「糸」

15年の時を越えて、もう一度つながる「糸」。
1980年、夏の飛騨。
荘川でそば農家を手伝う15歳の少女・桜小花と、東京から清見へやってきた少年・柊壱。
二人が出会ったのは、六厩にある「千鳥格子御堂」の前でした。
飛騨の匠を目指す柊壱。
本当はピアノを学びたい桜小花。
それぞれの夢を胸に抱きながら、二人は短い夏を一緒に過ごします。
やがて時は流れ、1987年。
そして1995年。
夢を追い海外へ渡った柊壱と、故郷に残った桜小花。別々の道を歩んだ二人の人生は、思いもよらない形でもう一度交わっていきます。
15歳の夏に贈った、一台のウォークマン。
受け継がれた「桜」という名前。
飛騨の匠を目指した少年の夢。
そして、ピアニストを夢見るひとりの少女。
離れていても、見えなくても、人と人を結ぶ糸は、どこかで静かに紡がれ続けているのかもしれません。
飛騨の風景とともに15年間を駆け抜ける、少し切なくて、最後にはあたたかな余韻を残す物語です・・・

【ペルソナ】※2人とも1965年生まれ
・桜小花(さやか/15歳/23歳/30歳/CV:岩波あこ)=故郷・荘川で実家はそば農家
・柊壱(しゅういち/15歳/23歳/30歳/CV:岩波あこ)=清見で飛騨の匠を目指す

年齢西暦時代背景と設定の検証
15歳(出会い)1980年中学2年生。まだ御母衣ダムや荘川桜の記憶が色濃く残る自然豊かな荘川での出会い
22歳(再会)1987年大学卒業の年。日本はバブル経済の絶頂期
30歳(結末)1995年〜1995年は30歳。阪神淡路大震災やWindows95発売。インターネットが普及し始める時代

【第一章/出会い(1980年8月/15歳)】

◾️SE:自転車のブレーキの音

「きゃあ〜!」
「どいて!どいてぇ〜!」

「あぶない!」

◾️SE:自転車の転倒音

「やっちゃったぁ・・・」

「あ〜あ」

「ってててて・・・」

「おい、大丈夫か?」

「う〜、ひざ痛ぁ・・・
あ、ごめんなさい!
急な坂道でブレーキが効かなくなっちゃって・・
怪我、なかった?」

「オレは平気だけど・・・
お前、血が出てるぞ。膝」

「え? あ、ほんとだ。
またばあちゃんに怒られちゃうな。へへへ・・・
・・・ってごめん。
うちは桜小花。
あんたは?見ない顔やけど・・・」

「オレ?」

「あたりまえでしょ。あんた以外誰がいるの?」

「オレは・・・柊壱」

「ふうん。
どこの人?六厩じゃないよね」

「森茂(もりも)」

「森茂、って清見村やん」

「そんなこと知らん」

「知らん、ってあんた、住んでんでしょ」

「1週間前からな」

「引っ越してきたってこと?」

「ああ・・・よりによって、こんなど田舎に」

「悪かったわね、ど田舎で。
でも住んでみればいいところよ。
冬はちょ〜っと寒いけど」

「好きで引っ越してきたわけじゃねえし」

「どこから引っ越してきたの?」

「東京だよ、ひばりが丘の団地」

「そんな場所言われてもわからんわ。
ふ〜ん。東京っこかあ・・・」

「ふん」

「で、なんで千鳥格子御堂(ちどりごうし/おみどう)の前にいるの?」

「ん?・・・知らん。これ、そういう名前なんだ」

「すごいでしょ。千鳥格子のその扉、釘を1本も使ってないのよ」

「ええっ?じゃ、どうやって作ったんだ」

「それが匠の技ってもんよ」

「すごいな・・・」

ずうっと苦虫を噛み潰してた柊壱の顔が、はじめてほころぶ。

これが私と柊壱との出会いだった。

2人とも中学三年生。15歳。
荘川に住む私は、村立の荘川中学校。
清見の柊壱は、清見中学校の森茂分校に通っている。
だから学校で顔を合わせることはなかったけど、
夏休みの間、柊壱はいつもここ、千鳥格子御堂にいた。

うちはそば農家だから、種まきが終わったこの時期は大忙し。
間引きに除草、中耕(ちゅうこう)や培土(ばいど)、そして台風対策。

毎日毎日、六厩の家から千鳥格子御堂の前を通って畑へ。
そば畑は、三尾河(みおご)へ向かう新軽岡峠(しんかるおかとうげ)の傾斜地にある。
行きは、上り坂で大変だけど、帰りは下り坂で楽ちん。

この夏、私は理由をつけて、ひとりで帰るようにした。
そうすれば毎日柊壱とお話できたから。

「さやか、ってどう書くの?」

「桜の小さい花、って書くんだ。
私が生まれた年、荘川桜に初めて花が咲いたの」

「荘川桜って?」

「ダムに沈んだ集落で咲いてた、おっきな桜の木。
移植されて初めて花を咲かせたのが1965年」

「そうなんだ」

「ねえ、もうすぐ夏休み終わっちゃうね」

「ああ」

「そしたらもう・・会えないな」

「なんで?土日とかにここくればいいじゃん。家、こっから近いんだろ?」

「荘川中学校って新淵(あらぶち)にあるんよ。
遠くて通えないから寄宿舎に入ってるの」

「そうなのか」

「シュウは中学卒業したらどうするの?」

「オレ・・・高山の工業高校へ行こうと思って」

「工業?」

「うん。こういうのを作ってみたいんだ」

「千鳥格子御堂?」

「だってオレ、桜小花に聞いてから調べたんだ。
了宗寺(りょうしゅうじ)を建てたとき、余った木材で作られたらしいんだけど・・・
これ、いまや誰も再現できないんだってさ」

「よく調べたわね」

「桜小花は?
中学卒業したらどうすんだ?」

「そば畑の手伝いかなあ。
うちはじいちゃんとばあちゃんだけやから、
私がいないと大変でしょ」

「高校、いかないのか・・」

「実は、迷ってるんだ」

「どうして?」

「ホントは、ピアノの勉強、したかったの」

「ピアノ?」

「シュウには言ってなかったけど、
県のピアノコンクールでいいとこまでいったのよ」

「へえ〜」

「でもうちにはピアノないし、いつも学校で弾いてたから」

「音楽学校とかいけばいいじゃねえか」

「無理よ。そんなお金、うちにはないもん」

「お金なんて・・」

「それより、ねえ、お盆はなにか予定ある?」

「ないよ。母ちゃんもずっと仕事でいないし」

「じゃあ、盆踊りいかない?」

「盆踊り?」

「うん。了宗寺でやるの。
農作業もお盆の間は休みだし。
白川郷の『平瀬踊り』とか流すんだって」

「盆踊りとか平瀬踊りとか、だっせえなあ(笑)」

「じゃあいかないのね」

「いくよ」

柊壱は後ろを向いたまま答える。
鷲ヶ岳に沈む夕陽が、そばの花を赤く染めていた。

◾️SE:盆踊りの音

「ごめん!お待たせ!」

「遅い」

「悪い悪い。了宗寺の場所、よくわかんなくてさ・・でも、あ・・・」

「なに・・・?
なに見てんのよ」

「浴衣・・・」

「悪かったわね。どうせ似合ってませんよ〜だ」

「きれいだな・・・」

「え?」

「え?
い、いや、浴衣、浴衣が・・・」

「そうだ、柊壱・・・これ・・」

「な、なに・・・それ」

「あけてみて」

◾️SE:紙包みを開ける音

「これって・・・」

「あんた、欲しいって言ってたじゃない」

「ウォークマンじゃねえか」

「カセットテープに、私の好きな曲いっぱい入れといたから。
高校行っても、少しは私のこと覚えておいてよ」

「桜小花・・・」

柊壱と過ごす夏休みは、こうして終わった。
祭囃子が切ない旋律を響かせる。
私は盆が明けると、そのまま新淵の寄宿舎へと戻っていった。

【第二章/玉響の再会(1987年9月/22歳)】

◾️SE:蝉の声

「桜小花」

「え?
・・・シュウ・・?」

「いると思ったよ」

1987年9月。
あの日と同じ、千鳥格子御堂。
7年ぶりに耳にする柊壱の声が、私の時間を止めた。

「7年ぶりだね」

「海外にいった、ってきいたけど・・・」

「ああ。イタリアのミラノ工科大学で家具のデザインを学んでる」

「すごい」

「秋になったらデンマークのフォルケホイスコーレへ行く」

「なあに、それ?」

「北欧の市民学校だよ。そこで木工・家具コースに留学するんだ。
卒業したら現地の家具マイスターの元で修行さ」

「シュウ・・すごく遠くにいっちゃったのね・・・」

「直行便で12時間かな」

「そう・・・」

「桜小花は?いまなにしてるの?音楽大学?」

「まさか。ずうっと畑仕事よ。
去年からはおばあちゃんと2人きりになっちゃったから、もう忙しくて・・」

「大変・・だったんだな」

「お母さんは元気?」

「母さんか・・・
彼女は高校卒業の年に再婚したよ」

「え・・・」

「なんかさ、新婚夫婦のお邪魔虫になりたくなかったし。
ちょうどいいタイミングと思ってミラノに行ったんだ」

「すごいね、ひとりで」

「まあな。
でもさ、オレ、中学卒業するまで、何度もここへ来たんだぜ」

知ってる・・・

そう言おうとしたとき、道に止めた車からクラクションが鳴った。
イタリア製のスポーツカー。
オープンカーの助手席からサングラスをはめた女性が手を振っている。

「あ、ああ。彼女。パートナーなんだ。
ミラノで家具工房をやってるオーナーの娘。
紹介するよ」

「いい。大丈夫。
このあとまだ畑で作業残ってるし」

「桜小花、オレ、夢は捨ててないから」

「え・・・」

「必ずこの千鳥格子御堂を再現してみせる。
そうしたら・・・」

「がんばってね」

「桜小花・・・」

柊壱が次の言葉を口にする前に、私は自転車に乗る。
通りすぎるとき、彼の後ろのポケットからウォークマンが見えた。
首元を見るとシャツと同系色のヘッドフォンがかかっている。

あの日と同じ、夕陽の赤が西の空を染めていった。

【第三章/終章(1995年9月/30歳)】

◾️SE:ヒグラシの声

「ここに引っ越したんだ」

「シュウ!?」

「峠道へ行ったら、御堂がないんだもん。
それどころか、トンネルまでできていて、驚いたよ」

1995年9月。

国道158号線の『軽岡バイパス』開通とともに、
千鳥格子御堂が『くるまーと六厩公園』に移設されてから3年。

東屋に座っている私に声をかけてきたのは、まさかの柊壱だった。

「久しぶりだね」

驚いて声が出ない私。
そのあと、もっと驚くものが、目の前に現れた。
柊壱の後ろから、ひょっこり顔を出したのは、

「紹介するよ。僕の娘。Sacura」

「さくら・・・」

「桜はイタリア名でもSacuraなんだ・・・」

恥ずかしそうに、こちらを見ている小さな女の子。
5歳くらい?
目元が柊壱にそっくりだった。

緊張した表情で、見定めるように私を見る。
首元には見たことのあるヘッドフォン。
ケーブルがつながっているのは、上着のポケットにある・・・
ウォークマン!?

少し驚いて柊壱を見ると・・・

「気に入っちゃったみたいで返してくれないんだ」

柊壱は Sacuraの頭を撫でながら、私の方へ向き直って口を開いた。

「話したいことがいっぱいあるんだ」

「いいわ・・・話して」

「Sacuraのことだけど・・・」

じっと見つめる私の視線に気がついたのか、
Sacuraが柊壱のジーンズの裾を掴む。
透き通るような白い肌と、驚くほど綺麗なヘーゼル発色の瞳。

柊壱は、静かにこれまでのことを語り始めた。

デンマークのフォルケホイスコーレで木工の厳しい修行に明け暮れた1年目。
現地の家具工房から声をかけられ、働き始めた2年目。
そのあとまもなく、パートナーは妊娠。
ミラノへ帰ってSacuraが生まれたのは4年目。

子供が生まれるとパートナーは柊壱にミラノへ戻るよう、懇願した。
でも、2人の意見は平行線。
柊壱は、どうしても家具職人としてデンマークで一人前になりたかった。

悲劇が起こったのは、
パートナーが首都コペンハーゲンへやってきたとき。
激しい車が行き交う大通りの交差点。
彼女は信号無視してきた大型トラックの犠牲となった。

それからの日々、
シュウは幼い娘を育てながら、六厩の景色を毎日思い出していたという。
だから、家具工房でマイスターとして認められたとき、
Sacuraを連れてここへ戻ってきたのだという。

「Sacuraの夢はピアニストになることなんだ」

「え・・・」

「どこかにいい先生がいるといいんだけど」

「そんな・・・でも、私・・・」

「新淵に小さな古民家を購入したんだよ。
あ、そういえば、桜小花はいま、なにしてるの?」

「わかってて聞いてるんでしょ・・・ばか・・・」

「Sacura、ご挨拶して」

「Piacere di conoscerti.」(はじめまして)

Sakuraが小さく頭を下げる。

そう。
2年前、おばあちゃんがいなくなって私は1人になった。
六厩のそば畑は、生産組合に管理を丸ごと委託。
ただでさえ、人手不足なのに、申し訳ない気持ちでいっぱいだった。

いまは、新淵で、小学校の音楽教師をしている。

私、最初はきっと緊張して顔がこわばっていたんだろうな。
でも、Sacuraの澄んだ瞳を見ていると、つい口元が綻ぶ。
彼女も私に微笑みを返した。

「僕は清見の工房で働くことになったよ」

「え?」

「オシャレなデザイン家具を作っているとこ。
僕をマイスター、つまり匠として迎えてくれるそうだ」

「すごい・・・
よかった・・・ほんとに・・・」

「あれ?
桜小花、どうしたの?」

背中を向けたのは、潤んだ瞳を見られたくなかったから。

私の前へ回り込んだSacuraが口を開く。

「Papà, magari quella donna diventasse la mia mamma!」
(パパ、この人が私のママになってくれたらいいのに)

「え?
いまなんて言ったの?」

「さあ。よく聞こえなかった」

「ねえ、今度、連理の杉を見にいってみない?」

「連理の杉?」

「そう。六厩の夫婦スギ(むまやのめおとすぎ)。
2つの杉の木が地上6mのところでつながっているの。
まるで両手をつないでいるように」

「すごいな。絶対行こう!」

15年前。
自転車のブレーキが壊れて猛スピードで下ってきたあの峠道。
思えば私たちの糸は、あの日から紡ぎはじめていたのだろう。
縦の糸はあなた。横の糸は私。
今はもう、ブレーキをかける必要なんて、どこにもなかった。

「糸/中島みゆき」
https://music.youtube.com/watch?v=78UwqbJnI18&si=G-6-uO-qfHazxfsZ

「糸/奈良姉妹」
https://youtu.be/ApITTcy9Vl4

なぜめぐり逢うのかを私たちは なにも知らない。
いつめぐり逢うのかを私たちはいつも知らない
どこにいたの生きてきたの遠い空の下 ふたつの物語
縦の糸はあなた横の糸は私
織りなす布はいつか誰かを暖めうるかもしれない
なぜ生きてゆくのかを迷った日の跡のささくれ
夢追いかけ走って
ころんだ日の跡のささくれ
こんな糸がなんになるの心許なくてふるえてた風の中
縦の糸はあなた横の糸は私
織りなす布はいつか誰かの傷をかばうかもしれない
縦の糸はあなた横の糸は私
逢うべき糸に出逢えることを人は仕合わせと呼びます

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