飛騨高山を舞台に、
“耳が聴こえない少女”と
“心を読める妖怪”が出会い
言葉のない世界で結ばれていく物語。
生まれつき耳が聞こえない凪。
言語を獲得しないまま成長し、
学校でも孤独だった。
ある冬の日——
転校生として現れた少年・覚(サトル)。
彼は、ただ一人
凪の「心の声」を聴き取った。
凪とサトルにとって
“言葉”とは、
音ではなく、
心の響き。
しかし、
サトルには秘密があった。
——人の心が読める妖怪・サトリ。
再会と別れ。
静かな雪の中で紡がれる
切なくも温かいファンタジー。
最後に凪が見つけるものは、
失った友ではなく
新しい世界とのつながり。
静寂と心音が交差する、
優しい一篇です。
【ペルソナ】
・凪(ナギ)(14歳/CV:山﨑るい)=生まれつき耳が聞こえない少女
・覚(サトル)(14歳/CV:山﨑るい)=人の心が読める妖怪サトリ
・歴史教師(24歳/CV:岩波あこ)=妖怪や民話・伝承が大好きな歴史教師
【資料/妖怪・覚(サトリ)】
【資料/妖怪・山童(岡本綺堂/飛騨の怪談)】
[プロローグ:記憶の中の声】
■SE/虫の声〜フェードアウトしていく
「・・・い。
お〜・・・い。
お〜〜い」
それは、私が初めて聴く・・”音”だった。
「お〜〜い」
山の向こうから響いてくるような・・”声”。
あたりをキョロキョロ見渡してもどこにも声の主は見当たらない。
声を探して、私は山へ山へと入っていった。
10年前。
私は4歳のときに”神隠し”にあった。
いや。
神隠しなんて迷信を信じているわけではない。
だが確かに私は、3日間父や母の前から消えてしまったのだ。
3日後に発見されたのはなんと日和田高原の石仏群。
馬頭観音の前にちょこんと座っていたという。
その3日間のことは、なにひとつ覚えていない。
ただ、すごく幸せなひとときだった・・・
そんな記憶がぼんやりと残っている。
初めてできたおともだちと仲良く過ごしたような・・・
いつまでもずうっと楽しく語り合って。
でも、それは絶対にありえない。
だって私は・・・
耳が聞こえないのだから。
[シーン2:中学校】
■SE/学校のチャイムの音〜フェードアウトしていく
神隠しから10年。
私は高根町から朝日町の中学校までスクールバスで通っている。
私の住む町にはもう小学校も中学校もないから。
先生が黒板の文字を消しながら話している。
後ろを向いて話してると何言ってるかわかんない。
最近、無理に唇を読むのをやめた。疲れるし。
筆談もみんなの手をとめちゃうからやんない。
手話?
・・実は私、手話も上手じゃないんだ。
どうしてかっていうとね・・・
■※ここから回想
高山には”ろう学校”ってないの。
うちはお父さんもお母さんもおじいちゃんもおばあちゃんも健常者なんだ。
普通は幼い頃からろう学校で手話を習うか、
家族が手話を習ってコミュニケーションをとるんだって。
うちの場合は・・・
お父さんが家具職人。清見の工房で夜遅くまで働いてる。
お母さんは市街地の総合病院で働く看護師。
おじいちゃんとおばあちゃんは
ゴルフ場で住み込みの管理人。
結局、私はいつもひとりぼっち。
朝から夕方遅くまで過ごすのは町内の託児所。
小さいうちに人工内耳を入れることもなく、手話も習わなかった。
家族も手話ができるわけじゃなく、近くにボランティアもいない。
こういうのなんて言うかわかる?
言語剥奪っていうんだよ。
幼ない頃から手話のような”言語”に触れる機会がないと、
コトバってものが理解できなくなっちゃうんだ。
で、私に残された方法は”読話(どくわ)”。
唇や口の動きを見てなにを言っているのかききとること。
いや、いきなり、それはハードル高過ぎでしょ。
そんなときに神隠し・・
でも神隠しのあと、
私は少しだけ唇を読めるようになってたんだ。
両親も祖父母もびっくり。
おばあちゃんなんて、
「やっぱり神様が連れてってくださったんだ」
って。
小学校のときはみんなマスクしてたから最悪。
誰がなに言ってんのか、まったくわかんなかった。
その頃たまに、手話ボランティアの人がきて
少しずつ手話を教えてくれるようになったけど。
中学へ入学したあとも、
学校で私、手話はほとんど使わない。
だって、誰も手話なんてわかんないんだよ。
私一人のためにみんながわざわざ手話覚えるとかって、ないし。
気を遣って話しかけてくれたりする友だちもいたけれど。
先生のお話も、早口で読み取りにくい。
やがて中学2年になった・・ある晴れた冬の日・・・
[シーン3:転校生】
■SE/学校のチャイムの音〜フェードアウトしていく
「はじめまして。
御嵩(みたけ)から引っ越してきました、覚(サトル)です」
中学校の教室に転校生がやってきた。
黒板に大きく自分の名前を書く。
ご丁寧にフリガナまでふって。
覚、サトル・・・
ふうん。
「これからよろしくお願いします」
あれ?
いまの・・手話?
両手を合わせて握る。
さりげなさすぎて、誰も気づいてないみたいだけど。
まあいいや。
へえ〜。
転校生って珍しいから?みんなサトルの周りに集まってる。
だって彼、見た目もいいしね。
なんていうのかな。
中学生にしてはちょっとワイルド?そんな感じ。
どうでもいいけど。
国語、社会、理科、数学。
音のない世界。
気を抜くと、先生の話がつながっていかない。
いつも六時限目が終わると、ほっとする。
私の席は先生が気を遣ってくれて一番前。
あれ?
みんな授業が終わって一斉に後ろへかけていく。
どうかしたのかしら?
振り返ると・・・
ああ、転校生の席。あんなに生徒が集まって・・・
たった1日でクラスの人気者ね。
え?
なに?
彼・・サトル・・私を見てる?
かんべんしてよ。
ほら。クラスメートがサトルになにか言ってる。
唇読まなくたってわかるわ。
”あの子、耳が聞こえないから”
”話すなら、近くまで行って、大きく口を開けてしゃべらないと”
で結局みんな、腫れ物に触るような感じで私を避ける。
静寂のなかの喧騒。
もう、さっさと帰ろ。
私は転校生たちのいる後ろの方とは反対側へ。
前の扉から出ていこうとしたとき・・・
『まって』
え?
声?
いや。違う。
声なんて聴こえるわけがない。
頭の中に直接響いてきた音。
どういうこと?
気味が悪くなって私は振り返らずに教室を出た。
あの音。あの声。
どこかで聴いたような・・・
全然いやな感じはしなかったな
[シーン3:妖怪サトリ】
■SE/学校のチャイムの音〜小鳥のさえずり〜
「みんな、席について。
今日の歴史の授業は飛騨の民話と妖怪です」
先生が楽しそうな表情でみんなに話す。
今日は先生の話がよくわかる。好きな話題なんだな。
黒板にも大きな字で「飛騨の民話と妖怪」。
ふうん。
飛騨にも妖怪なんているんだ。
「最近アニメとかで”妖怪”って流行ってるでしょ」
「ここ、高山にもいるのよ」
へえ〜。知らなかったな。
「作家の岡本綺堂(おかもときどう)が書いた『飛騨の怪談』っていう小説。
この中に『山わろ』っていう妖怪が出てくるわね。
ま、読めばわかるけど、妖怪っていうよりUMA(ユーマ)みたいなもんだけど」
ウ・・・マ?
木曽馬の妖怪かな・・
「全身毛むくじゃらのゴリラみたいな怪物。
実は、元寇で襲来した海賊の生き残りだったって話。
元寇、わかるでしょ?先週授業でやったから」
たしか2度も日本へ攻めてきた海賊だったっけ?
「あと、もうひとつ忘れちゃいけない妖怪がいるでしょ。
はい、わかるひと。
両面宿儺?
違〜う。あれは妖怪じゃなくて、飛騨の英雄です。
なに?わからない?
妖怪図鑑にも載ってるわよ。
そう。正解。サトリ!」
サトリ?
ヘンな名前。
「アニメにもでてきたでしょ。
人の心が読める飛騨の妖怪」
心が読める・・・
いいなあ。人の心が読めるなんて。
聞こえなくてもお話ができるってことでしょ。
『そんないいもんじゃないよ』
え?
なに?いまの・・
「人の心を先に読んでからかうイタズラ好きな妖怪ね。
見た目は毛むくじゃらの猿みたいな感じ?
さっきの山わろみたいなもんかしら
『百鬼夜行』を書いた鳥山石燕(とりやま せきえん)の妖怪画にも載ってるわよ。」
だめだ。
なに言ってるかわかんない・・
[シーン4:冬の嵐】
■SE/LINEの着信音〜
お父さんに学校まで送ってもらった日の夕方。
夜まで帰れないってLINEがきた。
あ〜あ。
今日はお迎えがあるから、ってスクールバスに乗らなかったのに。
お母さんは病院で夜勤だし。
ということで歩いて帰宅・・・
うちの家は、道の駅「飛騨たかね工房」の近く。飛騨川沿いのところ。
朝日町の学校まで車なら15分。
でも歩くと2時間かかるよなあ・・
自転車だともうちょっと早いのに、お父さんもお母さんも絶対にダメだって。
しょうがない。
覚悟を決めてリュックを背負う。
7時までには帰れるかな。
急がないともう暗くなってきちゃった。
誰が言ったか、彼は誰時(かわたれどき)。
またの名を逢魔時(おうまがどき)・・
■SE/森の夜〜
朝日中学校から飛騨川まで山の中で真っ暗なんだよなあ。
歩道も途中しかないし。ちょっと急ごう。
■SE/雨の音〜
え?雨?
傘持ってないよ・・
『お寺で雨宿り』
え?
だれ?
って声が聞こえるはずないし・・・
幻聴かなあ・・・ひょっとして、私、病気?
■SE/雨の音少し強くなる〜
ま、どうでもいい。
とにかく宝蓮寺(ほうれんじ)へ。
阿弥陀桜の下で少し休ませてもらおう。
そういえばまだちゃんと見たことないなあ。
今度の春は見にいこう。
雨宿りのお礼もかねて。
静寂のなか、雨が枝垂れ桜の枝を静かに揺らしていく。
■SE/川の流れ〜
しばらくすると雨は止んだ。
飛騨川を渡る頃には月もでてきた。
欄干から川面に映る月を眺める。
せせらぎってどんな音なんだろう。
川の向こうは三叉路。
左へ曲がって支所方面へ。
よかった。
このあたりは少し明るい。
支所のとこを右に曲がればすぐにぶり街道だ。
『あぶない!』
え?
■SE/車のクラクション〜
あっ。
誰かが私の腕を引っ張った。
国道を車が駆け抜けていく。
誰なの?
あ・・?
振り返るとそこには、転校生のサトル。
『ごめん』
え?
ってか、なんで聴こえるの?
あなたの声・・・
『声じゃないよ。
・・・心だよ』
心?
『前に先生が言ってたじゃないか。
心を読む妖怪・・・』
サトリ・・・?
え?
サトルがサトリ?
『うん。
名前でバレるかと思った』
うっそ〜。信じられない。
だいたい妖怪がいるなんて誰も信じてないし。
『たしかに。みんな心の中でそう言ってた』
ほんとに・・心が読めるの?
『読める』
私の心も読める?
『だから、こうして話してるじゃないか』
あ・・
『みんなの心が読めちゃうと、耐えられなくなるんだ』
『四六時中頭の中が雑音でいっぱいになる』
『だからしばらく人前に出ないようにしてたんだけど』
『10年前、ちとりば石仏群である女の子に出会ったんだよ』
10年前・・・
『石仏に囲まれてその子は静かに泣いていた』
あのときだ・・
『僕を見ても、なにも言わずに、黙って下を向いた』
『その子は心の中にも寂しさが溢れてたけど
それをどう表現していいかわからなかったんだ』
『人間の心にうずまく言葉はうるさくてたまらないけど』
『君は逆に心の中まで静寂の闇で閉ざしてた』
そう・・そうだった・・
『でも、僕が君の心に呼びかけると』
思い出した・・
『君に届いたんだ・・・伝わったんだよ・・僕の心が』
サトル!
『お〜い』『お〜いって呼びかけた』
あなたが教えてくれたのね・・言葉を・・
『君はすぐにいろんな言葉を覚えてくれて』
『それからいっぱいお話したよね』
うん・・りんごを食べながら・・
『喋りすぎて、気がついたら3日も経ってた』
神隠し・・
『でもよかった。久しぶりに君と出会えて』
私も嬉しい・・これからはまたこうやってお話しましょ。
『それは・・難しいかも』
え?
どうして?
『僕は妖怪だから、あんまり長い時間人間の世界にいられないんだ』
そんな・・やっと会えたのに・・・
私・・また・・・ひとりぼっちになるの?
『大丈夫だよ。僕以外の人にもちゃんと心をひらけば』
わかんない・・だって・・だって私、読話だってまだちゃんとできないし。
『心配ない。君はひとりじゃないから』
わかんないってば・・
『今日、こうしてお話ができただけで、僕は安心した』
いや!
堪えられなくなって目を背けると、後ろから小さな光が近づいていた。
あれって・・自転車?
『じゃあ、僕はもういくよ』
やだ、いかないで。
第一、この状況をどう説明したらいいの?
『僕は君にしか見えないんだよ』
え・・・?
やがて、自転車は私の前でとまった。
あ、同じクラスの女子が2人。
自転車をとめ、私の前まで歩いてくると・・
『大丈夫?』『心配したよ』と大きく口を開けて話しかける。
そして、私の前に手を差し出した。
右手の指先を軽く曲げた形で左胸から右胸へ。
両手の人差し指を立てて指先をくっつける。
あのあと2人で私の方を見て、笑顔でうなづく。
『大丈夫』『一緒に帰ろう』
手話だった。
うそ・・・いつの間に・・
私は驚いてサトルの方を振り返ると・・・
そこには誰もいなかった。
私は自転車の2人に守られるように、ぶり街道を高根町へ。
途中、休憩しながら筆談で少しお話した。
久しぶりにカバンから出す筆談ノート。
2人とも高根町に住んでいるのだという。
知らなかった。一緒に勉強してたのに。
私は2人に問いかけた。
『サトルのことだけど』
『だれ、それ?』
『この前転校してきたじゃない。先生が紹介して・・・』
『知らない。転校生なんてもう何年もきてないよ』
そんな・・
サトル、いやサトリはみんなの記憶から消えちゃったの?
でも・・・わかったよ。サトルの気持ち。
ありがとう。
私は絶対に忘れないから!
たった一人の私の音。サトリ!


