岡線」
「あ・・はい・・・」
「発車まで15分くらいあるよね?そこのベンチで少し話せる?」
そう言って、彼女と過ごした15分。
それは、20年の人生の全てを凝縮したような15分だった。
彼女の名前は萌々、というらしい。
高山市内のホテルで働くホテリエ。
国府駅前から30分かけて高山濃飛バスセンターまで通っている。
オレが古川の専門学校へ通っていることを話すと、
「すれ違いの人生ね」
と彼女は笑った。
その屈託のない笑顔が眩しすぎて、
オレはもう、恥ずかしいほど会話が続かなかった。
やがて、彼女の乗ってきたバスが、2番乗り場へと入っていく。
後ろ髪をひかれる思いでバスに乗りこむ。
座るのはいつもの一番後ろの席。
彼女はバスが見えなくなるまで手を振ってくれた。
【シーン4/高山濃飛バスセンター(9月中旬〜下旬)】
▪️SE:高山濃飛バスセンターの雑踏(コオロギの声)
その日からオレたちは毎日、バス停で缶コーヒーを飲んで話をした。
ホテルのお客さんは外国人が多いから、何ヶ国語も覚えなきゃいけないこと。
ロビーには、飛騨古川や高山の『匠』が作った家具が置いてあること。
毎日ピンヒールを履いて立ちっぱなしだから、
いつも足首の後ろに絆創膏を貼っていること。
彼女が困り眉をして口角を上げる。
大変なんだな、ホテルウーマン、ホテリエって。
オレも自分のことを話す。
家は市街地の大新町1丁目だということ。
八幡祭(はちまんまつり)の屋台組だけど、屋台は消失して台車しか残ってないこと。
いつか消失した屋台を復活させたいこと。
そのために、古川にある木工デザインの専門学校に通っていること。
実は、からくりの勉強をしていること。
萌々の傘を直したときもからくりのバネを応用したこと。
萌々は興味深そうにオレの話を聞く。
それは毎朝6時20分から40分までの、短くて甘美なひとときだった・・・
10月に入ったある日・・・
オレはホットの缶コーヒーを萌々に渡し、いつものようにベンチに座る。
「さすがにもう、ホットだよね」
暖かい缶をカイロのように胸に抱く。
「そろそろ、コートかなあ」
「あ、そうだ、これ」
「なあに?」
「プレゼント。やるよ。
昨日実習で作ったんだ。ランタン」
「わあ、かわいい!」
「実はさ、これ、以前修理した傘の骨を再利用して作った。
内側のアルミの受け骨は綺麗だったから。
ほら、断面がU字の溝になってるだろ。
中にエナメル線を通したらちょうどピッタリで・・」
「(笑)よくわかんないけど嬉しい。ありがとうね」
「夜、灯りをともしたらロマンティックだぜ。
宵祭りの屋台に負けないくらい」
「ああ、そっか。もうすぐ八幡祭(はちまんまつり)だよね。
ホテルはどこも、半年前からほとんどいっぱいだわ。
アタシも明日から遅番。深夜までのシフトよ。
行きのバスも12時台だからしばらく会えないわね。
アカナもお祭りの準備で忙しいんでしょ」
「うん・・・まあな・・・でもさ・・・
祭りの日・・・会わないか?」
「無理よ。一年で一番忙しい日だもん」
「その日はオレ、8時から神事だから、観光客とか少ない早朝に散歩しようぜ」
「散歩?おじいちゃんみたい(笑)」
「いや、冗談じゃなくて・・
10分でも15分でも2人で歩きながら話したいんだ」
「なにを?話なんて、ここでいつもしてるじゃない」
「いや・・違くて・・・
そのあと、神事が12時に終わるから、よかったらランチとか」
「無理でしょ。どこも激混みだよ」
「宮川の朝市で焼きたてパンと飛騨牛の串焼き、買っておくって。
食べながら歩けばいい」
「人混みすごいのに、食べ歩きなんて無理だと思う」
「もう〜。いいから聞けよ。
オレの一番の推し、宵祭りを萌々と見たいんだ」
「どうして?」
「だから・・・(※以下ボソボソと萌々には聞こえないように)
・・・宵祭りは大好きな人と見たいんだよ・・・」
「ちょっと。急がないと、バス行っちゃうよ」
「なあ萌々・・・(※めちゃくちゃ躊躇して)オレと付き合ってくれ!」
「え・・・」
「もっともっと今よりもっと、萌々と一緒にいたいんだ」
「無理・・・」
「ふう〜。わ、わかったよ。だけど高山祭の日じゃなくてもいいから・・・」
「私、婚約者がいるの」
「え・・・」
「ごめんね、アカナ」
「そんな・・・」
「別に隠してたわけじゃないのよ。
ただ、アカナのこと、そんな風に考えたことなかったから・・・」
「・・やっぱり・・オレ・・・」
「ほら、バス行っちゃうわよ」
「やっぱり萌々が好きだ!
婚約者とか・・・なんかよくわかんないけど・・・
オレ、自分の気持ちは変えられない」
「アカナ・・・」
「来週、八幡祭の日。オレは朝この時間にここにくる。
もし万が一、万が一でも、オレのこと思ってくれるなら・・・
来てほしい、萌々」
「無理って言ってるじゃない・・・」
萌々はオレの方を見ようともせず、立ち上がって歩いていく。
目の前で、古川神岡線のバスが発車していった。
【シーン5/高山濃飛バスセンター(10月9日早朝)】
▪️SE:高山濃飛バスセンターの雑踏(コオロギの声)
さすがに高山祭の早朝は冷え込む。
これから冬を迎える八幡祭。
遠くからお囃子の音が聞こえてくる。
オレは神事が始まるギリギリまで萌々を待った。
来るわけがない、とは思っていたけど・・・
微かな淡い期待は、あっけなく打ち砕かれた。
7時台最後の臨時バス。
萌々が降りてこないのを見極めてから
オレは猛ダッシュで桜山八幡宮へ戻る。
物陰で裃姿に着替え、神事に出席。
祝詞を聞いてお祓い。
そのあとは台車だけの志良車(しらぐるま)を表参道へ。
周りには華やかに彩られた屋台たちが並んでいる。
昼。
屋台組で炊き出ししたおにぎりを交代で食べた。
いつもお腹が減るし、お米が美味しいし、って5つくらい食べるのに・・・
今日は全然喉を通らない・・・
桜山八幡宮の表参道に引き揃えられた10台の屋台。
からくりの奉納に、観光客から歓声が上がる。
今年はまた一段と観光客が増えたようだな。
長い長い1日。
フラれたオレを嘲笑うようにゆっくりと帳が降りる。
と同時にひとつ、またひとつ。
引き揃えられた屋台に提灯が灯っていく。
それを見ながらオレは志良車と台名旗(たいめいき)の片付けを始めた。
屋台に灯る提灯が、あたりの景色を異世界へと変える。
ひとつの屋台に提灯が100個。
何度見てもきれいだ・・・
だけど、ひとりで見る夜の屋台がこんなに寂しいなんて・・知らなかったなあ・・・
思わず顔を背けたとき、目の前がぱあっと明るくなった。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ・・・遅くなってごめんね」
「え・・・」
「ちゃんと持ってきたよ。
101番目の提灯」
1週間前にあげたランタンを灯して、萌々が立っていた。
ホテルの制服の上から上着を羽織っただけの姿で。
「ちゃんとホテルの仕事もこなしてきたからね。
早退したけど・・・」
「ど・・・どうして?」
「午前中、婚約者と話をしてきたの。きちんと。
それで・・・・・婚約・・破棄・・・してきちゃった・・・」
「え・・なんで?」
「万が一、あなたのこと思うのなら・・・って言ったのアカナじゃない」
「そ、そうだけど・・・」
「それとも、今からじゃもう遅い?」
「遅いわけない!」
「アカナ・・ただいま」
「おかえり・・萌々」
「さあ早く、いっちばん推してる宵祭りを見せてよ」
裃姿のまま、オレは萌々の手を強く握りしめた。
屋台に灯る100個の提灯。
その前でオレはランタンをかざす。
今のオレには、萌々の存在が何よりも温かくて、
未来を照らす『101番目の提灯』だった。
▪️SE:宵祭りの雑踏


