#14「最後の鉄道員(ぽっぽや)」

雪舞う飛騨一ノ宮駅に、ただひとり駅を守り続ける女性がいた。彼女の名はミオリ。1970年冬、愛する夫と娘を事故で失い、深い悲しみを抱えながらも、駅長として生きる道を選んだ。

時は流れ1982年春。無人のホームで不安げに立ち尽くす一人の少女、ルナと出会う。高校の合格発表を前に水無神社へ向かうというルナと、そっと寄り添うミオリ。それは、まるで生き写しの娘との再会を思わせる、温かい交流の始まりだった。

東京での声優という夢を追いかけるルナと、飛騨一ノ宮駅の無人化、そして自身の早期退職を目前に控えるミオリ。残された時間はあとわずか。それぞれが抱える想いを胸に、やがて来る別れの日を、二人はどのように迎えるのだろうか。

ミオリとルナ、二人の視点から描かれる前編・後編。失われたもの、そして与えられたもの。飛騨一ノ宮駅と臥龍桜に見守られた、時代を超えた心温まる絆の物語を、どうぞお聴きください。

【ペルソナ】

・ミオリ(39歳-51歳-54歳)=飛驒一ノ宮駅の駅長(CV=小椋美織)

・ルナ(15歳-18歳)=(CV=坂田月菜)

・マサヒロ(59歳)=久々野駅の駅長(CV=日比野正裕)

【資料/鉄道雑学研究所(JR高山本線飛騨一ノ宮)】
http://hacchi-no-he.net/line/takayama/station/0240_hidaichinomiya.htm

【資料/ホームメイトリサーチ(飛騨一ノ宮駅 – JR高山本線)】
https://www.homemate-research-station.com/dtl/46000000000000004275/

【資料/シュレディンガーの猫】
https://nazology.kusuguru.co.jp/archives/107875

ボイスドラマを聴く

ボイスドラマの台本

<シーン1:1970年/それでも駅に立つ>

◾️SE:吹雪の音/走り込んでくる友人の足音

「ミオリさん!ご主人と娘さんが!」

「えっ」

「事故で病院に!

早く!急いで!」

「そんな・・・」

「なにやってんだ!」

「もう・・すぐ・・・最終列車が・・・」

「なに言ってんだよ!」

1970年冬。

夫と娘がこの世を去った。

2人の最後にも立ち会わず、私は駅のホームに立つ。

吹雪が舞い踊る臥龍桜。

大木は、まるで私を責めるように大きな枝を揺らしていた。

私の名前はミオリ。

10年前からここ飛驒一ノ宮駅の駅長を務めている。

国鉄高山本線。

「本線」とは言ってもローカル駅の飛騨一ノ宮。

たった1人の鉄道員(ぽっぽや)が駅長の私だ。

1人だけでも駅長の仕事は多岐に渡る。

駅務の統括。

出札・改札業務。

取扱貨物の管理。

ホームや線路の点検・清掃。

除雪作業。

地域との交流。

1日の列車の停車本数が30本にも満たないローカル駅とはいえ、

不器用な私は毎日走り回っていた。

公共交通機関というインフラの根幹。

鉄道員は決して鉄道の運行を止めることは許されない。

それが、飛騨一ノ宮駅駅長である私の使命。

と思っていた。

◾️SE:高山線ローカル列車の警笛

<シーン2:1982年3月/少女との出会い>

◾️SE:飛騨一之宮水無神駅から発車する音/小鳥のさえずり

「異常なし!発車!」

1982年春。

いつものように高山方面へ向かう普通列車を見送る。

春とは名ばかりの肌寒い3月。

臥龍桜の蕾はまだまだ硬く、静かに眠っている。

誰もいないと思ってホームへ目を向けると、

1人の少女が不安気な表情で立っている。

あれは・・

久々野の中学校の制服。

娘も生きてたらあのくらいね。

どうしたのかしら?

なにか思い詰めてるみたいな顔をして・・・

まさかね。

一応、声をかけてみよう。

「お嬢さん」

「え」

「突然ごめんなさい。

飛騨一ノ宮駅 駅長のミオリです」

「あ・・はい」

「なにか困りごと?」

「えっと・・・」

「よかったら、話してみて。

急行のりくらの通過までまだ30分あるから」

「はい・・あの・・」

「うん」

「高山までの切符なんですけど・・・

一ノ宮で降りても・・大丈夫でしょうか・・?」

「降りることは問題ないわよ。

でも、もう一回乗る時は・・」

「大丈夫です。もう一度切符を買うから」

「ああ、そう・・・ごめんね。でも、本当にいいの?飛騨一ノ宮で降りて」

「はい・・・」

「どこか行きたいとこがあるの?」

「飛騨一之宮水無神社」

「水無神社?」

「・・今日高校の合格発表なんです」

「まあ」

「試験終わっちゃってるのに、合格祈願っておかしいですよね?」

「おかしくないわ。

シュレディンガーの猫っていう考え方だってあるし」

「シュレ・・ディンガー・・?」

「あ、失礼。

物理の実験よ。

夫が大学で物理の講師だったから」

「すごい。そんなすごい人がいるんですね」

「うん、もういないけど。この世には」

「あ・・・ごめんなさい!」

「ううん、こっちこそ。話の腰を折っちゃって・・

で、水無神社に参拝してから合格発表を見にいくってことね」

「はい!」

「よし、じゃあがんばって。

跨線橋渡って駅前出たらまっすぐよ」

「ありがとうございます!

あ、あたし、ルナです!

行ってきます!」

あれ?

私、こんなに明るく誰かと話したのって・・・あれから初めてじゃない?

なんか成長した娘と話してるみたいで・・

これが、高山の高校一年生、久々野のルナとの出会いだった。

<シーン3:1982年4月/入学式>

◾️SE:飛騨一之宮水無神駅に入線する列車の案内放送(※これもお願いします)

「まもなく1番線に猪谷(いのたに)行き下り普通列車がまいります。白線まで下がってお待ちください」

一ヶ月後の1982年4月。

今日は高山市内の高校の入学式。

ルナもきっと久々野からの列車に乗ってくるはず。

顔は合わせられなくても、応援してるんだから。

高山市の高校に合格してるに決まってる。

なんか、ドキドキしてきた。

乗っていなかったらどうしよう・・・

踏切が鳴り、下り列車の姿が小さく見えたとき・・

「おはようございます!」

声は後ろからだった。

跨線橋を駆け降りてきた少女。

まっさらな制服に身を包んだルナだった。

「間に合ってよかったぁ」

「え?え?(※切り返す)

久々野から列車通学じゃないの!?」

「おうちから飛騨一ノ宮駅駅まで自転車通学することにしたんです!」

「ええっ?

41号で?

車も多いから危ないよ」

「やだ。ママとおんなじこと言ってる(笑」

「だって、毎日一之宮まで走るってことでしょ」

「もっちろん。すっごくいい運動」

「朝は下りだからまだいいけど、帰りは上りよ。

毎日宮峠を越えるわけ?」

 「それもママに言われた(笑笑」

「だって親なら当然心配よ」

「側道とか走るから大丈夫。部活やんないから毎日定時に帰れるし」

「でも・・」

それ以上話している時間はなく、下り列車が入線してきた。

「行ってきます!」

ルナは屈託のない笑顔で手を降り、列車に乗り込む。

私は手順通り、列車を送り出す。

「戸閉よし!発車」

<シーン4:1984年/高校生活と無人駅化>

◾️SE:飛騨一ノ宮駅前の雑踏

「祇園精舎の鐘の音〜諸行無常の響きあり〜

娑羅双樹の花の色・・・」

「あら」

「あ」

「まだ帰ってなかったの?」

「はい・・・」

「平家物語?朗読のお勉強?」

「課題、なんです」

「課題?

へえ〜。最近の高校ってレベル高いことするのね」

「いえ、学校の課題じゃなくて」

「ほう」

「東京の声優事務所です」

「声優?

洋画の吹き替えとか、そういうの?」

「まあ、そんな感じ。アニメもあるけど」

「アニメって、あのラムちゃんとか・・」

「はい。来月養成所の試験があって、課題が平家物語なんです」

「おもしろそうねえ」

「え?反対しないんですか?」

「だって、ルナちゃんがやりたいことなんでしょ」

「そうですけど・・

周りはみんな反対で。

家でも練習できないから一ノ宮駅のベンチで声を出してたんです」

「そっかぁ。がんばって」

「ミオリさん、なんでそんなに優しいんですか?」

「ルナちゃんには自分の人生をちゃんと生きてほしいもの」

「ありがとうございます」

ルナは目をキラキラさせて課題を表現していった。

素人目に見てもいい線いってるんじゃないかな。

だって、聴いてて感情移入できるし、映像が浮かんでくるんだもの。

これって、親の欲目?

あ、だめ。親でもないのに・・・

飛騨一ノ宮駅駅長と声優を目指す女子高生。

2人の不思議な交流はルナが卒業するまで続いた。

<シーン5:1985年/卒業式>

◾️SE:飛騨一ノ宮駅のホーム

「ミオリさん、今日までありがとうございました!」

1985年3月。

ルナの卒業式の日。

「3年間、本当にがんばったね。

雨の日も雪の日も、毎日宮峠を越えて」

「ミオリさんのおかげです」

「なあに言ってんの。

お父さんお母さんに感謝しなきゃ」

「はい。でも勇気をもらったのはミオリさんですから」

「やだなあ。うるうるさせないでよ。

卒業式、お父さんとお母さんは?」

「今年、りんごの剪定が遅れてて、

いまみんなで作業してるんです!」

「そうかあ。

あ、そうそう。カメラは持ってきてるの?」

「いえ、剪定の記録写真撮るからって借りれなかった」

「あら、じゃあ駅のコンパクトカメラ貸してあげる」

「ホント?」

「フィルム入れたばっかりだから36枚しっかり使えるはず」

「ありがとうございます!」

「晴れ姿をしっかり残してご両親に見せてあげてね」

「はい!白線流しも撮ってきます」

私はにっこり微笑んで、指でOKマークを作った。

ルナを見送ったあとは、駅長室へ。

お茶を一杯いただいてから、粛々と身の回りの整理を始めた。

いま国鉄の慢性的な赤字経営と再建の必要性から、民営化の流れが進んでいる。

合理化・省力化の推進。

その答えが飛騨一ノ宮駅の無人駅化だ。

国鉄再建監理委員会からお達しがあったのはずいぶん前のこと。

私も年齢を考えて、無人駅になるのと同時に早期退職を願い出た。

泣いても笑ってもあと半月。

でも、後悔はない。

最後の3年間で、ルナと出会い、幸せな時間を過ごすことができた。

娘が生き返って、会いにきてくれたかのように。

感謝と希望でその日を迎えよう。

私は夕方、ルナが帰ってくる列車の到着に合わせて、

自転車のカゴに花束を置いた。

メインの花は、ピンクと黄色のチューリップ。

添えるのは、カスミソウとスイートピー。
意味を合わせるとこう。

『今までの時間をありがとう。素敵な友情でした。東京へいってもがんばって。

きっと成功するよ。希望を忘れないで』

上り列車が到着し、ルナが私のところへやってくる。

スカーフのないセーラー服で微笑む。

私たちは静かに握手をして別れた。

がんばってね。

心の中でもエールを送り続ける。

その5分後。

帰ったと思ったルナが駅長室に飛び込んできた。

さっきとはうって変わり、顔をくしゃくしゃにして抱きついてくる。

「ミオリさん!ホントにホントにホントにありがとうございました!」

「うん。うん。おめでとう」

私もそれ以上口を開くと、涙腺が崩壊しそうだったので黙って抱きしめる。

臥龍桜の蕾はまだ硬く、夕陽が位山を赤く染めていた。

<シーン6:1985年3月31日/飛騨一ノ宮駅無人駅へ>

◾️SE:飛騨一ノ宮駅のホーム

1985年3月31日。

ついにお別れの日がやってきた。

朝から簡単なセレモニーを済ませ、日々の駅長業務を粛々とこなしていく。

明日から飛騨一ノ宮駅に鉄道員(ぽっぽや)はひとりもいなくなる。

いつも通りに駅務をこなし、気がつけば最終列車の時間。

まずは上り高山方面の最終列車を送り出す。

そして、下り岐阜方面の最終列車をホームで待つ。

ルナはもう東京でがんばってるんだろうか。

行きの新幹線、楽しみにしてたもんなあ。

やがていつのように踏切が鳴り始めた。

ホームには最後のアナウンスが流れる。

”まもなく2番線に美濃太田(みのおおた)行き上り普通列車がまいります。

白線まで下がってお待ちください”

”いままで飛騨一ノ宮駅をご利用・ご愛用いただき、本当にありがとうございました”

え?

”ミオリ駅長、おつかれさまでした!”

”ずうっと飛騨一ノ宮駅を見守っていただき、ありがとうございました!”

”お体に気をつけて、ずっとずっと笑顔でいてください!”

なんなの、このアナウンスは?

そう言いながら、気がつくと涙腺が崩壊していた。

「ミオリさん!」

ルナが改札から花束を抱えて2番ホームに飛び込んでくる。

目にいっぱい涙をためて。

「おつかれさまでした!さすが声優でしょ」

「もう〜。驚かせないでよ」

「入場券買わずに入っちゃった」

「いいわよ。もう誰もいなくなるんだから」

「長い間、ごくろうさまでした」

「なあに、あらたまって」

「あたしとはたった3年だったけど」

「その3年のおかげで、いまの私があるのよ」

「あたし、絶対忘れないから」

「私も」

「ありがとう」

「こちらこそ。

声優の仕事、がんばってね」

「うん」

「東京、遊びに行ったら案内してよ」

「もちろん。

あたしが出演するアニメも楽しみにしてね」

「VHS全巻買うわ」

「(笑い声)」

「(笑い声)」

最後の下り列車を見送ったあと、私たちは手を握っていつまでも語りあう。

臥龍桜の蕾がほんの少しだけ膨らみ始めていた。

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