東京で孤独を抱えた13歳の少女・聖夜。
祖父の訃報をきっかけに訪れた久々野で、
絞りたてのりんごと飾り気のない人々の温かさ、
同級生・林檎との出会いが閉ざされた心を少しずつほどいていく——
SNSの悪口に傷つき、「人と関わること」を怖がっていた聖夜が、
冬の田舎で見つけたのは“小さな奇跡”でした・・・
【ペルソナ】
・聖夜(せいや:13歳/CV:坂田月菜)=冬休みに東京から久々野にやってきた厨二病のJC
・聖夜の母(みや:38歳/CV:小椋美織)=久々野出身。高校のとき喧嘩して家を飛び出し東京へ
・聖夜の祖母(りん:71歳/CV:山﨑るい)=久々野で祖父と一緒にりんご農家を営んでいた
・林檎(りんご:13歳/CV:坂田月菜)=久々野中学校2年生。久々野で生まれ久々野で育った
【資料/ユネスコスクール「高山市久々野中学校」】
【プロローグ:JR高山線高山駅】
◾️SE/高山駅到着車内アナウンス/♪アルプスの牧場〜
「さ、聖夜、高山で乗り換えるよ」
「えー?高山で降りるんじゃないのー、ママ」
「久々野って言ったでしょ?」
「聞いてないよ。
なに?クグノって・・・」
「高山から久々野までは鈍行よ〜
あなたの好きな」
ママ、また話をすりかえる〜。
それに私、各停専門の乗り鉄じゃないし。
私の名前は聖夜。
クリスマスの聖夜って書くんだよ。
自分では割と気に入ってるんだけど、よく友だちからイジられるんだなあ。
イジられる・・・?
いや。イジメられてる、って言い方のが正しいか・・・
私は、東京の中学に通う2年生。
天文部に入ってて、ギリシャ神話とか星の伝説とか大好き。
アパートのベランダからいつも星を眺めて
いろ〜んな妄想してるんだ。
うん。少しだけ厨二病入ってるよ。悪い?
冬休みに入ってすぐ、ママの元へおじいちゃんの訃報が届いた。
と言っても、私は会ったことないんだけど。
生まれてから13年間、
おじいちゃんやおばあちゃんがいることさえ知らなかった。
ママも実家に帰るのは20年ぶりなんだって。
どうゆうこと?
【シーン1:JR高山線久々野駅】
◾️SE/久々野駅前の雑踏
JR高山線久々野駅。
駅前の広場に一台の軽トラックが停まっている。
わあ、東京じゃなかなか見れないビジュ〜。
と思ったら、ママが軽トラの方へすたすた歩いていって、
「かあさん」
と、声をかける。
運転席に座ってるのは皺の寄ったおばあさん。
ママを見るなり、相好を崩して口を開いた。
「みやか。だいぶ顔見なんだな」
「かあさん、なんで汽車の時間わかったの?」
「ああん?
おまえが通夜からでるゆうとったで。
朝から待っとんやさ」
「そんな・・お父さんのそばにいなくていいの?」
「ああ。農園のみんなが賑やかにみとってくれるでな」
「そう・・」
「みや、まめけな?」
「まめまめ」
そう答えて、ママは私を指差し、
「これ、娘の聖夜。かあさん、初孫でしょ」
「ほおかぁ。セヤちゃん、ようきたなあ」
「はじめまして、おばあちゃん。聖夜です」
「ほうかほおかぁ。
じいちゃんにも会わせたかったわなあ」
「じゃ、聖夜、助手席に乗って」
「ママは?」
「私は農園まで歩いていくから。20分くらいで着くでしょ」
「荷台に乗れ」
「軽トラは2人乗りでしょ」
「ええんやて。荷台のりんごみとってまわんと」
「じゃ、私が荷台乗る」
「風邪ひくわよ」
「大丈夫。ダッフルコートめちゃあったかいもん。
それにいっぺんここ乗ってみたかったんだ」
「セヤちゃん、ええんか?
無数河(むすご)の加工場にりんご届けてからうちに帰るで」
「お通夜はいいの?」
「ええ、ええ。みんなおるからええ」
そう言って、どっかのアニメみたいなビジュになって
おばあちゃんちに向かった。
【シーン2:おばあちゃん家/久々野町無数河】
◾️SE/冬の虫の音(ごくわずかに)〜静寂
久々野に着いた日の、夜。
お通夜が終わって食事をとったあと。
私はおばあちゃん家(ち)の裏庭に出た。
そして空を見あげて、息を飲んだ。
星。
満天の星。
冬の大三角が、まるで天空のゲートのように輝いている。
オリオンが、地上の私に向けていまにも弓を射るようだ。
降り注ぐような星たちのきらめき。
もう、言葉にすらできない。
◾️SE/冬の鳥の声
お通夜もお葬式もとどこおりなく終わった。
でも、ママと私はまだ久々野にいる。
別にいいけど。
どうせ東京へ帰っても、楽しいことないし。
おばあちゃんは、毎朝しぼりたてのりんごジュースを用意してくれる。
「めちゃ甘でめちゃおいしい!」
「ほうかほおかぁ。
じいちゃんもきっと、喜んどるわ」
お世辞でもなんでもない。なんでこんなに甘くて美味しいの?
お砂糖使ってないから、あと味もさっぱりしてるし。
こんなん、東京には売ってないよ。
で、私はイマココ。
ママに言われて特産品加工場でお手伝い。
おばちゃんたちがアップルパイを作ってる。
え?
みんなりんご農家のひとなんだ?
へえ〜。
だから?お肌ツルツル・・って関係ないか。
アップルパイは、
フィリングという具材を作り、パイ生地を作って、成形して、焼き上げる。
知らなかった〜。
私は、最初の工程、りんごを優しく洗う作業をまかせてもらった。
よかったぁ。
だって私、包丁とか、握ったことないんだもん。
「あんた、手つき、いいじゃん」
声をかけてきたのは、私と同い年くらいの少女。
栗色のロングヘアーを後ろで縛ってる。
エプロンの下に見える、赤いワンピース。
白いお花の髪留めがかわちい。
「こんにちは、アタシは林檎。あんたは?」
「あ・・・せ、聖夜」
「セイヤ?
かっこいい名前・・・東京っぽい」
え・・・そんなこと、初めて言われた。
笑われるのがあたりまえだったのに。
加工場のみんなはすごく活気がある。
マスクをしてるし、飛騨弁だからたまにききとれないけど。
楽しそう。
私、厨二病だからそういう人の輪にはあんまり加わらない。
1人で自分の世界に入ってぶつぶつ言う癖があるの。
マスク越しに。
そんなとき林檎は、歯に衣着せぬ言い方で、ツッコミを入れてくる。
「包丁、握れる?」
「”剣”の扱いはプロよ。ゲームの中なら」
「剣じゃりんごは剥けんて」
「わが名は聖夜。運命に導かれし・・」
「運命よりはよ容器に入れやあ。あと、つかえてるで」
「久々野のりんごよ。懐かしきその香り・・」
「久々野ははじめてでしょ」
「深紅の輝きは、抗いがたい禁忌の誘惑・・」
「なあ、東京、帰るの?」
「え?
そ、そんなん・・そりゃ・・・」
「そっか。
でも、ええところやよ。久々野も」
「え・・・
どういうこと・・・?」
林檎は答えず笑顔で、カットしたりんごを大きなボウルに入れて
下処理室から厨房へ持っていった。
ママは冬休みの間ずっと久々野にいるっていったから
私はほぼ毎日加工場へ来てお手伝いをした。
だって、おばあちゃんちでゲームしてると怒るんだもん。
林檎とはなんだかそれからすんごい気が合って
お互いのことをいろいろ話した。
すぐにLINEも交換して。
最初にわかったんだけど、林檎と私は同級生。
しかもなんと、おんなじ誕生日!
もう奇跡だよね。
りんご情報が毎日LINEに入ってくる。
久々野のオススメカフェとか誰も知らない映えスポットとか。
私、久々野のこと、ミョーに詳しくなっちゃった。
東京のことは・・・
あまり話したくなかったから、テキトーに答えてたけど。
考えてみたら、いままで私、
こんな風に本音で話せる友だちなんていなかった。
【シーン3:聖夜のクリスマス/ヘイトメッセージ】
◾️SE/クラッカーの音
クリスマスイブ。
昼間はいつものように特産品加工場でお手伝い。
お昼休憩のとき、おばちゃんたちと
まかないのアップルパイでプチパーティをした。
「聖夜、メリークリスマス!聖夜の日じゃん!」
そう言って林檎とはプレゼント交換。
林檎からは、りんごの木の枝を使ったフォトフレーム。
りんごの細い枝を組み合わせて綺麗に作ってある。
きっと時間かけて作ってくれたんだろうな。
フレームの写真は最初の日にふざけて撮った変顔の2人。
やだもう、笑わせないでよ!
そう言いながらちょいウルウル。
私が林檎に送ったのは、りんごの形のネックレス。
ネットで買った。私とお揃いなんだ。
人気のブランドだったからおこづかいr代全部つぎこんだけど。
林檎がくれた手作りのフォトフレームの方が
よっぽど素敵!
クリスマスのプレゼント交換なんて、幼稚園以来じゃない?
ここへ来るまでは、人と話すのがすごく苦手だったって嘘みたい。
こんなに心から笑ったのって、何年ぶりだろう。
おばあちゃんちに帰ってからもテンションは高いままだった。
ママとおばあちゃんと3人で、『チキンとりんごのクリスマスディナー』。
スープは「久々野の根菜たっぷりポトフ」
サイドは「りんごとくるみのサラダ」
メインは「鶏もも肉のローストりんごソース」
そしてデザートはもちろん、「加工場のアップルパイ」!
「自家製りんごコンポートとバニラアイス」を添えて!
おばあちゃんの「特製しぼりたてホットりんごジュース」を
何杯もおかわりした。
もう最高のクリスマス!
夜も寝るのがもったいなくて、
窓を明けて星を眺めた。
ベテルギウス。シリウス。プロキオン。
冬の大三角、メリークリスマス。
ベッドに入ると、SNSを見ながら、いつもの癖でエゴサする。
裏垢で。
すると・・・
あ・・・
絶対にいま見たくないものを見つけてしまった。
私に関するコメント。
東京の同級生たち。
”アイツ、田舎に逃げたらしい”
”近くにるとキモいからちょうどいいじゃん”
”帰ってきたら無視ろうぜ。情報共有してねー”
目を覆いたくなるような内容。
久々野でせっかくほどけてきた心も気持ちも、一気に凍りつく。
疎外感。喪失感。孤独感。無力感。空虚感。
そして・・・もう生きていたくない、という気持ち。
人に会うのがまた怖くなった。
「聖夜、あと10分でイブが明けてメリークリスマス本番!
聖夜の日だよ!
また明日!待っとるで」
スタンプが踊り、林檎の愛情が伝わってくる。
でも・・・
いまは林檎からのメッセージにさえ返信できない。
とそこへ・・・
◾️SE/部屋の扉が開く音
「ちょっと。
相談があるんだけど」
「もう。入るときは声かけてよ」
涙・・・見られたか。
ママはそんなこと関係なく話を続ける。
この人のこういうとこすごいわ。
「おばあちゃんと話したんだけど」
「おじいちゃんがやってたりんご農園のこと」
「おじいちゃんが亡くなって、いまおばあちゃんが一人できりもりしてるでしょ」
「だけどおばあちゃんも足腰弱ってきてるし」
「でもママはできないから」
「りんご農園はもうたたもうかって」
「え?・・たたむ・・?・・だめ!」
「なんで?」
「私が・・・手伝う」
「ええっ?」
「あんな美味しいりんごなのに・・・」
「そんなこと言ったって、あんた学校あるでしょう」
「久々野に引っ越したい」
「え?いまなんて?」
「ここに住みたい・・・」
「適当なこといわないで」
「適当じゃない・・・」
「本気なの?」
「うん・・・」
「そう・・・
実はね、引っ越しについては、ママも考えてたの。
おばあちゃんを1人にはできないし。
ママの仕事は、リモートで十分できちゃうから問題ないでしょ。
それで、来年の春までに引っ越して、新学期に転校できないか、
聖夜に相談しようと思ってたの」
「来年の春・・・」
「うん。
環境がガラっと変わっちゃうし、
お友だちと離れ離れになっちゃうから、時間が足りないかもだけど・・」
「いやだ!」
「ああ、そうか。4月なんてもうすぐ・・・」
「いますぐ引っ越したい!」
「ええ〜っ?」
「いますぐ引っ越したい・・・」
「聖夜・・・」
言いながら、涙が溢れてきた。
ママは驚いて私を抱き寄せ、
「わかった・・・
冬休み明けの3学期から転入できるよう、手続きしましょ」
「ママ・・・ありがとう」
「おばあちゃんもきっと喜ぶわ」
【シーン4:冬休み最後の日/特産品加工場】
◾️SE/除夜の鐘
クリスマスが終わっても私は久々野にいる。
大晦日、私はおばあちゃん家を抜け出して、久々野駅へ。
誰もいないホームで林檎と一緒に星を見た。
「久々野駅ってさ、高山線の駅でいっちばん標高が高いんやさ」
「そうなんだー」
「星にいちばん近い駅やろ」
「あ、そっか
「なあ聖夜、冬の星座のこと、教えてよ」
「え?」
「東京へ帰っちゃう前に」
「あ・・」
「いや・・ほら、あんたがいつも星の話するから、アタシも調べてみたんよ」
「ふうん」
「オリオンに、冬の大三角でしょ」
「すごい」
「ほかには?」
「ユニコーン」
「なにそれ?」
「オリオンとか明るい星座に比べると地味だけど、
私、お気に入りなんだ。
いっかくじゅう座」
「いっかくじゅう?」
「そ。だからユニコーン」
「へえ〜」
「ユニコーンって清らかな心の持ち主にしか姿が見えないの。
林檎みたいに」
「なあに、わかんない(笑)」
東京にいるときには見えなかった星。
私にとって林檎はユニコーンだ。
でも、林檎には転校のこと、まだ話してない。
もし、口にして、ユニコーンが見えなくなったら怖いから。
年が明けても休みの間、私は毎日加工場でお手伝いをした。
お手伝い最後の日。
おばちゃんたちは、私にプレゼントをくれた。
りんごの柄が入ったエプロン。
小さく「聖夜」と刺繍がしてある。
アップルパイのレシピ。
「自分で作っておばあちゃんに食べてもらって」
メモ書きが残っていた。
そして、寄せ書き。
下の方に小さく林檎の文字。「また久々野にきて!」
みんな、明日私が東京へ帰ると思ってるみたい。
【シーン5:転校生/久々野中学校新学期】
◾️SE/教室のチャイム
久々野中学校、転校初日。
だめだ。
やっぱり緊張する。
東京とは全く違う、少人数の教室。
久々野中学校の新しい制服に身を包んだ私は、
張り詰めた表情で教室の黒板の前に立つ。
担任の先生に促されて、自己紹介。
でも、無理。
緊張で前が向けない。
声が出ない。
クリスマスに見たSNSの悪口がフラッシュバックする。
そのとき、
突然、1人の女子生徒が立ち上がった。
あ!
(※満面の笑顔、大きな声で)
「ようこそ!聖夜!」
林檎!
お揃いのりんごのネックレスを高く掲げて林檎が手をふる。
クラスメイトたちがざわめいた。
「なんや、知り合いか?」
「一緒にアップルパイ作ってたんよ!」
「林檎の友だちならオレたちも友だちや!」
「休みの日一緒に遊ぼうぜ」
「スキーできるか?」
「あんたよう滑らんくせに(笑)」
「ようこそ、ひだ桃源郷へ!」
「加工場におったんなら、もう久々野星人やさ」
(※以下は泣きそうになりながら必死で抑えて語る感じで)
なに、久々野星人って。ださいし・・
でも・・ああ、だめだ!
やっぱり、前が向けない。声がでない。
だって・・だって・・
涙でなにも見えないんだもん!
生まれて初めて感じる温かさ。
閉ざされていた心の扉が、久々野の明るい陽射しと笑い声によって、
静かにほぐれていく。
林檎、みんな・・・ありがとう。
これからも・・よろしくお願いします!!


