「二号研究」

【終戦80年特別企画】ボイスドラマ『二号研究』

1945年、飛騨・荘川。

少女・さくらが出会った青年は、日本の最高機密「二号研究」に携わる科学者でした。
戦争を終わらせるために始まった研究。
しかし、その先に待っていたのは広島、そして長崎――。
科学は人を救うためにあるのか。
それとも、人を滅ぼすためにあるのか。
実在した原爆研究をモチーフに描く、切なくも壮大な歴史ボイスドラマです。

【ペルソナ】※舞台設定は1945年春〜夏
・さくら(16歳/CV:岩波あこ)=女子学徒隊として働いていた神岡鉱山を体調を壊してやめ今は荘川村内の軍服を作る小さな縫製作業場で働いている
・しゅう(28歳/CV:岩波あこ)=原爆開発を目的とした「2号研究」の責任者。中野の地下で見つかった雲帰城跡で研究を続ける
・憲兵(CV:日比野正裕)守る村人

【資料/もう一つの「戦争裏面史」原爆開発競争(中国新聞)】
https://www.sankei.com/article/20150723-CWDSN5CZHFJJXE7ORSUBGW5P5M/

【プロローグ/理化学研究所(京都帝国大学)】

◾️SE:遠心分離機の音

「5万・・6万・・7万・・・いけるぞ!」
「設計は間違っていなかった」
「超高速遠心分離機の誕生だ!」
「これでウランの濃縮が可能になる!」

◾️SE:遠心分離機が爆発する音

「しまった!」
「やはりだめか・・・」
「一刻も早く、これに耐えられる精密な軸受や鋼材を作らなければ・・」

1945年3月。
本土決戦が迫り、敗色が濃厚となっていた日本。
京都の理化学研究所で、ある原子物理学の研究が進められていました。

それは、戦局を一変させるほどの大きな計画。
日本軍は、この計画に一縷(いちる)の望みを託し、
研究施設を飛騨の山岳地帯へ移すことを決定したのです。

【シーン1/荘川村中野/4月後半】

◾️SE:のどかな小鳥のさえずり/草むらを歩く音

「おい、きさま!」

「ひゃっ・・」

「ここでなにをしている!?」

山菜を摘んでいた私の前に、いきなり現れたのは、
2人組の憲兵だった。

「こたえんか!
なにをしている、と聞いておるのだ」

「あ・・・さ、山菜をとりに・・」

「山菜?うそをつけ。配給があるだろう」

「配給ったって・・いつあるかわからんもんで。
みんなお腹すかせとるんやさ」

「なんだと!?きさま、お上の配給に不平を言う気か!
まさか、敵国のスパイか・・・」

「スパイ・・・そんな・・」

「話は憲兵隊本部で聞く!連れていけ!」

憲兵の手が私の腕を乱暴につかんで引っ張る。
思わず目をつむったとき、私をつかんだ腕から力が抜けていった。

なに?

ゆっくりと目を開けると・・・

白衣を着た青年が私の前に立って、憲兵になにかを見せている。

右手に金バッジ。
左手には『特命証明書』と書かれた黒皮の手帳。
どちらにも『五七の桐(ごしちのきり)のご紋章』が光っている。
よく見ると、手帳には陸軍航空本部長官の割印も押されていた。

「し、失礼しましたっ!」

「彼女は私の助手だ」

「し、承知いたしました!失礼いたします!」

憲兵たちは最敬礼をしてそそくさと立ち去っていった。

「大丈夫?」

「あ・・はい。
ありがとうございます」

「このへんにはあまり近づかない方がいいよ」

「え?どうして?」

「どうして、って・・・ほら、さっきみたいに憲兵さんもうろうろしてるし」

「こんな山ん中に憲兵さんがいるなんて思わなかった」

「そうだね・・・」

「あ、あの・・・私はさくら」

「さくらさん・・・荘川村の人?」

「うん。今日からまた中野に戻ってきたの」

「今日から?」

「昨日までは神岡にいたんだ。女子学徒隊」

「神岡?神岡鉱山?」

「そう。私、一番深い栃洞坑(とちほらこう)の奥で不思議な石を見つけたの」

「え・・・」

「気のせいかもしれないけど、暗闇の中でぼう〜っと青白く光ってみえたわ」

「チェレンコフ光・・・?」

「なあに?」

「いや、なんでもない・・・
それで?それでどうしたんだい?」

「私が石に近寄ろうとしたら、兵隊さんが飛んできて
その石、慌てて持ってっちゃった。
そのあと、監督官長さんに呼ばれて”明日から来なくていい”って。
だから私、中野に戻って山菜を摘んでるの」

「君、体は大丈夫なのかい?」

「どうして?なんともないわ」

「いや・・・いいんだ、それなら・・・
きっとウランの同位体を含む鉱石だな・・・本当だったんだ、神岡鉱山で」

「どうかしたの?」

「いや、なにも・・・
それよりさくら君、早く帰った方がいい。
お父さんやお母さんが心配するといけない」

「おとうもおかあもおらん。いまは寺に住んどる」

「寺って?照蓮寺かい?」

「ううん、光輪寺。桜が咲きはじめた方や」

「そうか・・・それで山菜を・・」

「ああ、もうちょっと摘まんと夕ご飯にならんやろ。
ご院さん、配給が入るとぜ〜んぶ村のもんにあげちゃうから。
うちには食べるものがないんや」

「そうだったんだ・・・・・
よし、じゃあ、これから夕方になったらここへおいで。
ぼくがなにか食べるものを用意しといてあげるよ」

「え?そんな・・・いいの?」

「ああ、遠慮しないで。
光輪寺の住職さんが、腹ペコで命を落としたら大変だ」

「でも・・えっと・・・あの・・」

「シュウ。ぼくの名前はシュウだ。シュウ、って呼んで」

「うん。あの・・私、シュウにあげるもんがなんもない」

「そんなこと気にしなくていい。
そのかわり荘川や中野のこといろいろ教えてくれるかい。
研究に役立つから」

「研究・・・?」

「あ、いや。
僕はどうも、真理への執着が人一倍強くてね・・・
あ、それから、ぼくのことは誰にも話しちゃだめだよ。
住職さんにも」

「わかった・・・じゃ、また」

「ああ、あしたもおいで」

そう言われて私は、足取りも軽く薮の中を抜けていく。

この日以来、私とシュウはほぼ毎日会うようになった。
シュウはいもだけでなく、乾パンや金平糖もくれる。
ときには、白いごはんのおにぎりや、牛肉の缶詰まで。
いったい、どんな仕事をしとるんやろう。

「お待たせ。今日もおにぎりだけなんだ。ごめん」

「なに言ってるの。こんなぜいたくってないわ」

「さくらが美味しそうに食べる顔を見たくてね」

シュウが嬉しそうに笑う。
ほんと、こんなに幸せでええんやろうか。
なんだかうしろめたいような、くすぐったいような感覚だった。

荘川には、美味しいもんがい〜っぱいあるのに。
そばも大根もにんじんもとうもろこしも、
み〜んなお国のためじゃ言うて、供出されて
私たちの口には入らん。
こんな暮らし、いつまで続くんやろか。

ご院さんは、私が食べ物を持って帰ってもな〜んも言わんかった。
だけど、自分は一口だけ食べて、あとはやっぱりぜんぶ村人に分け与える。
まあ、なんも食べんよりはましやろう。

【シーン2/告白/8月10日】

◾️SE:クマゼミの鳴き声

シュウと初めて会ってから、3か月。

8月6日を境に、シュウはぱったりと姿を見せなくなった。
私は毎日、中野の森でシュウを待ったけど、
待てど暮らせど、耳に届くのはセミの声ばかり。

居ても立ってもいられなくなって、
私は立ち入り禁止区域の近くまで足を踏み入れた。
すると・・・

◾️SE:薮の中の草が揺れて人の気配が現れる音

あ・・・あのときの・・憲兵さん。

今度は私に最敬礼して、声をかけてきた。

「あ!ご、ご苦労さまです!」

「あ・・・あの・・シュウは・・・?」

「仁科一等高等官であらせますか?
ご案内します!」

「え・・・?」

「一等高等官からお通しするように言われておりますので」

そう言って私を立ち入り禁止の鉄条網の中へ案内した。
外からはまったくわからなかったけど、
入口らしきものはなく、コンクリートの階段を下へ下へと降りていく。
まるでイザナギがイザナミに会いにいくように。

辿り着いたのは地の底・黄泉の国の入口のような鉄の扉。
扉へ近づくと、私の頭の高さにある小窓が開く。

「帰り雲に」

中から突然人の声がした。

「原子の灯火」

憲兵さんが迷いなく答える。
すると大きな音を立てて、扉が開いた。

「仁科一等高等官の研究室へ」

軍服を着た兵隊さん。
横目でちらっと私を見たあと、何も言わずに歩き出す。
私は黙ってついていった。

建物へ入ってからも階段をどんどん下がっていく。
案内されたのは、一番下の部屋。

中へ入ったとき、ひんやりした空気に驚いた。
天井からは無数の太い電線やゴム管が、蛇のように複雑に絡み合う。
それは床に並ぶ巨大な機械へと繋がっていた。
鈍色(にびいろ)に光る鉄の筒。
ガラスの管(くだ)が組み合わされた実験装置。
部屋のいたるところで、丸いメーターの針が、不規則に振れていた。

その無機質な機械の要塞の真ん中に・・・シュウはいた。
ボロボロになった白衣。振り乱した髪。やつれた眼差し。

視線をゆっくりと私の方へ移すと、

「さくら・・・きてくれたんだね」

「どうしたの、シュウ?
心配したのよ」

「すまない・・・」

「どこへ行ってたの?」

「ヒロシマ・・」

「え?」

「8月6日、広島に原子爆弾が落とされた」

「どういうこと?」

「さくら・・」

「話してよ、シュウ」

「ああ・・・」

あれ?

「・・わかった・・・全部話そう」

シュウ、泣いてるの?

「僕たちは・・原子爆弾を開発していたんだ」

「原子爆弾?」

「悪魔の兵器・・・何万人もの命をあやめる大量殺人兵器だ」

「ええっ!?」

「ぼくは元々京都の理化学研究所で働く研究員だったんだよ」

「京都・・・」

「そこで4年前から、原子爆弾の開発に関わった」

「そんな・・・」

「同盟国のドイツの科学者のアイデアなんだ。
開発名は『二号研究』」

「二号研究?」

「そう、原爆開発研究の名前さ。
責任者であるぼくの名前、仁科から『二』をとったそうだ。
今となっては、ふざけるな、という思いだ」

「シュウ・・・」

「ぼくは電力や物資も足りないなかで、一生懸命研究に労力を費やした。
そしてとうとう今年、超高速遠心分離機の設計が完成したんだ」

「遠心分離機って・・・?」

「1分間に10万回転する高性能な機械だよ。
ウランの濃縮ができる機械。
でも、いまの日本にはこれに耐えられる、
精密な軸受や鋼材を作る技術がなかったんだ」

「そうなの・・・」

「それだけじゃない。
日本には圧倒的にウランが足りない」

「ウラン?」

「さくらが神岡鉱山で見つけた光る石だよ」

「えっ?」

「実は、君よりも前にウランの鉱石を見つけた坑夫が何人もいたんだ。
だから軍は、『二号研究』の開発施設を京都からここ荘川へ移した。
ぼくは軍にかけあい、ウランの確保を頼んだ。同盟国のドイツにね。
だけど今年の5月。
ウランを積んだUボートが日本へ向かっている途中で、ドイツは降伏。
結局、ここにウランは届かなかったんだ」

「そんな・・・でも、どうして荘川なの?」

「いま日本軍は本土決戦に備えて、全国いろんな山岳地帯に
地下要塞や研究施設を作ってる。
それでたまたま見つけたのが、この洞穴だったんだ。
最初は小さな洞穴だと思ったらしい。
だけど、奥へ掘り進んでいくと、城下町のように大きな空間が現れた。
歴史学者は、もうひとつの帰雲城ではないかと言っている」

「内ヶ島氏の・・・」

「そう。天正地震によって一瞬で地の底へ埋もれた、城と城下町」

「白川郷のことだと思ってた・・・」

「内ヶ島氏が帰雲城とは別に、荘川村中野の山中へ築いた秘密の地下要塞らしい」

「うそみたい・・・」

「あと、軍が飛騨を選んだ理由は他にもある」

「え・・・」

「まず神岡。神岡鉱山はいまやそのすべてを軍が掌握している。
国府の農業倉庫はカモフラージュして、
神岡から運んだウラン鉱石の『一次選別所』。
清見の森には、放射線を遮蔽するための特殊な木材加工場を設置した。
そして、飛騨一宮水無神社。
いま、三種の神器のうち、草薙剣は熱田神宮から水無神社に移されている。
神器を手中に収めるものは国を収めるという言い伝えさ。
ゲンを担ぐ大日本帝国らしいだろ」

「全然知らなかった・・・」

「さくら・・・・・今から大事な話をするから聞いてほしい」

「はい・・・」

「実は昨日も長崎に原子爆弾が落とされた」

「え!?」

「もう日本の敗北は時間の問題だろう。
状況を察した軍の上層部はすでに、この施設の移動を決めた。
だけど、こんな悪魔の施設をここに残すことは許されない。
いつか為政者たちが必ずこれに目をつける。
そうなったら、日本どころか世界は滅んでしまうだろう。
それを止められるのは、まだ良心が残っているぼくしかいないんだよ」

「それは違うわ」

「え?」

「私もいる」

「さくら!だめだよ、君は・・・」

「ばかねえ、シュウ。
ここまで秘密を知った人間を軍が黙って見逃すわけないでしょ」

「さくら・・・」

「さあ、急ぎましょう。どうすればいいの?」

「本気なのか・・・」

「早く!」

「わかった。
今日、ほとんどの職員は長崎へ現地の視察へ行っている。
その他の職員も神岡や国府へ行かせたから
『二号倉庫』に残っているのはわずかだ。
君を連れてきた警備兵も、もう神岡へ出かけたはず」

「それで?」

「ここのような地下施設には、すべて自爆のための装置が仕込まれている」

「え・・・」

「施設も職員も跡形もなく消滅させられるほどの爆薬の量で」

「ひどい!」

「それが戦争さ。
だけど、起爆装置は一番奥深い場所。
つまりこの部屋にしかないんだ。
なぜかわかるかい?」

「どうして?」

「一人も生きて帰さないためさ」

「そんな!」

「だから・・・」

シュウは私の顔をじっと見つめた。
私もシュウを見つめて、小さく微笑み、そっとうなづく。

「いいのかい?」

「あたりまえじゃない」

「愛してる」

「私も」

「ありがとう」

私たちは2人で手をとり、見つめ合いながら・・・・・起爆装置を押した。

1945年8月10日。
荘川村中野では局地的な地震が観測された。

【エピローグ/1960年8月】

◾️SE:のどかな小鳥のさえずりと湖面のさざなみ

「すごいなあ」

「ほんと」

「いのち、って」

「こうして続いていくのね」

1960年8月15日。
私たちは、高台へと引き上げられた2本の桜を見ていた。

奇跡の移植手術を終えた光輪寺と照蓮寺のエドヒガンザクラ。

いまは枝葉を切られて無惨な姿だけど、
いつかはまた、美しい花を咲かせるだろう。

「これで悪魔の研究はすべて水の底に沈む」

「やっと、終わったのね」

「ああ、だからそろそろぼくたちも・・・」

「逝きましょう、シュウ」

「さくら・・・」

高台に立つ2本の桜。
その周りを蛍のように小さな光が2つ。
嬉しそうに舞いながら、冬の雪空に昇っていった・・・

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