「1945」

「もし、80年前の祈りに返事ができたら——」

1945年と2026年。
ふたつの時代を結ぶ、おみくじの物語。

戦争の年に結ばれた願いは、未来で“幸せだった人生”として返ってきます。

【ペルソナ】
・美夜=みや(25歳/CV:小椋美織)=高齢者福祉施設の看護師。東京の友だちから一緒に企画会社をやろうとオファーを受けて悩んでいる
・伽耶=かや(16歳/CV:高松志帆)=岡谷の製糸工場で働く工女。幼馴染との関係に悩んでいる
・伽耶=かや(96歳/CV:山﨑るい)=耕作と結婚して幸せに暮らしたマルチバースの伽耶
・デイサービス職員(26歳/CV:岩波あこ)

【資料/飛騨一宮水無神社】
https://minashijinjya.or.jp/

【資料/岐阜県神社庁】
http://www.gifu-jinjacho.jp/syosai.php?shrno=2208

[シーン1:2025年正月】

■SE/冬の野鳥の鳴き声〜神社の鈴の音

「やった!大吉」

久しぶりに目にした「大吉」の文字。
久しぶりに感じるお正月のにぎわい。
三が日に飛騨一宮水無神社にお詣りできるなんて何年ぶりかしら。

私は美夜。
看護師として、高山市内の高齢者福祉施設で働いている。
年末年始はずうっと宿直か夜勤だったから。

いいわねえ、この神聖な空気。
新年は特に清々しい感じがするわ。

やっぱり人は多いかな。

私は、裏手の駐車場の方へ。
御神木の下でじっくりとおみくじを読む。

”水のごと 心定めし その先に
八千代(やちよ)の緑 栄えわたらん”
(今は悩んでいても、一度勇気を持って進むべき道を決めれば、その選択は必ず明るい未来と永遠の繁栄に繋がる)

え?
細かいことはよくわかんないけど、これっていい意味よね。
信じて進め、ってことでしょ。

私いま、すっごく悩んでるんだ。
看護師としての仕事はすっごくやりがいがあるんだけど・・
東京の友だちから、一緒に企画会社をやろうと誘われてて・・
ホントは学生時代にマーケティングを学んだから、そっちの道へ進みたいし。

と、そのとき。
御神木の上の方から、私の目の前になにかが降ってきた。

ボロボロになった・・・紙?
ううん、これ、おみくじだわ。
それもすっごく昔の・・・

なんで?

崩れてしまわないように、慎重に紙を開く。
「吉」という文字の裏に鉛筆でなにか書かれている。
黄ばんで、滲んだ文字。

『耕作が命を粗末にしませんように
赤紙がきませんように 伽耶』

え?
伽耶?名前?
耕作、ってだれ?
『赤紙』という文字だけが殴り書きになってる。

おみくじの表には、消えかけた『昭和二十年』の文字。

昭和20年?
1945年?

80年前だ。
知ってるわ。
たまにデイサービスでやってくるおばあちゃんが戦争体験者だもの。

結構なお年だけどすごいおしゃれな人。
プラチナブロンドのショートヘアーにレイヤードスタイル。
私と顔を合わせるたびに話をしてくれる。

そ、1945年は終戦の年でしょ。
おばあちゃんの許嫁も、この年に戦争で亡くなったって言ってた。

この手紙、短い文面だけど、なんか、すごい心に響く。

伽耶、って女の子よね。

私の頭の中に、水無神社で必死で祈る少女の姿が鮮明に浮かんでくる。

すぐにスマホをとりだして調べた。

1945年・・・
あ・・
水無神社のいまの社殿が完成した年だ。『昭和の大造営』?
ってことは・・・

御神木を見上げる。
30メートル以上はありそうな杉の御神木。

ひょっとして、社殿完成のときに植樹されたんじゃ・・・
伽耶さん、その若木におみくじを結んだのかしら?
それが八十年たって私の元へ・・

ちょっぴり震えた。

いま思えば、どうしてそんな行動をとったのか、わからない。
私は手袋を外してポケットからボールペンを取り出した。

おみくじ袋の裏側、神占(しんせん)と書かれた横のスペース。
そこに返事を書いた。

『伽耶、あなたのこともっと教えてください。
命を粗末にするってどういう意味ですか?
耕作って、だれですか?』

私は、メモをおみくじと一緒にねじって、低いところにある枝に結んだ。

届くはずのない手紙。
だけど、なぜかこうしなきゃいけない、って思った。

[シーン2:1945年正月】

■SE/正月の飛騨一宮水無神社

「え?」

境内で伽耶は思わず声を上げた。

1945年。
松の内も明けきらない正月のある日。

正月だというのに、飛騨一宮水無神社に参拝者はまばら。
戦況はますます悪化。
厳しい統制もあり、誰も浮かれてはいられないご時世。

そんななか、伽耶はほぼ毎日水無神社にきていた。

彼女は糸引き工女。
仕事は季節労働だから、いまはお休み。
春になればまた岡谷へ行く。
それまでは毎日、水無神社でお詣りするつもりだった。

幼馴染が早まらないように。

まだ真新しい神明造り(しんめいづくり)の社殿。
先代の入母屋造り(いりもやづくり)の社殿にあった、重厚な飾り気はない。
それはまるで、贅沢を禁じられたこの時代を映すように、
ひたすら清く、簡素で、美しい。

伽耶は、昨日おみくじを結んだ枝に、何気なく目をやって、声を上げた。

「なくなってる」

確かにこの枝に結んだはずなのに・・・
まさか、検閲?
いや、そんなはずはない。

昨日おみくじをひいたあと、伽耶は宮司さんに相談していた。

「幼馴染の耕作を戦争に行かせたくねえ」
「赤紙がこないようにしたい」

なんと不敬な願いごとだろうか。
そんな16歳の少女に、宮司さんは優しく微笑み

「御歳大神さまにいっしょうけんめいお詣りしなさい」

と告げた。

それを聞いた伽耶はおみくじの裏に、手紙を書いた。
その手紙がなくなっている。
代わりに・・・

「なにか結んである」

美夜の手紙だった。(私の手紙だった)

2025年からの手紙。

『伽耶、あなたのこともっと教えてください。
命を粗末にするってどういう意味ですか?
耕作って、だれですか?』

「これって・・・
御歳大神さまの返事だ!」

伽耶は急いで社務所へ戻り、またおみくじを引く。

「大吉だ!ありがとうございます!」

『心根(こころね)は 清き水なり 濁るなよ
乱れし世にも 道を定めよ』

伽耶は胸のポケットから鉛筆をとりだす。
尋常小学校を卒業した伽耶は、読み書きができる工女だったから
いつも鉛筆を携帯していた。

『御歳大神さま。
お返事をいただき、恐悦至極(きょうえつしごく)に存じます。
私は、伽耶と申します。
数えで16です。
岡谷の製糸工場で春から年末まで働く糸引き工女です。
耕作は、私の幼馴染でございます。
農家の長男で、将来あきしまささげの栽培をするのが夢だそうです。
いまは戦争だからみんな稲作です。
この厳しい戦局のなか、耕作は一日も早く出征したい、と申しております。
耕作を止めたい。
赤紙がこないようにしたいです。
なにとぞ、なにとぞ、お願いします』

書き終えた手紙をまた、御神木の若木に結ぶ。
自分自身を鼓舞するように、その顔は確信に満ちていた。

[シーン3:2025年】

■SE/飛騨一宮水無神社のにぎわい

「まじ!?」

まさか、伽耶から返事が戻ってくるなんて・・・
私のおみくじ、本当に届いたっていうの?80年前に。

内容を熟読して、さらに驚いた。
鳥肌が立つほどの符合。

ちょうど昨日、デイサービスのおばあちゃんと話したんだ。
ケアの合間の休憩時間だったから、結構長い時間。
そしたらおばあちゃん、終戦のとき、工女をしてたんだって。
最後には気になること、言ってた。

「目的もなく長生きするより、
愛する家族に見守られて、幸せなまま逝く方が幸せよ」

おばあちゃん確か・・96歳だったっけ。

私は、急いで社殿へ。
震える手でおみくじをひく。

中吉。

『その道を 水に映して 見定めよ
迷いの霧も やがて晴れなん』

私は、もう一度おみくじ袋の裏に手紙をしたためる。

『こんにちは。
私は美夜と申します。
残念ながら御歳大神さまではありません。
でも伽耶の気持ちはよくわかりました。
心配しなくても、8月になれば必ず戦争は終わります。
それまで、耕作さんが早まらないよう伽耶が支えてください。
『特攻』とか『玉砕』とか、美辞麗句に惑わされないように』

ちょっと、上から目線だったかな。
80年前へ届くことを信じて、私はおみくじを御神木の枝に結ぶ。

こうして、伽耶と私、過去と未来を結ぶ手紙の交換が始まった。

[シーン4:手紙の交換】

■SE/季節の移り変わりを表現

『美夜さま。
ありがとうございます。
耕作は相変わらず「お国のため」「男のつとめ」と
威勢のいい言葉を並べ立ています。
町内の軍事教練には行かせないようがんばります』

『伽耶。
耕作さんの気持ちを否定しちゃだめ。
昭和の男子だからよけいに反発すると思う。
一之宮にももうすぐ遅い春がくる。
きっと伽耶と耕作さんにもね』

『美夜さま。
私は岡谷へ行かず、高山の軍需工場へ学徒動員でいっています。
最近耕作はどこで覚えてきたか
「愛する人を守るため」という言葉を口にします。
私にはその思いを否定できません』

『伽耶。
そんな言葉は為政者のまやかしよ。
命をかけて守る愛より、生きて守り続ける愛の方が尊い。
そのことを耕作さんにも教えてあげて。
もうすぐ梅雨の季節。
あと少しだから、頑張って。
御歳大神さまに祈るのよ』

『美夜さま。
八月に戦争は終わる、って伝えたら
耕作から「非国民」と言われました。
「証拠を見せろ」「日本は勝つのか」とそればかり。
ついには志願兵に応募してしまいました。
もう私にはどうしていいかわかりません』

『伽耶。
迷ったけど真実を伝えるわ。
日本は負ける。しかも最悪の結末で。
八月六日、広島に新型爆弾が落ちて十四万人もの命が奪われる。
八月九日、長崎にも新型爆弾が落ちて七万人もの命が奪われる
そして八月十五日、日本は降伏して戦争は終わる。
これが事実よ。
蝉の声もニイニイゼミからクマゼミに変わってきたわ。
なんとかあと少しだから、頑張るのよ』

『美夜さま。
昨日、耕作に赤紙が届きました。
喜んでいるかと思ったけど、神妙な表情でした。
ここまでがんばったけどやっぱり運命は変えられませんでした』

赤紙!?
待って。待って。待って。
今日は何日?
・・・広島の原爆投下の前日・・
召集令状が届いてから出征まで1週間だから・・
ああだめだ、頭がまわらない。

『伽耶。
力になれなくてごめんなさい。
私から言えるのはもう、これだけ。
御歳大神さまにお願いして。心をこめて』

私が送った手紙を最後に伽耶からは何も届かなくなった。
まさか・・・まさか・・・
伽耶、耕作さん、無事でいて。お願い。

[シーン5:再び新年〜2026年】

■SE/冬の野鳥の鳴き声〜神社の鈴の音

あれっきり、伽耶とは連絡がとれなくなった。
いや・・・
そもそも80年前と連絡つく方がおかしいし。

お盆のあと、高山市の戦死者名簿を調べたけど
耕作、という名前はなかった。
もちろん、伽耶も。

実は、伽耶に勇気づけられて、私も一歩前に踏み出した。

友だちのオファーを受けて、東京へ行く。
不安もあるけど、自分の夢にまっすぐになる。

高齢者福祉施設に最後のご挨拶にいったとき、
いつもひとりで来てたおばあちゃんのことを聞いた。
夏以降、一度も顔を見てなかったから。
96歳。高齢だったから少し心配。

そうしたら、職員はみんな変な顔をする。

だれのこと?

え?

だってほら、あの
プラチナブロンドのショートヘアーにレイヤードスタイルの・・

ああ、ひょっとして・・
少し前に、よくご夫婦でデイにいらしてた・・

え・・

耕作さんと伽耶さん。

え!?

5年前にお亡くなりになったわよ。
旦那さんが先に逝って、そのあと奥さんも後を追うように・・

そんな・・・

デイの職員みんな言ってたわ。
2人とも幸せそうな大往生だったって。

そういえば、お二人でしょっちゅう水無神社へ参拝してるって言ってたわねえ。

ああ、そうか。そうなんだ。
耕作さん、戦争に行かなくてすんだのね。

「目的もなく長生きするより、
愛する家族に見守られて、幸せなまま逝く方が幸せよ」

思いが届いたんだ。
よかったね、伽耶。

私は清々しい気持ちで、高齢者福祉施設をあとにした。
あ、そうだ。旅立つ前に行かなきゃ。
私、あの御神木に、まだ一度も「ありがとう」を言っていなかった。

スーツケースをひいたまま、飛騨一ノ宮駅へ。

私は一之宮の神聖な空気を吸い込みながら、歩いていく。
初詣客で賑わう飛騨一宮水無神社へ。
そこは私の未来とつながっている。

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