#21「ホリデー/後編」

前編で荘川を訪れたよもぎに続き、今回はさくらが朝日町を体験します。
薬膳や薬草、そして美女高原に広がる空の下で、彼女は新しいインスピレーションを得ていきます。
そして――村芝居の舞台で訪れる運命の再会。

偶然の出会いから始まった休日交換は、やがて必然の再会へ。
荘川と朝日、二つの里の魅力を舞台に、物語は感動の結末を迎えました。
この物語が、あなた自身の旅のきっかけになれば幸いです。

【ペルソナ】

・さくら(28歳)=荘川の村芝居に出演、伝統芸能に興味ある静かな女性(CV=岩波あこ)
・よもぎ(28歳)=薬膳カフェのオーナー、芯の強い漢方薬剤師(CV=蓬坂えりか)
・朝市のおばちゃん(40歳くらい)=宮川朝市で花の苗を売る女性(CV=小椋美織)

<シーン1:高山濃飛バスセンター>

◾️朝のバスセンターの雑踏/ステップを降りて深呼吸するさくら

「ふう〜っ!気持ちいい〜!」

荘川の支所前から高山の濃飛バスセンターまで1時間20分。

路線バスの旅って楽しい〜!

おのぼりさんみたいに、大きなスーツケースを抱えてバスを降りる。

しかも、今日は私、浴衣姿!

って、見ればわかるよね。

白地に桜の花が満開の浴衣柄。

ヒノキのエッセンシャルオイルをさっと振って。

エアコンが効いてるバスの中は、

浴衣だけだとちょっと寒い。

だから薄い羽織を重ねてる。

ほら、これも素敵でしょ。

透け感のある、淡い桜色の夏羽織。

ステップを降りて時計を見ると・・

8時前か・・・

◾️朝の町を歩く足音

まだ陣屋前の朝市は開いてないから、国分寺通りを宮川へ。

朝市なんて何年ぶりだろう。

なんだかドキドキする。

今日の目的は、村芝居のあしらい探し。

ここだけの話だけど、今年のテーマはファンタジー。

お花の精たちが集まって、夏の終わりを告げる人情時代劇よ。

設定はいつものように江戸の元禄時代。

え?よくわかんない?

じゃあ、見に来てよ。荘川まで。

スケジュールは観光協会のサイトに載ってるから。

私の役は、桜の精。

クライマックスには季節はずれの桜吹雪が舞うんだよ。

相手役は、江戸からやってきた役人。

ロミジュリの江戸時代版って感じかな。

舞台の小道具、あしらいはやっぱり、お花がいいよね。

艶やかな花魁たちには、ハイビスカスやアサガオ。

恋人役の男の子は・・ひまわり!

いろんなお花売ってるといいな。

◾️朝市の雑踏

「すみません」

「はい、いらっしゃい」

「ヒマワリってありますか?」

鍛治橋(かじばし)に近いお店。

お花の苗を売っているおばちゃんに、腰をかがめて話しかける。

そのときおばちゃんの前に座っていたのは・・・

ミズバショウの柄のグリーンの浴衣を着た女性。

手にはラベンダー?の苗。

大きなトートバッグを背負って(しょって)・・観光客かしら。

おばちゃんは私に向かって、人の良さそうな笑顔で、

「切り花かい?うちには切り花は置いてないわなあ。

もう少し待てば、陣屋の市が開(あ)くで。

あっちに確か切り花の店があったわ」

「そうですか・・ありがとうございます。

行ってみます」

私は浴衣が汚れないよう、裾をひるがえして歩いていく。

◾️足音

「まって」

「はい?」

声をかけてきたのは先ほどの女性。

浴衣の裾にミズバショウが咲いている。

「お花を探してるんですか?」

「ああ、はい。

今度・・お花を題材にしたお芝居をやるんです」

村芝居だけど・・・

「お芝居?劇団の方ですか?」

「あ、そんなたいしたものじゃないです。

ただの趣味で・・」

だから村芝居なんだけど・・・

「それで高山まで?」

「ええまあ・・・そんな感じ」

私のこと、自分と同じ観光客だと思ってる?

ま、荘川からきた観光客、と言えなくもない。

荘川も高山市なんだけど。ふふ。

「貴女(あなた)は?

さっきラベンダーを持ってらっしゃったみたいだけど」

「ええ、白花ラベンダー。

ハーブティーにしたり、入浴剤にするとリラックスできますよ」

「そうなんですか・・」

「はい。私、薬膳カフェをやっているので」

「まあ素敵。お似合いよ」

「ありがとう。このあと陣屋前の朝市へ行かれるんでしょ。

よければご一緒にいかがですか?」

「本当ですか?」

「私も見たいものがあったので」

「よろこんで」

浴衣姿の美女2人(笑)・・

私たちは肩を並べて宮川沿いを歩く。

白地に桜吹雪。翡翠色に真っ白なミズバショウ。

なのに手にはスーツケース。背中にトートバッグ。

はたから見たら、2人とも絶対観光客だよねえ。

ほら、また外国人観光客が振り返る。

ああ、せせらぎの音が気持ちいい。

<シーン2:荘川の自宅でアプリインストール>

◾️虫の声

荘川へ帰ったら、すぐに公民館へ。

村芝居の練習はたいていここだ。

開いたスーツケースの中身。

陣屋前朝市で購入してきた小物を皆に配る。

ひまわりの花と桔梗の花。
ひまわりは相手役の男性が手に持つ。
太陽と再生のイメージ。

桔梗はラストシーンで私が持つ。
美しい星の形の白い桔梗。

春の桜から秋の桔梗へと引き継ぐ。

彼に別れを告げる悲しいアイテム。

和紙でできた提灯や、匠が作った竹細工は、小道具ね。

着物の端切れは、お裁縫が得意な私には必須。

柄や色を組み合わせて、個性的な衣装を作ろうかな。

そして・・・

薬草のよもぎ。


そう。これは一緒に歩いた彼女が選んだ。

”高山にあるもので一番好きなものは?”って聞いたら

迷わず「よもぎ」って言うんだもの。
観光客にしては、渋すぎない?

私が「高山で一番美味しいのは荘川そば」って伝えたときは

「朝日のよもぎうどんも美味しい」って、なんか反論してたけど。

よもぎの葉は、ハーブとして、またアロマとしても最高、なんだって。

そうだ、彼女、薬膳カフェをやってるって言ってたなあ。

どこでやってるんだろう?名古屋?東京?

考えてみたら私たち結構一緒にいたのに、名前さえ名乗ってないわ。

なんとなく波長が合っただけ。

朝市で売ってるもの見ながらあーでもないこーでもないって。

結局別れるときもあっさりと『それじゃ、よい旅を』なんて。

ま、観光客だから、こんな距離感でいっか。

そうそう。

よもぎの葉は草木染めに適している、とも言ってた。

確かに芝居の衣装を自然な色合いに染めるにはいいかも。

いろいろ考えながら、演者(えんじゃ)に説明していく。

今年の物語はオリジナルだから、つい熱が入っちゃう。

ストーリーはね、こんな感じよ。

ときは江戸時代。宝暦(ほうれき)年間。

幕府の直轄地だった飛騨の国。

荘川村も例外ではありません。

大規模な治水工事のために、江戸から1人の役人が荘川へやってきます。

名前は翔介(しょうすけ)。

彼は成果を第一とする冷徹な男でした。

ある日、桜の精と出会い、

そのはかなくも美しい姿に心を惹かれていきます。

桜の精は、翔介に、治水が完成したら、自分は水の底へ沈むと予言しました。

治水か恋か、心が揺れる翔介。

それでも、陣屋の郡代から執拗な催促もあり、悩みながら治水を完成させます。

桜の精は翔介に”生まれ変わるなら秋の花へ”と告げて消えていくのでした。

とっても切ないお話でしょ。

「さあみんな、少し休憩にしましょ」

もうみんなセリフは入っていて、あとは動きの確認だけ。

だから休憩してお茶タイム。

そのとき、壁に貼ってあるポスターに目がいった。

観光協会から新しいアプリのお知らせ?

ふうん。

なんだろう?

高山市内10エリア在住の方限定アプリ「ホリデーシェア」?

”お金をかけずに高山市内をプチ旅して再発見しよう!”?

なあに、それ?

でもなんだか面白そう。

キャプションをじっくりと読む。

住んでいるエリア以外のエリアの人と、お部屋を交換してホリデーを楽しむ。

荘川以外の人とってことね。

自分の部屋をゲストに最大1週間ショートステイしてもらう。

代わりにその間、自分はゲストの部屋でショートステイ。

女性は女性同士でお部屋を交換。

帰るときはお掃除をして帰る。

お互いのレビューは必須。

なるほどねえ。お部屋に泊まってもらうのかあ。

お掃除しておかないと。

お金をかけずにプチ旅行できる、ってのは楽しそう。

じい〜っとアプリのお知らせを見ていたら

共演者が『行っといでよ、プチ旅』だって。

村芝居の奉納までまだ日にちがあるし、準備は終わってるから?

芝居の準備、ほぼひとりで頑張ったご褒美に?

頑張った、って・・

そんなそんなぁ・・

村芝居は私のライフワークなんだもの。

でもまあ、2泊3日くらいならいいかなあ・・

奥飛騨の温泉でまったりとか〜。うふふ。

<シーン3:さくら in 朝日(道の駅 ひだ朝日村)>

◾️高原の小鳥

「よもぎ団子すっごく美味しい〜!」

道の駅 ひだ朝日村のよもぎ団子!

おばちゃんが絶対オススメだって言うから信じて食べたけど、ホントだったわ。

まだまだいけそうだから、よもぎうどんもいっちゃおうかな〜。

ということで、ホリデーを交換したのは高山市朝日町。

温泉じゃなかったけど、私の予定とぴったり合ったのが、朝日町のホストだったの。

路線バスで高山濃飛バスセンターから朝日支所前バス停へ。

そこからは徒歩5分。

道の駅 ひだ朝日村。

こじんまりとした道の駅だけど、地元の野菜とか、

よもぎを使ったグルメがおいしすぎる!

今回のホストの名前は、よもぎさん。

おうちは、シェアハウスだそうだけど、

公共交通機関で来れるのはここまで。

ここから先は、よもぎさんのおばあちゃんが車で迎えに来てくれるんだって。

待ち合わせは、ここ道の駅 ひだ朝日村。

早く来てくれないと、お腹いっぱいになっちゃう。

残暑は感じるけど、木陰に入るとすっごく涼しい。

荘川も標高は高いから、市街地よりはかなり涼しいけど、

朝日町の方が涼しいかも。

体感温度も。

鈴蘭高原までいくと標高は1300メートル以上なんだって。

そりゃ確かに涼しい。

よもぎうどんを食べ終わるころ

おばあちゃんの車が迎えにきてくれた。

道の駅からよもぎさんのシェアハウスまで車で10分。

その短い時間の中で、おばあちゃんは朝日町の魅力を

山ほど語ってくれる。

ふふふ。

どうもありがとう。

お礼を言ったら、明日は美女高原につれてってくれるって。

なんだか申し訳ないなあ。

シェアハウスに着いたら、お部屋へ。

ドアをあけると・・

「あ、いい芳り」

お部屋の中は微(ほの)かに、でも心地よく、心を癒す芳香が漂う。

この芳り、なんだろう。

私のお気に入り、檜とも違うけど。

すごく上品で素敵。

玄関を入ったリビングの机の上にはメモが一枚。

『ようこそ朝日町へ!

ゆっくりくつろいでくださいね💕』

短い文章だけど、美しい筆跡に

よもぎさんの心遣いが伝わってきた。

『冷蔵庫に入ってる氷中貯蔵酒は自由に飲んでね!
朝日町の冬の寒さを利用して日本酒を貯蔵・熟成した、幻のお酒よ』

わあ。すごい。

でも私、お酒飲めないのよね・・・

よもぎさんはずいぶんお酒強そうね。ふふ。

◾️森の小鳥と湖の静かな波の音

「空がすごく大きい!」

美女高原に広がる青空。

白山連峰に囲まれた荘川と比べても空が近く感じる。

荘川が、雪に閉ざされる冬のイメージだとすると、

朝日は、開けた空の下に広がる柔らかな緑が晩夏のイメージ。

はじめての場所でこんなふうにリフレッシュできるのって最高だわ!

おばあちゃんはにこにこしながら

古くから伝わる伝説を語ってくれた。

美女が池の龍神伝説。

美女高原の八百比丘尼(やおびくに)伝説。

村芝居になにかインスパイアできそう。

心を入れ替えた役人が龍神の化身となる、なんてね。

ゆっくりと流れる時間の中で水辺を歩く。

物知りのおばあちゃんの引き出しはそれだけじゃなかった。

春の朝日町は別名『枝垂れ桜の里』って言うんだって。

え?枝垂れ桜?桜?

春、神明神社の枝垂れ桜が水田に映る水鏡。

それはもう幻想的な風景らしい。

そうか・・・

荘川は荘川桜、朝日は枝垂れ桜。

不思議なつながりさえ感じちゃうな。

◾️カフェベルの音

そのあとは、おばあちゃんがやってる薬膳カフェへ。

薬膳カフェ?

そのワード、前にもどこかで・・・

『上の孫は漢方薬剤師をやっててなあ』

ああ、だからカウンセリングルームがあるんだ。

『下の孫が作る薬膳デザートは大人気なんやさ』

りんごとクコの実の甘露煮?

いただきます!

うん。確かに美味しい。

乾燥による咳やのどの不調に。

クコの実は目の疲れやかすみ、貧血気味の方にも。

だって。

いまは村芝居の前で体調管理に気をつけてる。

嬉しい心尽くしだわ。

おばあちゃん。本当にありがとう。

ふと思った。

ホリデーを交換したよもぎさんは今頃荘川。

どんな風に過ごしてるのかなあ・・・

楽しんでくれてるといいな。

<シーン4:さくら in 荘川(最終日)>

◾️高地の小鳥のさえずり

「すっご〜い!絶景〜!」

最終日。

おばあちゃんはなんと鈴蘭高原まで連れていってくれた。

「ここだけはぜってえ見といてもらわんと」

と言って鈴蘭高原展望台へ。

ゆっくり走って30分。

なのにそこには・・

朝日町を一望できる風景。

あんなに遠くまで見渡せるんだ。

荘川とは違った景色。

それに・・

涼しい〜!

そりゃ標高1300メートル以上だもんねえ。

ここでひと夏過ごしたら、下界へ戻れなくなりそう。

よもぎさんに本当に感謝。

そのあと道の駅まで戻って、おばあちゃんと一緒によもぎうどん。

細麺の食感が喉越しに気持ちいい。

よもぎの味や香りが主張しすぎてないのも私好み。

なんて、食レポするつもりじゃないけど。

朝日支所前から路線バスで帰ろうとする私に、

「あかんて。濃飛バスセンターまでは送るで」

と、おばあちゃん。

断りきれずに、甘えちゃった。

「急がんなら、ぶり街道通っていこか」

と言って、美女高原の方へ。

江戸時代、富山から江戸へブリを運んだぶり街道。

遠い昔に想いを馳せて細い道をゆっくり走った。

会ったこともないひととお部屋を交換する。

最初は少し不安だったけど、こんな体験もいいもんだなあ。

そりゃそうよね。

高山市って東京都と同じくらい広いんだもん。

10か所のエリアを行き来するだけで、十分小旅行。

まだまだ知らないとこがきっといっぱいある。

2泊3日の小旅行。

楽しかった。

また行きたいな。

<シーン5:さくら in 荘川>

◾️小鳥のさえずり

荘川のおうちへ帰ると、整然と片づけられた部屋。

やだ、お出かけ前よりきれいなんじゃない?

食卓の上にはメモ。

あの美しい筆跡で、可愛らしい文章が語りかける。

『ホリデーシェア、ありがとうございました!

荘川町、ホントにいいところですね。

さくらさんのお手紙に書いてあるところ、全部いきました!

教えていただけなかったら、知らないところばかり。

すっごく楽しかったです!

さくらさんが今度朝日町に来るときは、

必ず私に案内させてください。

最後の日に食べた「荘川そば」、最高でした。

また食べたいです!

荘川町へも必ずまた行きたいと思います。

この度は貴重な体験をさせていただき、ありがとうございました!』

うれしい。

私のお手紙が少しは役に立ったのね。

こちらこそ、素敵な体験をありがとう。

目を瞑ると

まだ見ぬよもぎさんが、荘川から私に手を振っていた。

<シーン6:再会 in 荘川(荘川神社)>

◾️村芝居の音

「恋心 いつか実りと 信じてた

あなたの夢なら 私の命は いらないと

秋の桔梗(ききょう)に  変わって咲くわ!」

荘川に秋を告げる奉納村芝居。

数少ない農村娯楽の一つとして、地域の若者たちが人情時代劇を演じる。

今年は一風変わった演目で、江戸の夜に現れた花の精たちの物語。

私ははかない桜の精を演じる。

観客席。
町のひとたちの中、

一番前の席で芝居をじっと見ている女性・・・

その顔を見て驚いた。

宮川の朝市で出会った、ミズバショウの浴衣の彼女!

まさか、まさか・・・よもぎさん?

そうか、そうか。

よもぎうどん、よもぎの薬草、薬膳カフェ・・

これで全部つながったわ!

こんな偶然ってあるの?

まるでドラマみたい。

よもぎさんは真剣な眼差しで私を見つめる。

私は淡い桜色の着物に身を包んだ、荘川桜の妖精。

桜吹雪が舞う舞台で最後の大見得を切る。


「花は散れども、この心、宿る想いは散りはせぬ。秋の夜空に、今一度咲く!」

瞬間。最前列のよもぎさんと目が合って、思わずウインク。

彼女は遠慮がちに小さく微笑む。

ひと足早い秋が、荘川と朝日に訪れていた。

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