飛騨高山の山あい、朝日町にひっそりと佇む薬膳カフェ『よもぎ』。
ある休日の朝、久々野から自転車で駆けつけたのは、姉・よもぎの元を訪ねてきた15歳の妹・りんご。
「八百比丘尼を探して」――都市伝説に導かれ、二人が辿りついたのは、過去と記憶が交錯する“もうひとつの世界”。
タイムリープとパラレルワールド、そして“姉妹の絆”を描く、ちょっと不思議で、やさしく切ない物語です。
【ペルソナ】
・姉:よもぎ(27歳)=朝日町の薬草カフェを1人できりもりする
・妹:りんご(15歳)=久々野生まれの高校一年生、虫が嫌い
・10年前:りんごのママ(27歳)=シングルマザーとしてりんごを育てている
・10年前:りんご(5歳)=同じ世界線にりんごは存在していない/並行世界のりんご
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[シーン1:早朝の薬膳カフェ「よもぎ」】
◾️SE:カフェの雑踏/扉が開いてカフェベルが鳴る/りんごは鬼気迫る感じで
「お姉ちゃん!助けて!」
「どうしたの?そんな慌てて。
とにかく落ち着きなさい」
休日の早朝。
私は、姉の薬膳カフェを訪ねた。
薬膳カフェ『よもぎ』。
姉が住む朝日町では、インスタでも人気のカフェ。
ハーブティとか薬膳料理が人気の映えスポットだ。
「で。どうしたの?」
「助けてほしいの!」
「ゆっくり話してくれる?」
「わ、わかった。
ま、まずは、お水いっぱいもらえる?」
「はいどうぞ」
姉のよもぎは、私よりひとまわりも年上の27歳。
朝日町(あさひちょう)のシェアハウスで1人暮らし。
町内で小さな薬膳カフェをやっている。
朝日町と言っても久々野の私んち=姉の実家に近いんだけど。
で、私は父と久々野で暮らしている。
父のりんご農園を手伝いながら、たまに薬膳カフェ「よもぎ」へ。
姉に言わせると、私の行動は予測不能なんだって。
カフェ『よもぎ」もりんご農園も国道361号に近くて
しょっちゅう行き来してる。
今日も姉に相談したくて、自転車で走ってきちゃった。
あ、自転車って言っても、Eバイク。
国府の先輩から借りてるんだ。
それで・・あれ?なんの相談だっけ?
「そろそろ、話してくれるかな?」
「あーごめんなさい!実は・・・」
「ふむふむ」
「気になってる男子がいて・・・」
「ほーほー」
「その子から・・・一緒に八百比丘尼を探してほしい、って頼まれちゃったの!」
「え〜っ!八百比丘尼!?」
「そーなんだよ」
「八百比丘尼ってなに?」
「えー!よもぎお姉ちゃん、知らないの」
「知らない。アニメのキャラクター?」
「そんなんじゃない!・・こともないけど」
「ちょっとまってね」
◾️SE:スマホで検索する
「ほーほー。人魚の肉を食べて不老不死になった比丘尼?
比丘尼ってことは尼さん?」
「そーなの。尼さん」
「これはちょっと。
相談する相手、間違えてない?」
「なんで?
だってお姉ちゃん、先週美女峠へ連れてってくれたじゃん」
「それがどうしたの?」
「美女峠の『美女』って八百比丘尼のことでしょ」
「へえ〜。知らな〜い。
あんた、よく知ってるわね」
「彼が教えてくれた」
「彼すごいねえ。都市伝説おたく?」
「失礼ねえ。スピリチュアル系フェチって言って」
「一緒でしょ」
「一緒じゃない」
「で、私にどうしろと?」
「美女高原の『美女ヶ池』連れてってよ」
「『美女ヶ池』?」
「八百比丘尼は『美女ヶ池』に住んでたんだって」
「そうなんだぁ。それは興味深いねえ」
「ホントにそう思ってる?」
「ホントよ、ホント」
「じゃあ連れてって」
「いいわ。でもお昼からでいい?
午前中でカフェ閉めるから」
「ありがとう!
ってか、いつもごめんね・・営業妨害だよね、これ」
「いいのよ。可愛い妹のためだもの」
「おねえちゃん、愛してる!」
「はーいはい。
お店閉めたら、薬膳ランチ一緒に食べよ」
「やったぁ!」
[シーン2:ぶり街道からタイムリープへ】
◾️SE:車の走行音
「お姉ちゃん、美女高原ってこんなに遠かったっけ?」
「だよねー。もうとっくに着いてて言い頃なのに」
この前は15分くらいで着いてたのに、今日はもう30分以上走ってる。
「道間違えちゃったかなあ」
「間違えるわけないじゃん。一本道のぶり街道なのに」
「だよねー。おっかしいなあ」
最初はわかんなかった。
車に乗ったときからずっとスマホで調べ物してたから。
八百比丘尼の伝説。
美女ヶ池の湖畔に住んでいた。
目も覚めんばかりの絶世の美女。
古来から池に住んでいる、大蛇の化身。
大蛇?
へえ〜。
大蛇とか龍ってのは、水を司る神の化身なんだって。
「あれ?」
「どうしたの?」
「すごい霧。
前が見えない」
「停まろうよ」
「そうだね」
視界を遮る霧の中。
姉は道の脇へ、ゆっくりと慎重に車を停めた。
◾️SE:小さな鈴の音
「おねえちゃん」
「なに?」
「なんか聞こえない?」
◾️SE:小さな鈴の音
「ほら」
「鈴の・・・音?」
「なんだろう」
「あ、霧が・・・晴れていく・・・」
「よかった」
「え?」
「なに?」
「ここ、薬膳カフェ『よもぎ』だわ」
「うそ!?
知らないうちに戻ってきてたの?」
「なわけないじゃん。だけど、確かに・・」
車のドアをあけて、姉が外へ出る。
私も姉に続く。
「あ、お父さんだ」
「ホントだ。
おとう・・・」
「待って」
走り出そうとする私の手を姉がつかむ。
「りんご、見て」
店内にいるのは、父だけじゃなかった。
父の横には・・・
「おねえちゃん!?」
しかも若い。
高校の制服を着てる
「あれ、私だ」
私たちは、見つからないように、そっとカフェに近づき、
開いている窓から中をうかがった。
「覚えてる。10年前のこの日・・・」
姉の声が聞こえてきた。
「あなた、卒業したら薬科大学に行きなさい」
『え?』
「だって、漢方薬剤師になりたいんでしょ」
『どうして・・』
お姉ちゃんが話している相手は・・・ママ!
ママが生きてる。
私が生まれたときに亡くなったはずなのに・・・
お姉ちゃん、なんで『覚えてる』って?
え?
ちょっと待って。
じゃ、私は?
どこ?
なんでいないの?
「いこう、りんご」
「え?」
「探しにいこう」
「なにを?」
「あんたよ。決まってるじゃない」
私たちはまた車に乗り込む。
姉はゆっくりと走り出す。
「こういうときは、あがいてみるの」
「おねえちゃん」
「まずは、父さんとりんごが住んでた家にいくわよ」
「やだ。過去形にしないで」
「あ、ごめん。
でも心配しなくていいのよ。
なにがあっても、あんたは私の妹なんだから」
「うん」
少しだけ安心した。
大丈夫。お姉ちゃんがいるんだもん。
心配ない。
いつもの倍くらい時間をかけて車は久々野の家に着いた。
[シーン3:久々野町のりんご栽培農家】
◾️SE:農家の雑踏
「鍵、持ってる?」
「持ってるけど・・・怖いよ、おねえちゃん」
「大丈夫。大丈夫」
姉は私を制して、玄関のチャイムを押す。
◾️SE:玄関のチャイム「ピンポン!」
「はーい」(※5歳のりんご/家の中から)
えっ?だれ?
姉が身構える。
◾️SE:ドアが開く音
「どなたですか?」
5歳くらいの女の子が扉を開けた。
「あ、あの。ここ、りんご農園ですよね?」
「はい、そうです」
えっ?
「りんごを分けてもらおうと思って」
「すみません。りんごの収穫は8月からなんです。
8月にまたお越しください」
えっ?
「あ、はい・・・ありがとう・・ございました」
「どういたしまして」
◾️SE:ドアを閉める音(※家の中で母親の声「誰だったの?」りんご「わかんない」)
わたしだ・・・
車に戻って姉と顔を見合わせる。
「いまの・・・?」
「うん。私。5歳の」
「じゃあ、家の中から聞こえた声は・・?」
「わかんない」
「そっか・・・」
姉はしばらく黙って考えていた。
エンジンもかけず、目をつむって。
どのくらい時間が経っただろう。
目をあけた姉は私の方に向き直って、真面目な顔で話しかける。
「ねえ、きいて」
「うん」
「よくわかんないけど、これって・・・並行世界?」
「並行世界って?」
「パラレルワールド。マルチバース」
「え・・」
「しかもタイムスリップしてる」
「じゃ、どうすんの?」
「元の場所へ帰ろう」
「どうやって?」
「美女ヶ池。行ってみましょ」
「そうか・・・
私たち、美女ヶ池へいくはずだったんだ」
◾️SE:車のエンジンをかける音
「もしもの話をしてもいい?」
「なに?」
「万が一、元の世界へ帰れたとして」
「万が一なんて言わないで」
「ごめんごめん。
でも聞いて。
元の世界へ戻ったとき、そこがいまのこの世界線だったら」
「えっ?」
「それでも、あんたは私の妹だから」
「あ・・」
お姉ちゃん。
目の前がかすんで見えなくなった。
そのあとのことはよく覚えていない。
気がつくと、そこはあのときのあの家だった。
[シーン4:久々野町のりんごの家】
◾️SE:農家の雑踏
「ねえママ。ちょっと出かけてくる」
「え?わかんないけど、カフェ、かな?」
「朝日町の方」
「大丈夫、先輩からEバイク借りてるもん」
なにも考えずに、私はEバイクで走り出す。
国道361号を東へ。
飛騨川を渡り、やがて朝日町に入ると、小さなカフェが見えてきた。
薬膳カフェ『よもぎ』・・・
よくわかんないけど、入ってみたくなる。
◾️SE:カフェの雑踏/扉が開いてカフェベルが鳴る
「いらっしゃいませ・・・あ・・」
「あ・・・」
「どうぞ座って」
「はい」
「なんになさいますか?」
「ハ、ハーブティーを」
「私、漢方薬剤師だから。選んであげましょうか?」
「あ・・はい・・」
「えっと・・・へんなこと聞いてもいい?」
「どうぞ・・」
「前に・・・どこかでお会いしましたっけ?」
「えっと・・私も・・その」
「私一人っ子なんだけど・・なんだか妹みたいに思えちゃって」
「あ・・私も・・・」
「会ったばっかりなのに、キモいこと言ってごめんなさい」
「いえ、私もお姉ちゃんって」
「お名前・・きいてもいい?」
「りんご。りんごと言います」
「私はよもぎ」
「よもぎ・・・素敵な名前」
「ありがとう。
じゃあ、こうしましょ。
あなたは私の妹で末っ子」
「あはは・・・末っ子って・・・?
何人兄弟?」
「そうねえ・・・10人くらいいるかもよ」
「ウケる!」
初めて会ったはずなのに、
生まれたときからずうっと一緒にいるみたいな自然な感覚。
でも、不思議じゃない。当たり前の気分。
なんでだろう。
私たちはそれから何時間も話をした。
私が気になっている男子の話。
八百比丘尼を一緒に探そうって言われた話。
ん?
これ、前も話した。
え?だれに?
わかんない。思い出せない。デジャブ・・・かな?
気がつくと、もうお昼近くになっていた。
「よかったら・・・薬膳ランチ食べていかない?おごってあげる!」
「そんな」
「いいの。いいの。
それよりもっと聞かせて。八百比丘尼の話」
「はい!」
「一緒に探そうか?」
「はい・・・あ、だめ。
やめときます」
「そっか。
ちょっときもいもんね」
どうして、断ったんだろう。
でも、これでよかったんだ。
・・と思う。
外へ出ると、もう午後の日差し。
初夏の風が、朝日町から久々野に向かって吹いていた。